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you did well. I know

黒灰の空から降り落ちる雨は血色に染まった土塊を基盤に赤紫色の濁流を作る。その傍にあった墓石に一つの雷が落ちた。運命を変える雷が。


僕の名前はアルカディア。真っ白な身体を持つ龍だ。僕にはエルドラドという黄金の身体を持った兄さんが居る。兄さんは冷徹な人だった、目の前の生命を握りつぶすことになんの抵抗もない人だった。


でも、奇跡は起こった。その人との出会いが兄さんを変えたのだ。無慈悲な兄さんは他人を思いやれるようになったのだ、あの兄さんがだ。


君達は騒霊というものをご存じだろうか。あまり有名ではないから知らない人も多いだろう。いわゆるポルターガイストだ。僕は彼女達とはあまり面識が無い、たまに彼女達が開く演奏会を見に行くくらいだ。


騒霊三姉妹、長女の黄泉 叡智。次女の 黄泉 寂滅。末女の 黄泉 幻。


そうだ、この人達が兄さんの運命を変えてくれた人達。彼女達が奏でる音色は、有象無象を惑わすと聞く。それほどの力を彼女達は持っているのだ。


「………ぁ」


何処からか弦を擦る音が聞こえてきた、僕はその音色が聞こえる方向へと歩いた。かなり近くの場所で演奏しているらしい。


「………?」


そのうち、幽玄な音色は金属の隙間を巡る勇姿な音色へと変わる。姉妹揃ってリハーサルでもやっているのだろうか。それにしては…違和感がある。僕の知っている音色ではなかった、奏者の癖とでも言おうか、何かが違うのだ。なら、奏でているのは一体誰だ?


「ああ………」


切り株に座る一人の少女が見えた。


「君は……幻さんか」


「どうしたのアルカディア。貴方が外を出歩くだなんて珍しい」


「君の音色が聞こえた、無意識にここまで来ていた」


どうやら、お姉さん達は来ていないらしい。僕は幻さんの周囲に弦楽器と金管楽器が浮いていることに気づく。


「ははは、そういえば君はどんな楽器でも扱えるんだったね」


「そうだよ、私に弾けない楽器なんて無いんだから!」


自信満々に満面の笑みを見せてくる幻さん。


「ところで、君はどうしてこんなところに…」


僕がそう問うたところで、バサリと何かが舞い降りた音がした。


「エルドラド!」


「兄さんか」


「…お前らか」


「どうしたの兄さん、こんなところで」


「……別に、音楽が聞こえたから来てみただけだ。まさかお前だったとはな」


無表情を貫いているが、内心は幻さんに会いに来たというのが妥当だろう。


「えへへ、エルドラドも私の音色に誘われたともうすか!」


「……チッ」


うざそうにそっぽを向く兄さん、勢いで首のチョーカーの星飾りが音を鳴らす。


「やかましいのは嫌いだ、俺は行く」


冷たい対応に幻さんは口を尖らせる。


「なんだよー!そっちから来たくせに!」


「黙れ、縄張り徘徊のついでに寄っただけだ。何を期待しているんだ?」


「聞いていくだけ良いじゃんか!」


「ちんちくりんのチビガキが、煩わしい」


「なっ!!?そっちがデカすぎるんだー!!!」


「まあまあ、落ち着いて…兄さんも意地悪しないの」


幻さんがぷんぷんと激昂したので僕は必死に宥める。彼女も友好的とはいえ妖だ、過ぎる無礼は命取りだ。しかも、彼女は精神年齢も幼いから、何をしでかすかわかったものじゃない。兄さんは不機嫌な顔で、そのまま去っていった。


「ぶー……」


「幻さん、兄さんの縄張り内で楽器演奏するのやめたら?」


「別に、私の勝手じゃない」


「人の敷地内で馬鹿騒ぎされてもなぁ」


「なんだよー、龍だからって偉そうにしてー」


「君の音色でここらの生き物が興奮したら僕らが困るんだよ」


「ぶー…」


すると幻さんは楽器を置いた、聞き分けは良いらしい。


「それで、もう一度聞くけど君は何しにここへ?」


「……うーん、何しに来たんだっけ」


「忘れたの?」


「演奏する前までは覚えてたんだけど………あっ、今思い出した。ちょうど貴方も居るし」


「……何をするつもり?」


「楽しいことだよ」


にしし、と幻さんは笑いながら黒豹を象った貯金箱を見せてきた。






「姉さん、幻がどこに行ったか知らない?」


「………さぁ」


叡智が自分の楽器を手入れしながらそう答える。寂滅は首を捻らせた。


「いつもみたいに遊びに出かけてるんじゃないのか、何か気になることでも?」


「いや、あの貯金箱を持ち出したみたいなんだよ。あの黒豹の貯金箱」


「へぇ………」


叡智はあまり興味がなさそうな返事をする。


「あのお金を使って何をするつもりなんだろう?」


「……まぁ、一声かけるくらいはしてほしかったな。一応気になるし、見に行くか」






…………どうして、僕は空から人里にビラを配っているんだろう?


