打算という言葉の意味とは
クエスト掲示板からクエストを探していると気付いた。私が受けられるクエストが増えている事に気付いた。真っ赤になっていた場所がなくなっているからだ。
そのクエストを確認する。必要なスキルは【歌唱】と【演奏】。内容は、酒場での盛り上げ。歌と楽器で盛り上げて欲しいらしい。
(うん。無理)
即座に諦めた私は、普通に図書館のお手伝いクエストを選んで向かう事にした。その前にステータスの確認を行う。
────────────────────
リラ Lv4 職業:ストリートシンガー
HP:30/30
MP:10/10
力:5
防御:25
速度:5
器用:17
魔力:5
運:5
SP:40
スキル:【歌唱Lv10】【演奏Lv7】【掃除Lv5】【整理Lv9】
────────────────────
1レベル上がっていた。クエストクリアの経験値でのレベルアップじゃなくて、路上ライブでの経験値でレベルアップしたみたい。
そして、さっきのライブでの投げ銭でも60万マニーが貰えている。やっぱりお姉ちゃんも投げ銭している。加えて、ここでも12万マニーも投げ銭してくれているのがアルタさんって人だ。
「富豪か何かなのかな……おかげで助かるけど……」
このお金があれば、私も武器と防具を全て買い揃える事が出来るけど、さっき色々とあったから冷静になるために、ルーティンをこなす。図書館クエストを受けて、中央図書館のカウンターに行くと、先にお客さんがいた。
顔を面布で覆っているので、その素顔までは見えない。さすがに鉢合わせると気まずいので、本棚の影に隠れておく。何か話しているけど、特に話は聞こえてこない。まぁ、盗み聞きする必要はないから、あの人が帰るまで待機だ。
「……じゃ……後は……」
「は……は~い……」
それで話が終わり、面布の人が去っていく。私はその人に見つからないようにして、カウンターに向かう。
「あら、今日も来てくれたのね。でも、隠れて見ている必要はあったのかな?」
「うぇっ!? ご、ごごごめんなさい!!」
「良いの良いの。別に気にするような事じゃないし。それじゃあ、六階の整理と八階の掃除をお願いねぇ」
「は、はい……」
怒られるかと思ったけど、全然そんな事なかった。本当に気にする必要のない会話だったって事かな。いや、普通にこっちに気を遣ってくれてるだけか。
(あれで顔を隠すって事は、結構高貴な人なのかな……あれ? 何か顔を隠す人って話をどこかで聞いたような。しかもついさっき……あっ、歌姫! いや、歌姫なわけないか)
そんな事を思いながらテキパキと整理と掃除をしていく。スキルのレベルが上がっているからか、段々と掛かる時間が減っている。整理する場所がすぐに分かるっていうのは本当に楽で良い。
そうして整理と掃除を終えてカウンターに行くと、司書さんが手を振って迎えてくれる。
「はいはい。今日も綺麗にしてくれてありがとう。これは個人的なお礼ね。どうぞ」
「え、あ、はははい。あ、ありがとうございます……」
二度目の個人的なお礼らしい。前から然程やっていないのだけど、もしかしたらランダムでくれる報酬なのかもしれない。
「また楽譜……バンドスコアだ……でも……」
見覚えのない曲だった。PVで使われた曲でもない。つまり、曲の見本がない曲という事になる。
「頑張って」
「は、はい……」
司書さんはそう励ましてくれた。何故ここまで楽譜を渡してくるのか。そんな疑問が浮かぶけど、報酬だからという答えしか出てこない。
(い、いや……こ、ここは頑張って聞くだけだ! さっきまでの勇気をここでも使う!)
一歩踏み出すという勇気をここでも発揮する。発揮する。うん。発揮する。
「ど、どどどどして、が、楽譜を……?」
「ん? う~ん……打算?」
「だ、だ打算!?」
「まぁ、こっちにどんな利があるかは内緒だけどねぇ。悪いようにはしないから安心して」
「は、はぁ……?」
司書さんはそれ以上は答えてくれないみたい。打算というからには、これを私が歌う事で司書さんにも利があるという事になる。それが分からないと、何とも言えないけど、司書さんがそんな悪い事をするようには思えないので、ひとまず練習してみる事にする。
楽譜をスクショして、現実の端末に送る。ログアウトして、楽譜を印刷し防音室に入ろうとしたところで、お母さんと遭遇する。
「七美と夕は元気だった?」
「お母さんも共犯だった!?」
「ゲームをしてるって話と七美からはライブの様子を共有されていたくらいね。どうせ、七美は伊織が向こうでライブをしているって知れば行くだろうしね。というか、この時間だとライブが終わって少ししか経ってないんじゃないの?」
整理と掃除は一時間くらいで終わったので、お母さんの言う通りではある。本当は少し冒険する予定だったけど、楽譜を貰ったから予定は変わった。
「あ、うん。向こうでバンドスコア手に入れたの。それをスクショして印刷したから、ちょっと練習。私が全く知らない曲だから」
「そう。まぁ、良いけど。夕には会った?」
「お兄ちゃんは知らない」
「そう。まぁだ隠しているのね。あまり根詰めすぎないようにしなさいね」
「はぁい」
防音室に入って、貰った楽譜を練習する。やっぱり、これは聞いた事のない曲だ。少しでも聞いた事があれば、演奏しやすいのだけど。
「明るい曲……『昼つ方シンフォニー』……お昼だから明るいのかな。楽しいな」
演奏していて楽しい曲だった。後は歌の練習だ。歌のメロディもあるから、それを見ながらしっかりと練習していると、お母さんが防音室に入ってきた。
「どうしたの?」
「どんな曲か聴こうと思ってね。七美達にも送ってあげるから、通しでやってくれる?」
「うん」
まだ探り探りだけど、通しで一曲披露すると、お母さんがそれをお姉ちゃんとお兄ちゃんに送る。
直後、お姉ちゃんから電話が掛かってきて、お母さんがスピーカーモードにした。
『ちょちょちょ! 伊織ちゃん! 何で歌姫の曲やってるの!?』
「あ、歌姫の曲なの? 中央図書館の司書さんに貰った楽譜なの」
『はぁ!? えっ!? ライブでやるの!? いつ!? どこで!? やるとき教えてよ!?』
「は~い」
「うるさいから切るわね」
お母さんは容赦なく電話を切った。
「歌姫って?」
「パラユニで私みたいに路上ライブしてるNPCだって。お姉ちゃんの推しみたい」
「ああ、だからうるさいのね。あの子推しに一直線だから」
「私の曲やる時間あるのかな……」
「今何曲持っているの?」
「えっと、『The Parallel Universe』『レリックシンフォニー』『合わない視線は空虚』『一歩踏み出せずとも』『昼つ方シンフォニー』の五つ?」
「まぁ、それなら出来るけれど、路上ライブで五曲……それなら毎回三曲に制限して色々な組み合わせでやったら良いんじゃない?」
「なるほど。確かに、それが一番飽きられないかも。そうしてみる」
「頑張りなさい。それじゃあ、私は行くわ。ああ、そうそう……」
お母さんはシャーペンで楽譜に色々と書き込んでいく。
「歌う時にここら辺に気を付けなさい」
「は~い」
お母さんからアドバイスを受けて、私は練習を重ねていく。明日から歌える曲が増えるから、しっかりと練習しておかないと。
(そういえば、歌姫の曲をやって良いのかな……そもそも司書さんは何の打算で歌姫の曲を……う~ん……考えたって仕方ないか)
ちょっと気になるけど、これは本当に考えても仕方のない事だと思うので、次にライブをしてみて考える事にする。




