新しい選択肢
エレベーター内閉じ込め事件の翌日。
俺は自宅のソファに座り、考えごとをしていた。
ちなみに全裸だ。
別に全裸でいたいから全裸、というわけではない。
エロスという存在と戦い続ける学校においては、俺は常に緊張感と共にある。
そうであるからこそ、家でくらいありのままの自分でいたい。
そう、考えている。
つまり、自分と向き合うのではなく、自分を受け入れ、自分らしくいたいのだ。
もちろん、服を着てもいいが、学校で我慢しているぶん、家の中では四六時中エロいことが頭の中を跋扈する。
そのため、袖を通した時点で爆散する。
服飾代が嵩む。
それは俺の望むところではない。
家計の負担を考え、自転車で通える距離の公立校を受験した俺にはできない選択だ。
ただでさえ、様々な習い事やスポーツへの取り組みで家計に負担をかけているので。
もちろん、両親も俺の苦悩を知ってくれているので、特段意見することはない。
ただ、座る際にタオルなどを敷くことだけは意識してほしいとは言われている。
まあ、そんな俺の家庭内事情は置いておいて、明日は再びの学校。
つまり、今度はノーサングラスで美里と顔を合わせなければいけないということだ。
ピントをずらすことは、美里の気持ちを考えれば、論外だろう。
しかしだからと言って、一体どうすればいいのか、皆目見当がつかない。
俺は、焦っていた。
昨日、久しぶりの睡眠を得ることができたことは僥倖だったが、ここ数日の睡眠不足がたたったのだろう。
目を覚ますと既に日曜日も夕方に差し掛かっていた。
ビビり散らすどころの騒ぎではなかった。
このまま徹夜すればいい案が思い付くのかもしれない。
だが、それをルーティンにしてしまっては身がもたない。
俺は焦りながらも冷静さを心の湖にしっかりと浮かばせていた。
様々な方面で道を極めてきた経験があるからこそ、理解していた。
破滅的なルーティンだけには頼るべきではないと。
常に試合でベストな結果を残してきたのは、堅実なルーティンをこなしたときだだった。
「蓮、晩御飯はとんかつでいいかしら?」
考え事をする俺に、買い物から帰ってきた母親が声をかける。
「え、ああ、うん。もちろんだよ。とんかつならいつでも歓迎だね」
「ふふっ。ほんとあなたは揚げ物が好きね。お父さんに似て」
「いや、お父さんは揚げ物の中でも好きなのはコロッケだけでしょ。俺はとんかつを筆頭に多様な揚げ物が好きなんだよ?」
「はいはい。そんな理屈っぽいところもそっくり」
「だから、そんな似てないって……」
すぐにお父さんと自分を重ねたがるのはどうにかならないものか、と俺はやや思春期的な反発をする。
重ねたがる?
重ねる?
俺と父親を?
「そうか! そうだったのか!」
とあることに気が付いた俺は、力強く立ち上がり、握りこぶしを握る。
もちろん全裸なので、勢いに合わせて俺の俺がぺちぺちと腿を打つ。
「あらあら。ほんとお父さんそっくり」
母親は俺の俺を見て、慈愛に満ちた表情を浮かべるのであった。
☆
迎えた月曜日。
俺はここ数日の鬱屈がまるで嘘のように、とても軽やかなステップで通学路を行く。
周囲からやや奇異の目で見られている気がしないでもないが、今はそんなことどうでもいい。
それよりも、今はこの考えの確かさを証明したいだけ。
俺はテンションを維持したまま、学校へとたどり着き、そして教室へと入っていく。
教室を見渡すと、既に登校していたようで、麗奈と美里は二人、窓際で話していた。
そんな二人の元へと俺は足を運ぶ。
「あ、蓮、おはよう」
「おはよう、蓮君。この前はありがとう」
美里は改めての礼をくれた。
ぺこりと下げられた頭。
「美里はむしろ大丈夫か? あれから何もなかったか?」
「うん! 蓮君と麗奈ちゃんのおかげで全然大丈夫だった。むしろ、心配かけてごめんね」
「いや、気にしなくていいさ。俺たちは友達だしな」
俺は微笑む。
余裕だ。
