コミュ障は向けられる感情を正しく理解できない
翌日。私はログインしないで、全ての曲の練習に注ぐ。コミュ障陰キャの私が頑張れるものを見つけた。だから、これに注ぐ熱は落としたくない。妥協して、ずっとそこそこのものばかりを出していくよりも、しっかりと練習をしてちゃんとしたものを提供したい。
だから、ここで一通り練習する時間を作る事にした。新しい曲である『昼つ方シンフォニー』がちょっと難しいのも理由かな。
そうして更に翌日。ゴールデンウィークだというのに、授業日なので学校に向かう。午前授業である事だけがマシな点かな。
イヤホンを着けて、自分の歌を聴きながら教室に入る。
(う~ん……ここはもうちょっと抑揚があった方が良いのかな。お母さんも楽譜に書いてたし。結構緩急があるんだよね……)
机に着いた後も携帯で楽譜を見ながら聴き続ける。
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伊織が曲の練習のために復習をしている中、そこに熱視線を送る存在がいた。ペールピンクの髪色をした女子生徒の鷲衣天花だ。最初に自由に席を決めるため、鷲衣という名前でも窓際に座っている伊織の唯一の隣の席に着いている。
(あ、琴坂さん、今日もイヤホン着けてる……挨拶は出来ないかな……でも、今日は起きてる。スマホをジッと見てるけど、覗き見は駄目だし……仲良くなるきっかけがない……)
天花は、ジッと伊織を見ているが、伊織はスマホと音楽に夢中なため一切気付いていなかった。
「天花~」
「あ、うん。何?」
友人に呼ばれたため、天花は席を立ってそちらへと向かい、朝の時間は過ぎていった。
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四時限になって、現国の時間になる。ただし、この現国の授業は何故か特殊な事をし始める事が多い。
「はい。それでは今日は隣の席同士でゴールデンウィークの予定や昨日までの連休であった事を話し合ってみましょう。物事を整理ししっかりと相手に伝え理解して貰うようにしましょう」
『えぇ~!?』
教室中の生徒が一斉に文句を言う。私も文句を言いたいけど、ここで言えない辺りが私だ。
(文句を言いたいどころか殴りたい。ふっ……こういう脳内の妄想だけ盛り上がるようになっちゃったぜ……虚しい……いや、待って! 違う! そんな妄想をしている場合じゃない! 隣の人と話し合いだって!? 無理! 隣の鷲衣さんって、バリバリの陽キャだし! あの顔を見て! お化粧も相まって綺麗すぎる! ちょ、直視出来ない! いや、化粧されてなくても綺麗で直視出来ないけど。いやいや、大前提、人の顔見て話せないけど……あっ、そうこうしている内に猶予時間が消える……ここは路上ライブの場所だと思え! あの時の勇気を現実で発揮するんだ!)
私は油が差されていないロボットのようにぎこちない動きで身体を横に向ける。鷲衣さんは、fps値120くらいの動きでこちらを向いていた。私はfps値1だというのに。これが陽キャと陰キャの差……いや、私と鷲衣さんの差か。
ちらっと顔を見ると、何故かバッチリ目が合ってしまい、ありとあらゆる不浄を消し去るかのような明るく綺麗な笑みが向けられる。その光は太陽よりも強く私を焼いてくる。目が潰された。この綺麗さは、私に特効だ。
(そういえばお姉ちゃんも綺麗なのに、お姉ちゃんは大丈夫だなぁ。お姉ちゃんだからか。お姉ちゃん元気かなぁ……)
「あ、あれ? 琴坂さん? 琴坂さ~ん?」
現実逃避を始めてしまったところで、唐突に至近距離で鷲衣さんの顔が現れて、反射的に目を背けてしまう。
(いや、これはさすがに失礼か)
私は、史上最大の勇気を振り絞り、何とか鷲衣さんを見る。
(この前から史上最大の勇気が更新されていくなぁ。この調子でいけば、オリンピックに出られるね)
馬鹿な事を考えている間、鷲衣さんがジッと私を見てくる。大体十センチの至近距離だ。椅子は私の椅子とほぼ密着しているし、身体wお少し乗り出しているので、私に逃げ場はない。
「あっ、琴坂さん起きた? 座ったまま寝ちゃったのかと思っちゃった。いつもぐっすり寝てるけど、夜あまり寝てない感じ?」
「あ、いえ……その……お、おかげさまでぐっすり……です……」
「あれ? そうなの? おかげさま? というか、なんで敬語?」
「あ、そ、その……ごめんなさい……」
「えぇ……も、もしかしてなんだけど……琴坂さんって、私の事嫌い?」
