ポテチ令嬢〜人の好きなものを否定してバカにするなんて誰だろうと許されません〜
「ペイジェス・ヴァロリアン!貴様との婚約を、今この場で破棄する!」
響き渡る声は王太子トバべのもの。華やかな夜会の中、中央に立つペイジェスに向けられた言葉は、鋭く冷たく容赦がなかった。
「……そうですか」
ペイジェスは静かに答えたが、取り乱した様子は一切ない。代わりに瞳はトバべの背後に並ぶ、彼の新しい恋人—侯爵令嬢キュムのやけに満足げな微笑みを見ていた。
「理由は聞くまでもない。貴様は常に食い意地が張り、淑女としてあるまじき俗物だ。特に、そのじゃがいもへの執着!下賤な食べ物を口にする姿は未来の王妃として相応しくない!」
トバべの言葉に周囲の貴族たちはざわめいた。ペイジェスがじゃがいも料理、特にポテトチップスをこよなく愛しているのは周知の事実。
しかし、彼女の家の財力や社交界での完璧な振る舞いから、これまで誰も表立って非難することはなかったのに。
「下賤……ポテトチップスが、ですか」
ペイジェスの表情に初めて感情が浮かんだ。悲しみでも怒りでもなく、純粋な憤慨だ。
「唯一の望みは、ポテトチップスを誰にも文句を言われずに、心ゆくまで食べることです。俗物と貶め、あげく婚約破棄の理由にされるとは……分かりましたわ?よぉく」
ペイジェスはトバべに一礼した。
「ご随意に。ただし、一つ忠告を。あなたは人類の至宝を侮辱しました。報いはいずれ必ず受けるでしょう、と」
ペイジェスは堂々と夜会を後にする。周囲の視線などどうでもよかった。頭の中には、ただ一つの計画が構築される。
ポテチ、ポテチ、ポテチ……!
婚約破棄から一週間後、ペイジェスは父に頼み込み、王都から遠く離れたヴァロリアン家の領地の一つ、痩せた土地の辺境の村へと移り住んだ。目的はただ一つ。
世界一美味しいポテチを作るための、世界一のじゃがいもを栽培すること。
元々、家庭教師の目を盗んで農業に関する書物を読み漁るほどのじゃがいもオタク。ポテチのパリパリ感、塩加減、じゃがいもの風味、全てに並々ならぬこだわりを持っていた。
「ポテチは、じゃがいもの品種、土壌、水分、油の芸術ですわ!誰にも文句を言わせないポテチがあれば、私はっ、世界一幸せになれる!」
ペイジェスはドレスを脱ぎ捨て、動きやすい作業着に着替える。知識とヴァロリアン家の惜しみない資金援助、ポテチへの強すぎる愛を原動力に、畑の開墾を始めた。
数年の月日が流れた。
ペイジェスが住む辺境の村は、いつしか……じゃがいもの聖地と呼ばれるようになっていた。改良に改良を重ねた土壌からは、誰も見たことのない黄金色のじゃがいもが収穫されていく。
ペイジェスは独自の製法でじゃがいもをポテトチップスにして。ポテチは、一度食べたら忘れられない神の食べ物と称された。
ペイジェス・チップスは、瞬く間に社交界の話題を独占した美味しさは「これを食べずして真の貴族とは言えない」とまで言わしめるほど。
そして、ペイジェスは王都に戻る。自ら立ち上げたポテチ製造販売会社のトップとして、圧倒的な成功を収めた実業家として。
一方、トバべ王太子はペイジェスとの婚約破棄後、新しい婚約者キュムとともに贅沢三昧な生活を送っていたが、放漫な振る舞いとキュムの実家の不正が露見し、国内の信頼を急速に失っていた。
さらに、王宮での食事は全てペイジェスのポテチと比較され、味気ない「俗物」と陰口を叩かれる始末。
ある日、トバべ王太子は国の財政難を救うべくペイジェス・チップスの独占販売権を王室に献上するよう、ペイジェスを王宮に呼び出した。
「ペイジェス!私の度量を!見誤るな!お前が作ったポテチは、王室の財産として献上されるべきだ!そうすれば、再びお前を王妃として迎えてやらんこともないぞ!?」
トバべは傲慢に言い放った。横にはポテチの袋を羨ましそうに見つめるキュムがいる。ペイジェスは、懐から真新しいペイジェス・チップスの袋を取り出した。
「トバべ様。あなたに人類の至宝を侮辱した報いをお見せしましょう」
袋を開け、パリッと音を立ててポテチを一口食べた。音だけでトバべとキュムの喉がごくりと鳴る。
「このポテチは、私の情熱と知識と、純粋なじゃがいもへの愛の結晶。俗物だと罵ったあなたには、その味が永遠に分からない」
ペイジェスは続けた。
「あなた方の財政難は、王室の不正と国民の信頼の欠如が原因です。ポテチで誤魔化せるものではない。ましてや、献上などありえません。なぜなら……私にとって、ポテチはあなたとの婚約よりも遥かに価値のあるものだからです」
言葉が決め手となった。ペイジェスは、王室の不正を裏付ける決定的な証拠を既に掌握している。それを公にし、世論は完全にトバべから離れた。結果、トバべは王位継承権を剥奪され、キュムとともに辺境の地へ追放された。
追放された辺境の地でトバべとキュムは、ポテチの「ポ」の字もない粗末なじゃがいも料理を食べる日々を送ることになった。
毎日、ペイジェス・チップスの味が頭から離れず、贅沢なパリパリ感を渇望して発狂しそうになったという。彼らが俗物と蔑んだポテチこそが手の届かない永遠の贅沢となったのだ。
一方、ペイジェスは、広大な畑に囲まれた屋敷で世界一美味しいじゃがいもを材料にした焼きたて、揚げたて、作りたてのポテトチップスを誰にも邪魔されずに心ゆくまで食べる生活を送っていた。
傍にはポテチは至高の芸術品だと情熱を心から理解し、新しいビジネスパートナーとして支える新しい婚約者が。
「ああ、ポテチはなんて美味しいのでしょう!こんな幸せ、あの男には絶対に分からなかったわ」
ペイジェスは幸せそうにポテチを口に運び、パリッ!と小気味良い音を響かせる。我が人生はポテチの黄金色のように、眩しく輝いていた。
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