第3話 シャンプー
褒められてすごいいい気分だ。
「じゃあ、これもいる? 俺が使っているやつなんだけど」
シャンプーとコンディショナーを取り出す。
効果を説明し、使い方を教える。
「髪が、ツルッツルッに! あ、だからセドリック様の髪はサラサラなんですか? 髪質じゃないんですか!」
「髪質もあると思うけど、これ使うと違うよ」
「セドリック様、さっそく試してみます」
テレーズはシャンプーとコンディショナーをかっさらうように掴むと、部屋を出ていく。
「喜んでもらえているなら、いいかな」
テレーズが出ていってから、ボーッと外を眺めていた。
やることがない……。
暇だから、読書でもしようかな、と書斎に向かう。
貴族で領主の家だから、蔵書はそこそこある。
それに、俺が王都で購入していた本も納めているので、家を出る前よりも充実したラインアップになっている。
確か読んでない本があったから、それかな……。
書斎へ向かおうとしていたら、ドタドタという足音が聞こえてきた。
嫌な予感がして振り返ると、そこには目を輝かせたテレーズが立っていた。
「セドリック様! これは、これはすごいものですわ!」
興奮した様子のテレーズの髪は、先ほどとは見違えるようにツヤツヤと輝き、サラサラと流れるようになっている。
ただ、タオルを体に巻いている姿だ。
髪から滴る水滴が、首元から鎖骨を通って、胸元に流れる。
うわっ……うわ……。
見たいけど、見たらダメだ。
テレーズの目だけを見る。
「ええと、喜んでもらえてよかったよ」
「奇跡ですわ! 私の髪がこんなに美しくなるなんて! これは、もう手放せません!」
テレーズは俺に駆け寄り、その両手を掴んだ。
その瞳は、まさに獲物を見つけたかのような熱意に満ちている。
「もっと! もっと欲しいですわ、セドリック様! これさえあれば、私はもっと素敵なメイドになれますわ! いえ、領主様を支えるにふさわしい、最高のメイドに!」
熱弁をふるうテレーズの剣幕にたじろぐ。
シャンプーとコンディショナーでここまで興奮するとは、予想外だった。
「いや、でも、これは俺の普段使いの分だから……」
「そんなことおっしゃらずに! セドリック様は大天才なのですから、いくらでも作れるでしょう!? ねえ、お願いしますわ! このテレーズ、セドリック様のためならどんなことでもいたしますわ!」
テレーズはキラキラとした瞳が俺に向けられる。
懇願するように手を握りしめる彼女の勢いに、俺は引いていた。
その瞳から、殺気を感じる。
断ったらどうなるかわかっているのか!
という気迫だ。
魔物の前に素手で立ち向かっているよりも、怖い。
「落ち着いてくれ、テレーズ。ひとまず落ち着いて……」
「落ち着いてます! まずは私の話を聞いてください!」
あ、これはなにを言ってもダメだ。
俺は、バッと駆け出す。
テレーズが落ち着くには、時間をおくほかない。
まずは冷静になってもらわないと、怖くて話ができない。
俺は角を曲がって階段を上る。
後ろを見る。
彼女はまだ追ってきていない。
階下から、テレーズが制止する声がする。
突き当たりまで走り、部屋に入る。
客室だ。
とりあえず、ここにいよう。
それにしても、
「まさかあのテレーズがあそこまで変わるなんてな……」
テレーズは冷静沈着で何事もそつなくこなすスーパーメイドだと思っていた。
シャンプーとコンディショナーにあそこまで反応するなんて。
そのとき、かすかに音が聞こえた。
その音は徐々に近づいてくる。
ドアが力強く閉じられる音だ。
まずい、と思って隠れるところを探す。
タンスが目に入り、とっさに体を中に滑り込ませて扉を閉じた。
隠れたがテレーズに見つかり、いまは執務室にいた。
テレーズは着替えを済ませている。
髪が湿っているのは、この世界にはドライヤーがないからだ。
あ、今度ドライヤーを作ってもいいかもな。
俺は魔法で乾かせるから使う必要がなかったし。
「セドリック様の新しい仕事をお伝えいたします」
「仕事?」
仕事がなくて暇の俺に?
「シャンプーとコンディショナー、ハンドクリームを切らさないように作り続けてください」
え?
そんなこと?
俺がなにも言わないからか、テレーズは顔をぐいっと近づける。
「いいですね」
念を押すように言うテレーズ。
その迫力に、俺は頷くしかなかった。