先週、えげつない程動揺に動揺を重ね、幾度も服爆散した俺は、その服、下着すらも裂けさせることなく余裕の笑みを浮かべることができている。
理由はシンプル。
完璧な対策をその手のうちに秘めているからだ。
「美里、君のことをもっと教えてほしい」
「私のこと? 突然だね」
「そう、美里のことだ。急で申し訳ない」
俺の考えた対策。
それは美里という個を知ることであった。
美里に出会ってからのことを振り返ってみると、俺は美里を通して感じる七瀬先生に対して激烈にエロスを覚えていただけなんだ。
そうであるのなら、美里を七瀬先生から切り離し、美里個人として理解・昇華する。
そうすることで、美里を一クラスメイトとして見られるようになるはずだ。
美里が図書室で言ってくれた『私を見て!』という一言が、図らずとも大きなヒントとなってくれた。
そう、俺はしっかりと美里を見るべきだったんだ。
「ちょ、どうした蓮? もしかして、美里ちゃんのこと好きになったとかそんな感じ?」
麗奈がバシバシと俺の腕を叩く。
「痛い痛い! いや、そう言うわけじゃなくて、シンプルに美里のことを知ってもっと仲良くなれればと思っただけだよ」
それはそれで本心だ。
確かに、俺は自分のためにも美里のことを知りたいと思ったが、その一方で、この前のエレベーター事件のように、知らないからこそ生んでしまった悲劇を防ぎ、知っているからこそ起こせる喜劇を楽しみたいと考えていた。
正直、病に罹ってから、それを理由に人との距離をうまくとっていた。
一定の距離から詰まらないように。
しかし、ここにきて、病だからこそ仲良くなるべきという選択肢が出てきたのだ。
これまでにない選択肢に、俺はいつになく心が弾んでいる。
人を知ることができるんだ、知ってもいいのだ、という、おそらく普通の人なら当たり前に抱いてきたであろう感覚に俺は新鮮さを覚える。
「ふふ。それはなんだか嬉しいな。私も蓮君や麗奈ちゃんのこと、もっと知りたい仲良くなりたいって思ってたから、同じ気持ちだったことが嬉しいの。何より、蓮君がちゃんと私のこと、見ようとしてくれてるんだなって」
言って、美里はこちらに意味深な視線を向ける。
俺は思わず逸らしてしまう。
いや、逸らしたら駄目だけど、この逸らしは間違いでもない気がする。
「んん? どゆこと?」
不思議そうに俺と美里を交互に見つめる麗奈。
「いや、なんでもないさ。それよりも……」
「あ、私のことだね。うーん……」
思案するように視線を上に向けた美里。
「えっと、まずお姉ちゃんがいるんだよね。十二歳離れたお姉ちゃん」
「ほほう」
俺はあえて知らないふりをする。
知っている、と言ってしまうと、どこかで逢瀬の場を設けられてしまう可能性もあるしな。
もちろん、お世話になった七瀬先生に会いたくないわけじゃないが、会ってしまえばきっと服が消える。
爆散どころか、その存在すらも消えてしまいそうな気がする。
それは避けなければいけない。
再会、即裸体はさすがに辛い。
「すっごく可愛がってもらったなー。あ、今でも可愛がってはもらってるんだけど、お姉ちゃん、先生やってるから忙しくてあんまり自由ないんだよね」
「なるほど。お姉さんはこの街にいるのか?」
「ううん。たしか教育実習はこの街のどこかの小学校でやったらしいけど、今は別の県で先生してるよ」
「そ、そうか」
偶発的な再会はなさそうだな。
よかった。
「ねね、美里ちゃんってご趣味は?」
麗奈はキラキラとした瞳を向ける。
「いや、お見合いかよ」
俺は思わず突っ込む。
「ふふっ。ご趣味はありますよ?」
俺と麗奈のやり取りがどうやらツボにはまったようで。美里は柔和な笑みを浮かべる。
思わず俺と麗奈はその笑みに惹きつけられる。
「そ、それでどんなご趣味なんだ?」
「いや、蓮もお見合いじゃん」
「そだねー。せっかくだし見てもらおうかな。放課後、時間あるかな? 麗奈ちゃんは部活あるんだっけ?」
「今日は休みだから大丈夫だよ」
「じゃあ、決まりだね」
美里は楽しそうに声を弾ませる。