鷲衣さんは少し悲しげな表情をしてしまう。顔が近すぎて、どの角度でも鷲衣さんの表情が見えてしまう。顔小さいな。何でそんな悲しげな表情なのに絵になっているのか。今すぐ画家志望は描くべきだ。いや、失礼過ぎるか。
その前にちゃんと否定しないと。
「あっ……い、い、いえ!? ぜ、ぜ全然そんなわけじゃ……た、ただ、ひ、人とと話すのが苦手で……」
「あ、そうなの? じゃあ、少しずつ慣れていったら大丈夫って感じ?」
「え? あ、は……ひゃい……」
実際、慣れれば普通に話せる。京花ちゃんが良い例だ。いや、京花ちゃんは幼馴染みだから、例にならないのか。そうなると、そもそも他人に慣れるという事があるのかも怪しい。
中学の三年間で友達が出来ていない時点で、色々とお察し。咄嗟に嘘をついてしまったかもしれない。
「じゃあ、これから話しかけても良い?」
「ふえ……? あ、が、頑張ります……」
「うん。よろしく」
これは本当に頑張って鷲衣さんとの会話に慣れないといけないな。
(鷲衣さんって、こんな感じだったっけ。いや、待て。席決めをした時から鷲衣さんの事を見ていない。そりゃそうだ! だって、ずっと寝てたから! いや、正確には寝てはいないんだけど……あっ、何か良い匂い……いや、この思考キショいな。やめよう)
そんなキモい思考をしていたら、鷲衣さんが顔を離す。離れても三十センチ圏内にいる。そんな近い距離の中で、授業で言われていたペアワークが始まる。
「私はモデルやったの。スカウトじゃなくて、コネみたいなものでね。母親のファッション誌で、モデルが急に来られなくなって急遽出た感じ。でも、またやる事になってね。本当はスタイリストとかになりたいんだけど」
「あ、だ、だから、お化粧を……してるんですね……」
「正解。自分で練習してるの」
鷲衣さんはそう言って私の頬に人差し指で軽く触れる。的確に私が顔を背けられないようにされた。いや、多分意識はしていないのだと思うけど。
鷲衣さんは高校生ながら、お化粧が上手い。品のあるお化粧って感じだ。お化粧をしなさすぎて、形容する言葉が出てこないけど、鷲衣さんの綺麗さを底上げしているような感じだ。
「琴坂さんは?」
ペアワークなので、私の方からもここまでのゴールデンウィークでの出来事などを話さないといけない。
「え、えっと……ゲ、ゲームで音楽を……」
「音楽? 音楽のゲームなの?」
「あ、いえ……パ、パラユニってゲームの中で……あっ……」
テンパりすぎて馬鹿正直に言ってから気付いた。そもそもパラユニの中で音楽をやっているプレイヤーがリラしかいないという事に。
(やらかしたああああああ! いや、待て! 鷲衣さんは陽キャでモデル。ゲームをしているわけがない!)
「嘘ぉ! そうなの? じゃあ、一昨日ライブしてた子って、琴坂さんなんだ」
鷲衣さんはキラキラとした目でそう言った。お化粧でキラキラはしているけど、瞳が凄いキラキラしていた。その瞳と一昨日のライブという言葉から、私に話を合わせたわけじゃないという事が分かってしまう。
(終わりだ……)
一体何度目の絶望だろうか。絶望を乗り越えた事って、私あったかな。あっ、『ぷるぷるメタル』作った時か。
(これからどんな顔でライブをすれば……伊織を知らない人だからどうにかなっていたというのに……)
琴坂伊織を知らないという点が心の支えになっていたという部分はなくはない。路上ライブで来てくれた人はリラしか知らないというのは心理的な面で重要なポイントとなる。
「ねぇ、琴坂さん。琴坂さん?」
脳がショートした状態の私を鷲衣さんが揺さぶってくる。その揺れにより、ショートした脳が修復されていき、正気に戻っていく。
「はっ……! え、えっと……」
「今度一緒にパラユニやらない?」
「ふえ……?」
「あっ、でも、ライブやらないといけない?」
「あ、い、いえ、それは大丈夫……です」
「じゃあ、一緒にやってくれる?」
「あ、はい……」
ここで断る勇気があるのなら、私はコミュ障になんてなっていない。そう真のコミュ障はそもそも断る事すら上手く出来ない。本当に嫌なことなら反射的に首を振るので、それがない時点で、私も別に良いかと考えているのだと思うし。
「ありがとう! じゃあ、私も琴坂さんを手伝うよ」
「ほえ?」
話の内容が見えず、間抜けな声が出てしまった。恥ずかしさを押し殺していると、鷲衣さんが小さく笑う。
「私、これでもピアノを習ってたの。何度か賞も取ってるし、少しはライブの手伝いが出来ないかなって」
そう言われて、私の思考はまた真っ白に染まっていく。真っ白な頭の中に少しずつ色が戻って来て鷲衣さんが言っている内容を理解していく。
