推しは一人とは限らない
相手がお姉ちゃんだと分かると、さっきまで感じていた緊張が一切消え去った。
弛緩していると、お姉ちゃんは左の手のひらに拳を当ててひらめいたみたいなポーズを取る。
「そうだ。そういえば、リラちゃんは歌姫って知ってる?」
ゲーム中だから、プレイヤーネームで呼ばれる。あまりオンラインゲームをやらない私からすれば、お姉ちゃんにそう呼ばれるのは新鮮だ。
「歌姫って……?」
このワードを私は聞いた事がない。京花ちゃんからも聞いた事はないから、そこまで重要なものではないと思うけど、態々話題に出すくらいだから、お姉ちゃんにとっては大事な事なのかな。
「あれ? 知らないの? 実はリラちゃんみたいな事をしてる人がいるの」
「え? で、でも……路上ライブ出来るのは……」
「うん。リラちゃんから知った。プレイヤーが出来るのはね」
路上ライブは、プレイヤー達の間でも知られていなかった。だから、私がやり始めて物珍しさに釣られてやって来てくれた。
それを考えると、お姉ちゃんの言っている事はおかしくなる。でも、それに説明が付くものがある。
「それって……」
プレイヤーではない存在がそんな事をするとなったら、答えは一つしかない。
「そう! NPC! そういうNPCがいるの。いつも御簾の中にいるか、表に出ても顔を隠しているから、どういう人かは分からない。最初はリラちゃんが歌姫かって話まで出てたんだけど、どう見てもプレイヤーだって事で否定出来ちゃったんだよね。そもそもうちの妹だし。
歌姫は色々な街で目撃情報があるの。もしかしたら、同じように歌っているリラちゃんに目を付けて接触してくるかもよ」
「歌姫って重要なNPCなの?」
「さぁ? こっちの言葉に反応した事はないんだよね。いつもライブをして消えるって感じかな。あの歌は良かったね。私の推し!」
歌姫っていうNPCは、本当に良い歌を歌うみたい。お姉ちゃんが推しにする程だから。
キラキラとした目をするくらいだから、本当に推しなのだという事は分かる。
そして、そこからお姉ちゃんがバンドをやっている事を思い出す。私が頼れる人はお姉ちゃんしかいない。
「そ、そうだ。お姉ちゃん、一緒に……」
「やらないけど」
お姉ちゃんは私が全てを言い終わる前にぴしゃりとそう言った。取り付く島すらなさそう。だが、相手がお姉ちゃんだから、私は食い下がれる。これが家族の強み!
「まだ全部言ってないよ……」
「バンド組んでって言うんでしょ? やらないから。私はこのゲームを推しを追うためにやってるって感じだしね。私に一緒にやって欲しいなら、それなりに成長したところを見せなさい」
お姉ちゃんはそう言って、私の頭を撫でてくる。お姉ちゃんは歌姫を追うためにゲームをやっているらしい。それにしては私の路上ライブに来ているみたいだったけど。
こういう事を言う時のお姉ちゃんは、断固として言葉を曲げない。つまり、お姉ちゃんに私が成長したという事を見せないと手伝ってくれる事はないという事だ。
「それじゃあ、次のライブ楽しみにしてるから、頑張りなさいよ」
お姉ちゃんは手を振りながら去っていった。それを見て気付いたけど、他のプレイヤー達もしっかりと解散していた。一応終わりって分かるように言ってあったからかな。お姉ちゃんに言われた通り、マイクとスピーカーも回収する。結局これをくれた人の事は分からなかったな。
(ちゃんとライブで返さないと……頑張ろう)
マイクやスピーカーを送られるという事は、それだけ私のライブを期待されているという事。期待というのは、プレッシャーになる。私はそのプレッシャーを重く感じ、いつも押し潰される。
これまでならそうだった。でも、今回は違った。私はそのプレッシャーに押し潰されるのではなく、奮い立たされている。
次のライブに備えるため、私はクエストカウンターに向かう。そう。まずは……図書館のお手伝いしに行こう。冷静にルーティンからだ!