「ほら!アルカディア、もっと笑わなきゃ!!」


僕は笑うのが苦手だ。引き攣った笑みしか作れない。幻さんはその小さな身体から大きな声を出して演奏会の勧誘をしていた。しばらくして、人混みから遠く離れた場所に兄さんが居ることに気づいた。僕は兄さんにビラを渡しに行く。


「はい、兄さん」


「……………」


兄さんはぶきっちょな顔をしながらビラを持ち帰っていった。


「やれやれ」


僕はため息を出す。素直になれば良いのに。


「……あっ、もう無くなっちゃった。もっと刷ってくればよかった」


ニコニコと笑いながら幻さんはそう言った。


「宣伝はもう十分なんじゃない?」


「そうだね、手伝ってくれてありがとうアルカディア」


「これくらいお安い御用だよ」


「さて、次は……」


「まだあるんだ?」


「当たり前じゃん、演奏会っていうのは準備が本番だからね?」


「…うん?」


どういうことだ?まぁ、僕の理解力が低いことにしておこう。


「まだまだやることはたくさんあるんだ、山積みなんだよ」


「そうなんだ」


まぁ、承諾してしまったものは仕方がない。最後までやるよ。


「あのエルドラドの反応見たでしょ?最近はいつもあんななんだ。でも、私は偉いんだよ?姉さん達の音色を纏めているのも一番派手に動いてるのも作曲しているのも私なんだよ?」


「ああ、そうだね。すごいと思うよ」


「なのに!エルドラドは少しも褒めてくれないんだもん!」


「ああ……兄さんは顔に出さないだけで幻さんのことはちゃんと凄いと思っているよ」


「ほんとかなぁ?」


「うん、きっと」


幻さんは訝しげな表情をする。まぁ、あんな態度を取られちゃ怪しむのも無理はないか。


「………でもね、エルドラドのことは好きだよ」


「そうなんだ」


「だって、ファンのみんなは大抵姉さん達のことが好きなんだもの。でも、何故かエルドラドは姉さん達じゃなくて私を選んだくれた。姉さん達の方が魅力的なはずなのにね」


たしかに、彼女の見た目は子供だ。兄さんはそういう趣味なんてないから心の底から彼女に惚れたんだろう。


ていうか、僕は音楽に関することには疎い。今更ながら僕にアシスタントが務まるだろうか。


「……ところで、みんなに手伝ってもらっているようだけれど、予算はその貯金箱からなのかい?」


「そうだよ?」


「いくら入ってるのさ?」


「だ、だめ!これは大事な資金源!!」


「どれくらい入ってるくらい確認しても良いだろ、僕は不安なんだよ」


「やめろ!触るな!」


「………おい、そのマーク」


「やべ」


幻さんは咄嗟に隠したが、僕は見逃さなかった。月のマークが黒豹の脇腹に掘られていたのだ。黒豹で月と言えば………


「まさか、君はそれを叡智さんから無断で持ち出したの?」


「そ、そんなわけないじゃんか」


バカ言え、焦っているのがバレバレだ。僕は彼女の腕を掴む。


「叡智さんに謝りに行こう」


「な、何でだよ!!アルカディアにもちゃんとお礼するからさ!!」


幻さんはぐいぐいと抜け出そうともがく、僕から逃げられるとでも思ってるのか。


「そんな出所の怪しいお金なんて受け取れるか。真っ当なお金は真っ当な仕事で貰うべきだ」


「いやだ!!!」


「どうしてそこまで?」


「だって……私が頑張ってること、エルドラドに褒めてほしいから……」


兄さんは君が頑張っていることを充分理解していると思うけどね。


「とにかく、行くよ」


僕は彼女を俵を運ぶように抱え、騒霊屋敷へと向かった。



流石、屋敷というだけはあるな。そこに存在しているだけで威厳が感じられる。かなり古びてはいるが、幻さん達が度々修復しているのか、所々に素人修復の跡が見られる。黙る子も泣く幽霊屋敷、だというのになんだこの生活感は。