「え、えっと……あ、え、一緒にライブするって……事ですか?」
「そう。あっ、こっちは迷惑だった?」
「あ、い、いえ……で、でも……わ、鷲衣さんはモデルで忙しいでしょうし……」
「ううん。撮影は週に一回あるかどうかだから、特に問題はないと思う」
「あ……そ、そうなんですね……じゃ、じゃあ……」
ピアノという事はキーボードだ。本当はドラムやベースが欲しいところだけど、そこで我が儘を言うのは違う。キーボードがあるだけでも変わると思うので、受け入れてみるのは良いかもしれない。
すでに、私がリラってバレている訳だし。
「やった……」
近い距離にいるから、小さな声で鷲衣さんが言ったのが聞こえた。そんなに誰かとゲームしたかったのかな。
「ところで、琴坂さん、一度も私の事見てくれないね」
「あ、いえ、み見て……ます……」
「えぇ~、せっかくだからちゃんと顔を見て話してみない? もしかしたら、話せるかもしれないし」
「え……あ、は、はい……」
ここでも断る事が出来なかった。さっきのはまだ断る余地があったけど、これは断れば『あなたとは目を合わせたくない』と言っているように思われてしまうかもしれないから。
「じゃあ、十秒目を合わせようか。目を逸らしたら、琴坂さんが罰ゲーム。目を合わせ続けられたら、私が罰ゲームね。内容は互いの望みを一つ叶えること」
「え、そ、それは……」
「大丈夫。十秒目を合わせるだけだから」
鷲衣さんは何てこと無しにそんなことを言う。
(それが難しいんだけどおおおおお! い、いや、人前で喋るわけじゃない。十秒目を合わせ続ければ良い。本当にそれだけだ。今の私なら……いける!)
謎の自信を発揮し、私は真っ直ぐ鷲衣さんを見る。
「スタート」
鷲衣さんはそう言って、真っ直ぐ私の目を見る。大体十五センチくらいの距離で維持している。間に定規が挟まるかどうかって距離だ。つまり近い。
鷲衣さんの瞳は綺麗な茶色だった。カラコンかと思ったけど、自前っぽい。ちょっとだけ瞳孔が広がったような気がした。
その瞳は何か熱があるような気がして、そのまま視線を合わせ続ける事が出来なくなった。その熱にやられた感じだ。
「はい。私の勝ち。放課後、時間頂戴」
鷲衣さんはそう言って離れていった。他の生徒達もそれぞれ前を向き始めていた。ペアワークが終わっていっている事が分かる。
(放課後……陽キャの罰ゲームって、どんなのなんだろう……)
若干怖いと思っていると、すぐに放課後がやってきてしまった。来なければ良いのにと思ったもの程、早くやって来るものだ。
ホームルームが終わるや否や、鷲衣さんは私の傍に来た。
「それじゃあ、琴坂さん目を瞑ってね」
「え、あ、はい……」
大人しく目を瞑る。何か得体の知れないものを食べさせられるのかと思ったら、唇に何かを塗られていた。
「はい。出来上がり。目開けて良いよ」
目を開くと、鷲衣さんは小さな鏡を持っていた。その鏡に映る私はほんの少し唇がピンク色に色づいていた。
「色付きリップ。これでおしゃれさんに一歩前進ってね」
「おしゃれ……」
「ぴりぴりとはしてない?」
「あ、はい……」
「良かった。これが罰ゲームで~す。おうちまで拭うの禁止ね。あ、そうだ。SNSやってる? 交換しよ」
「え、あ、はい……」
スマホを取り出して、鷲衣さんと連絡先を交換する。
「ありがとう。それじゃあ、連絡するね」
鷲衣さんはそう言うと、鞄を持って教室を出ていった。私も鞄を手に持って教室を出る。途中でトイレに寄って鏡を見ると、いつもよりも血色の良い唇が見える。
「おしゃれ……」
鷲衣さんと比べたら天地の差がある。でも、ちょっとだけ良いなと思う自分もいた。
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教室を出た天花は、足早に校門を出ていた。
(や、やっちゃった。やっちゃった。これでおしゃれに興味持って貰えたかな。やっぱり、化粧でもっと綺麗になる子だった。色付きリップだけでも十分なくらい。でも、ちょっとぐいぐい行き過ぎたかも……ようやく話せるって思ったら、気持ちが前に出すぎだった気が……)
天花は駅に向かいながら脳内反省会を開いていた。
(あっ……そういえば、この色付きリップ……どうしよう……)
天花のポケットには伊織に塗った色付きリップが入っていた。それは伊織の唇に触れたもの。
ポケットからリップを出して見つめる天花の頬はほんのりと赤く染まっていた。しかし、その表情は全く困っているようではなく小さく笑っていた。




