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転校生

 とある日のホームルーム。 

 いつもより上機嫌な雰囲気を醸し出しながら、担任の先生が教室へと入ってきた。


「はーい、皆さん注目」


 教壇前に来ると、その上機嫌な雰囲気以上に上機嫌な声色を出す。

 皆、何事かとソワソワする。

 もちろん、俺も内心、ソワソワする。

 そんなソワソワを十分に感じ取ったあと、担任はドアを指さした。


「実は今日、転校生がいまーす」


 瞬間、クラスは盛り上がる。

 それは俺も同じであった。

 エロスを抑えるため、幼き頃から人並み以上のストイックさで人生を過ごしてきたがゆえに、こうしたささやかなイベントごとに幸せを感じるようになっていた。

 転校生、嬉しい。


「楽しみだね、蓮」


 前に座っていた少女がこちらを振り向き、話しかけてきた。


「ああ。同じ学び舎で、同じ志を持つ友が増えることは素晴らしいことだ」

 

 俺はワクワクが表に出ないよう、冷静なふりをする。

 油断は禁物。

 常に、冷静さだけは外側に張り付けておかないといけない。


「もう、蓮はかたいなあ」


 前の席に座る少女。

 笹井麗奈は俺のいつも通りの様子を見て、おかしそうに笑う。

 笑い声に合わせてさらさらと揺れるショートカットの黒髪と、やや焼けた肌、引き締まった体のラインは健康的と言う言葉がぴたりと当てはまる。

 俺の親友だ。

 保育園の時からずっと一緒にいて、まるで兄弟のように過ごしてきた。

 いつ爆散するかわからない厳しい生活の中で、麗奈の存在が支えとなり、同時に、彼女の忖度のない態度が癒しだった。

 病気のことは恥ずかしすぎて伝えることができていないが、それでも麗奈とは病気のことを気にせず過ごすことができている。

 ありがたい。


「お、来るよ」


 麗奈は期待を込めた視線を、カラリと音を立て開き始めたドアへと向ける。

 そして、クラスのボルテージがマックスに達した時、完全に開ききったドアから一人の少女が入ってきた。

 おそらく、幾度も袖を通していないであろうはずの制服は、前からそうであったかのように彼女に馴染んでいる。

 彼女の歩に合わせて、肩甲骨ほどまであるややウエーブのかかった栗色の髪が揺れる。

 教室内の電灯の明かりでさえ、彼女の髪に跳ね返ると夏の海、その水面のようなきらめきに変わる。

 華やかさに愛されて育ってきたのではないか。

 そう思わせる雰囲気を彼女は纏っていた。

 そんな転校生のある種の神々しさすら感じる佇まいに、クラスのテンションは上がり続ける。


「じゃあ、自己紹介お願いできるかな?」

「はい」


 言って、転校生は微笑む。

 凛とした鼻立ち、少しだけ切れ長の目がその魅了を何倍にも押し上げる。


「七瀬美里と言います。親の仕事の都合でこの街に引っ越してきました。緊張していて初めはうまく喋れないかもしれないけど、仲良くしてもらえると嬉しいです」


 最後にぺこりとお辞儀をする彼女。

 そんなお淑やかさを感じる彼女の所作に、クラスのほぼ全員が心穏やかになっていた。


「はえー、すっごい美人さんだね」


 麗奈はとんとんと俺の肩を叩く。


「あ、ああ、そうだな」


 どういうことだ? 

 どうして、どうしてこんなことが? 

 クラスが彼女に惹きこまれる中で、俺は一人、自身に起きた異変に恐怖を覚えていた。


―――重ねに重ねた五枚の肌着が全て裂けてしまっている


 それどころか、ブレザーにより外からは見えてはいないものの、カッターシャツの袖部分が裂けてしまっているのもわかる。

 まだ病に慣れていなころ、何度も服は爆散したが、病をある程度コントロール下に置くことができるようになった中学生以降、重ねた肌着が同時に全て破れてしまうことなど一度もなかった。

 一日のうちに断続的に裂けることはあっても、一度に、ということはなかったのだ。

 そう、この日この瞬間までは。 

 言いようのない不安と恐怖が俺を襲う。

 どっぷりと額と背中に脂汗が滲む。

 同時に、俺は幼き頃の記憶がよみがえってくるのを感じていた。

 そこには、たしかに『七瀬美里』という言葉が存在していた。

 七瀬美里。

 七瀬美里ってまさか、七瀬……先生の?

 俺の思考は記憶の海へと一気に流されていく。

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