第1話 封じられた鏡
三角縁神獣鏡に触れた瞬間、僕は卑弥呼の時代へ――。
歴史×恋×タイムスリップの大河ファンタジーが始まる。
――光は、土の中からやってきた。
梅雨明け前の湿った風が、発掘現場のブルーシートをはためかせる。
九州北部の小さな丘。フェンスの外では、今日も黒いカメラがこちらを狙っていた。
俺――壹真は、歴史研究部の腕章を巻いたまま、ジンバルを握り直した。
「この動画、編集したら部のチャンネルに上げよう。タイトルは……“卑弥呼の墓、現る!?”」
釣りタイトルすぎるか、と苦笑する。
壹真は高校一年。
好奇心旺盛で、考古学にロマンを感じているが、行動が少し先走るタイプだ。
「レンズ、指紋ついてる。貸して」
無表情で近づいてきたのは、小春。
同じ研究部の二年生で、文献研究に強い理論派。
眼鏡越しの視線は冷たいけれど、レンズを拭く指先だけは丁寧だ。
「ありがと、小春。今日は畿内派の教授も来るんだって。荒れそうだな」
「荒れない。議論は整理される。九州説と畿内説は、客観的資料で叩く。それが私の仕事」
「高校生の、ね」
「高校生でも、論理は通用する」
ツンとした言葉の奥に、どこか火花のような楽しさが見える。
発掘現場の奥では、テレビ局のカメラが教授たちを囲んでいた。
「畿内説こそが定説だ!」
「笑わせるな! 地面が語っておる!」
怒声と罵声が入り混じり、学者たちのプライドがぶつかる。
視聴率を狙う報道陣のシャッター音が絶え間なく響く。
「……うわぁ、ガチでやってる」
ユウタが苦笑する。
研究部のムードメーカーで、撮影と実況担当。
スマホを構えながら言った。
「『邪馬台国ガチ喧嘩』ってタイトルで上げたら、絶対バズるって!」
「やめとけ。炎上する」
小春が呆れた声で制した。
そんな中、院生の蒼真が指示を飛ばす。
「壹真、ドローン準備。核心部の撮影に入る」
「了解です!」
胸が高鳴る。
彼の指示のもと、俺たちは発掘現場の最深部――
「封じられた鏡」が眠る場所へと近づいていった。
――土の色が変わる。
筆先が何か固いものに触れた。
「……金属?」
緑青に覆われた円形の縁。
俺は思わず息を呑んだ。
「鏡面……三角縁神獣鏡だ!」
歓声が上がる。
記者たちのシャッター音が嵐のように鳴り響く。
だが、その瞬間。
鏡の表に射し込んだ光が、異様にゆらめいた。
まるで、水面に太陽が沈んでいくように――。
「いっしん、触らないで!」
小春の声が聞こえた。
だがもう遅かった。
指先が鏡の縁に触れる。
冷たい。
けれど、同時にあたたかい。
視界が白く染まった。
空気が裏返るような轟音。
そして――
気づけば、夜の草原に立っていた。
松明の火がゆらめき、知らない言葉が飛び交う。
「怪しき者だ! 捕らえよ!」
「は? ちょ、ちょっと待てって!」
荒縄が肩に食い込み、腕を引かれる。
呻く暇もなく、壹真は闇へと連れ去られた。
――光の人。
その声を最後に、意識が遠のく。
目を開けたとき、月明かりの下にひとりの少女が立っていた。
白い衣、黒髪、そして――不思議なほど古い瞳。
「神の道具を操る人。あなたが……レイワから来た光の人?」
壹真は答えられなかった。
ただ、見つめ返した。
その瞬間から、すべての運命が動き出した。
つづく
次回予告:第2話「呪術師の影」
時を越えた異邦人と、巫女の少女。
二つの時代が交わるとき、封じられた光が目を覚ます――。
歴史の“空白の世紀”をめぐる、
恋と闘いと祈りの物語が始まります。




