夕日に差し込み始めた図書室内で、下半身の制服を失った俺
「なんとか、なるものだな」
やっといつもの呼吸といつもの視野と酸素を確保することのできた俺。
足元がふらつきはするものの、安堵感が全身を包み込んでいた。
このまま、この状態になれていけば大丈夫。
誰一人として傷つくことはない。
そう確信することができていた。
しかし、今日という日がそう簡単に終わるはずもなく……。
「おわっ!」
急に図書室の扉が開き、右手を掴まれたかと思うと、そのまま中に引きずり込まれてしまった。
「ななな、なんだ?」
突然のことに、慌てふためく俺。
その俺の傍で美里が悲しそうな雰囲気を醸しながら佇んでいた。
「み、美里? どうしたんだ? こんなところで?」
しかし、美里は答えない。
顔は下を向き、髪に隠れているため感情が読めない。
その代わりに、ずいっ体を近づけてくる。
「……っ!」
俺は思わず後ずさりする。
ようやく確保できた鼻呼吸も、再びの口呼吸へと切り替わる。
そんな俺に構うことなく、美里はこちらに近づき続ける。
俺はどんどん後ずさり、とうとう背中が書架へとぶつかってしまった。
これ以上、逃げられない。
「ど、どうしんだ美里? 何かわからないことでもあるのか?」
とにかく状況を動かさなければ。
そう思い、俺は改めて美里に問いかける。
「もし困ったことがあるのなら、そうと言ってくれれば俺も善処……」
「……て!」
「ん?」
「ちゃんと私を見て!」
顔をあげた美里の瞳からは大粒の涙が零れていた。
咄嗟に俺はピントをぼかす。
「どうして私を見て話してくれないの? 他のクラスメイトのことはきちんと見て話しているのに!」
「いや、なんのことだ? 俺も君をちゃんと見て……」
「ピント、ぼかしてるよね?」
「え?」
俺の心臓が跳ねる。
どうして、バレているんだ。
「今だってそう。私が蓮君を見ると、蓮君は私を見るふりして、見ないようにしてる。もし、私のことが嫌いならそう言ってほしい」
美里の言葉に、俺は思わずピントを合わてしまいそうになる。
だが、それを咄嗟に理性が制する。
今、この距離で目を合わせてしまえば、確実に爆散してしまう。
それは避けなければ。
俺はさっと視線を逸らし、考える素振りをしながら美里から距離を取る。
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「じゃあ、どういうつもりなの?」
俺の後を追ってくる美里。
同じ書架の周りをくるくると回る俺と美里。
このままじゃ埒が明かない。
そう考え、ちょうど美里と書架を挟みあう形になるタイミングで立ち止まった。
これなら本に邪魔されてそれほど彼女の顔も見えない。
「ごめん。実は俺、人見知りでさ、出会ったばかりの人と目を合わせるの、うまくできないんだ」
「そう……なの?」
「ああ、そうなんだよ。でもすごいな、美里は。このことに気づいたのは君が初めてだ」
「そっか。嫌われていたわけじゃなかったんだ。よかった」
美里は安堵したのか、溜まっていた涙をそっと拭い笑顔となる。
「でも……」
美里の手が本を押しのけて書架から伸びてくる。
どさどさと数冊の本が落ちていく。
そして、そのまま美里は俺の両頬を抑え、視線を無理やりに合わせてきた。
「ちゃんと見てほしい」
美里の声と手は震えていた。
その震えを感じながら、俺は自身の行いを後悔する。
転校してきて間もないのに、クラスの中心的な存在である俺からちゃんと見てもらえないのは怖かったよな。
俺は自分の保身ばかりを考えて、彼女の事をちゃんと見れていなかったんだ。
申し訳ないことをした。
俺の全裸がなんだ。
美里の心の方がよっぽど大事じゃないか。
俺は一度大きく息を吸い込むと、覚悟を決めて美里にピントを合わせる。
きゅらりと、図書室の薄暗い灯りの中でも、美里の瞳は大きな煌めきを放っていた。
ああ、やっぱり七瀬先生と同じだ。
そして、逃げられない視線の絡み合いの中、俺の脳内には七瀬先生との思い出由来のエロスが溢れかえる。
んあああああああああああああああああああ七瀬先生の矯正下着オフ後のエロラインが今でも脳裏に焼き付いてるううううううううううう!
あびゃああああああああああ美里の吐息の在り様に、先生の吐息感あるうううううううううううううううううううう!
こちらをまっすぐに見つめてくる瞳もなんだかんだエロかったなああああああああああああああ!
無駄な抵抗だとはわかってはいるが、俺は押し寄せるエロスを言語化していく。
そして、無駄なあがきを続けた数秒後、俺の制服は見事に爆ぜた。
終わったな。
転校してきたばかりの子の前で全裸。
ふふっ、これまで必死に築き上げてきた自分とさようならだ。
明日からは転校生の前で全裸マンとして罵られて生きていくのだろう。
だが、それでいい。それでいいんだ。
これで彼女の心が救われるのであれば安いものさ。
しかし、全裸となったにも関わらず、美里は特段驚く様子を見せない。
「ふふっ。やっと私を見てくれた。ごめんね。わがまま言っちゃって」
「え? ああ……いや、俺の方こそ、ごめん」
蓮は美里と話しつつ、恐る恐る視線を落とす。
すると、なんということでしょう。
俺の制服は下半身だけ爆散し、上半身部分は無事だったのだ。
神は俺を見捨ててなどはいなかった。
俺の下半身は丸出しにはなりはしたものの、書架に詰め込まれた本によって美里からはそれが見えていない。
だが、一体なぜ?
俺は戸惑う。
背面の時は、これまでの努力と研鑽の賜物だとか思ったけど、今回もそれなのか?
え、そんな感じなのか?
わからない。
明確な答えを見出すことができないまま、会話だけが続く。
「無理やりで、ごめんね。でも、これからもこうしてちゃんと見てくれると嬉しいな」
「も、もちろんだ」
「ふふ、優しんだね」
「いや、そんなことは、ないさ。ただ、友人を大事にしたいというだけさ」
その後も、いくつか言葉を交わし、美里は「じゃあ、また来週ね」と言って、俺の頬から手を離し、照れくさそうに図書室を出て行った。
残された俺はただただ力が抜け、へたり込んでしまった。
「助かった……けど、来週からどうしよう」
美里との約束。
きちんと美里を見るということが俺の肩に重くのしかかってきた。
夕日に差し込み始めた図書室内で、下半身の制服を失った俺は暫く動くことができなかった。