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リラがクエストカウンターに向かっているのを建物の影から見たアクイラは、視線を前にいる赤い鎧を来た赤狼騎士団のプレイヤーに向ける。それはリラが絡まれそうになっていた時に盾になった男性プレイヤーだった。
「伊織には何も言わなかったか?」
「やってはいるんじゃないって言っておいた。やってないって断言する方が怪しいから。後、リラって言って。全く……あんなプレゼントするなら、ちゃんと名乗って出た方が良いでしょ?」
「ふっ……俺は隠れてサポートする影の支援者だからな」
「はっ、馬鹿な兄の間違いでしょ」
アクイラと会話しているこのプレイヤーは伊織と七美の兄琴坂夕だった。バーチャルシンガーとしての名前は逢魔イヴであるが、現在のプレイヤーネームはアラドとしている。
「こっちで配信はしないの?」
アラドは、プライベートでゲームをする際に使われる名前だった。今回のマイクとスピーカーのプレゼントに協力するためにやり取りをした際、アクイラはその名前を知った。そこからの確認だ。
「ああ。元々息抜きのためにあいつらと始めたものだからな。数日前から息抜きでは無く義務になったが」
「リラを見守るのを義務って言うなら、尚のことちゃんと正体明かせば?」
「ふっ……妹に俺のファンサを見せる訳にはいかない。あいつまでお前みたいになったら、俺は生きていけない」
「きめぇ……」
アラドは、根っからのシスコンだった。妹のために何かをするという事を苦痛とは思わない。かと言って、過度な干渉はしない。伊織に必要となるであろうものは贈るが、何でもかんでもという事はなかった。
「ところで気付いたか?」
「何が?」
「あの群衆を相手に、リラはいつも通りに歌っている」
「ああ、まぁ、夢中になってるだけでしょ。歌ってる時、こっちに視線が行っているようで行ってないから。あと十歩くらいってところかな」
「厳しいな。キュクロスちゃんが後押ししているとはいえ、あの成長には感動で涙が溢れそうなったぞ」
「不審者として通報案件かな」
「それと全員リラに夢中になっていた事もあって、気付いているプレイヤーはいなかったが、歌姫らしき影もあったな」
「はぁ!?」
アラドの言葉を適当に受け流していたアクイラは、聞き捨てならない言葉を耳にし、アラドの胸倉を掴む。
「嘘でしょ!?」
「いや、マジだ。顔は面布のようなもので隠されていて分からなかったが、あの感じは歌姫だろう」
「そんな……私が気付かなかった……?」
アラドから手を離したアクイラは頭を抱えて絶望する。推しの出現を感知出来なかった事は、アクイラにとって大きなショックとなっていた。
「まぁ、あれだけ妹のライブに熱狂していれば周囲は見えてないだろうな」
アラドにそう言われて、アクイラは一瞬で固まる。そして、顔を赤くさせながらアラドを睨んだ。その視線をアラドは簡単に受け流す。
「歌姫を推しと言うが、お前の場合一番の推しは」
「あああああ! うるさい!」
アクイラは反射的にアラドの顔面に拳を振るう。しかし、街中という事もありダメージ判定はなく、顔面に命中するだけ衝撃などはなかった。
アラドを馬鹿にするアクイラだが、アクイラもアラドに負けないくらいにシスコンであった。
「お前もお前で厄介ファンだよな」
「うるさいっての!」
「そういや、明日ハーフアニバーサリーだろ? リラと冒険してやったらどうだ? オンラインゲームをあんましないから、リラも一人で外に出るの怖いだろ」
「私は兄さんと違って、あの子を常に甘やかしたりしないので、そこも一人でやって貰うに決まってるでしょ。というか、私が守る必要もないし。ゲームに慣れたら私より上手くなるんだから。
てか、ゲームで自信がないのって、基本的に兄さんのせいだからね。あの子が上手くなるからって、どんどん上からぼこって。常に兄さんが上にいるから、自分はそこまで上手くないとかって自己評価になってるし」
「いや……あそこまで上手くなるなら、真面目にやった方が良いよなとは思うだろ」
「やりすぎだから。とにかく、兄さんも必要以上にサポートしないように。キュクちゃんが離れて、自立しようって気になってるんだから」
「そうだな。見守るだけにしよう」
「目立つ鎧着けてる奴が何言ってんの。だから、馬鹿兄なんだよ。馬鹿兄。それじゃ、私行くから」
「ん? どこ行くんだ?」
「この街に歌姫がいるかもしれないんだから、探すに決まってんでしょ!?」
目をガン開きにしてそう言うアクイラに、アラドは苦笑いする。
「お、おう。頑張れ」
全速力で駆けていくアクイラを、アラドは優しい眼差しで見送り、自分も歩き始める。その方向は街の外。先程の会話もあり、さすがにリラを追うという事は自重するのであった。