ドアを2回ノックすると、ゆっくり開かれた。中から一瞬美少年と勘違いしてしまうほど、凛々しい顔をした騒霊が現れる。その扉の奥から聞こえてくる楽器の音色、あの人か。


Badass (相変わらずかっこ)ghost(いいな君は)…」


「…ん、君の母国の言葉はわからない。なんだって?」


「いや、なんでもないよ」


「それで、何の用かな。まぁ、一つしかないだろうが」


「話が早くて助かるよ」


月の光のように冷たいようで温かい彼女は僕に抱えられた幻さんを見ると、少し困った顔をして。


「寂滅、アルカディアだ。少し音量を下げてくれ」


僕は近くにあった木に身体を預けることにした。相変わらず幻さんは逃げようとしている。翼脚でしっかりホールド。


「…………」


どうやら、逃げるようとするのに疲れてしまったらしい。潔いな。





「それで、その貯金箱を返しに来たんだろう?わざわざすまないな。幻は少しお調子者だから、迷惑しただろう?」


「いや、慣れっこだから」


「よかったな幻、おやつ抜きは回避出来たぞ」


「……ああそう」


不機嫌そうに幻さんは返事をする。


「……それを、お姉ちゃんに返してくれないか」


ぐっと、渡さないと意思表示を示す幻さんだったが、叡智さんの静かながらも黒豹のような迫力に負けて貯金箱を差し出した。


「…………エルドラドに、ライブ見て欲しかったのにー……」


「……………」


幻さんのその言葉を聞いた僕は、いつのまにかその貯金箱を掴んでいた。


「……何のつもりだ?」


叡智さんは瞳をギラリと光らせて僕を見る。獲物認定されているような気分で少しビビったけど…


「こんなこと、僕が言えたことではないだろう。でも、言わせてくれないかな。そのお金の使い道がないなら幻さんに使わせてあげてくれないかな」


「幻に?」


「うん。僕は音楽には詳しくないけれど、彼女の仕事振りは正しく音楽を愛している人だった。僕が保証する、次の演奏会は最高なものになるよ、絶対に」


僕の言葉にしばらく、叡智さんは何かを確かめるような素振りをして


「……幻、貴方はこれで一体何をするつもりだったんだ?」


「…あっ、新しいことだよ。新しいことをすればエルドラドもきっと振り向いてくれるかなって。もちろんそれだけじゃない、騒霊らしくもっと騒がしく賑やかに、そうある為に…」


「そうだな、貴方最近作詞もしてるものな」


「な、知ってたの!?」


「妹が何してるかなんてお見通しさ」


動揺する幻さんを前に、叡智さんは朗らかに笑った。他の人は叡智さんのことを冷徹無表情だと抜かすけれど、彼女だって笑えるのだ。叡智さんはそっと、幻さんに貯金箱を渡した。


「まぁ、好きにするといい」


「あ……ありがとう……ごめん…なさい」


「次からは自分のを使うんだよ」


「そう…だね…」


叡智さんは幻さんの頭を優しく撫でていった。僕らは二人と別れると、幻さんは大きく伸びをした。


「あーあ、貴方に借りを作っちゃったか」


「お姉さん達に、でしょ」


「そりゃあ、そうだけどさ。アルカディアがこうしてくれなかったらきっとああはならなかったよ。…きっと、私がこんなだからエルドラドも反応してくれないんだよね……」


ぎゅっと、幻さんは楽器を抱きしめた。どうやら、幻さんはあまり自分の凄さを高く見ないようだ、いつもの誇らしげはどこへやら。


でも、あの二人はきっと幻さんを認めている、だから貯金箱を託したのだ。僕はただのきっかけなだけなんだ。彼女ならどんなに大きな仕事でもきっちりこなせるはずだ、そう考えてしまうのは僕が単純すぎるだけか?


「それで、確か君は作詞をしているんだよね?それを音楽に乗せて歌ってみたら?」


「そうしたいのは山々なんだけどさ、私たちは演奏したいし……それに……」


「それに?」


「あの…これ…」


幻さんは僕に何枚かの紙を渡してきた、どうやらこれが例の歌詞らしい。


「これは…ははは、驚いたな」


まさか、僕の母国の言葉で作詞をしていたなんて。


「わざわざこれを書く為に勉強したの?」


「違うよ、エルドラドと出会ったころよく彼の癖で聞かされていたから無意識に覚えただけだよ」


そうだとしてもよくこの言葉とか知ってたね。


「僕の知り合いに頼んでみようか、同じ出身だし」


「……! それだ! 私達と貴方達との組み合わせで合同ライブだよ!!これならきっと盛り上がる!!!」


「落ち着いてよ、音漏れしているよ」


幻さんの興奮を反映するかのように、彼女の楽器が鳴り響く。


「えへへ、そうと決まればプランの練り直しをしなきゃ!アルカディアはその知り合いさんにお願いしてきてね!」


あーあ、行ってしまった。でも、その情熱こそが他人の心を動かす糧となるのだろう。現に、僕はその情熱に揺れ動いているのだから。


さて、あてもなくなった僕は適当に散歩をしていた。しばらくすると、か細い笛の音色が聞こえてきた。彼女達が奏でているものではないということはたしかだ。


音を頼りにその主を探すと、兄さんを見つけた。右手には鮮やかな緑色の葉っぱが握られていた。


「やっ」


僕がそう言うと兄さんは鬱陶しそうな顔をした。


「邪魔したかな」


「何の用だ」


「今度、演奏会を開くみたいだよ」


「そうらしいな」


「構成は幻さんが考えるみたい」


「そうか」


兄さんは興味がなさそうな声でそう答えた。


「さっきの曲は幻さんがよく兄さんに聞かせてた曲でしょ?」


「……あいつ、耳にタコができてもまだ聞かせてくるからな。嫌でも覚えちまったよ」


口から彼女に対する嫌味を飽きずに吐き出す兄さん、そして再び草笛を演奏する。その顔つきはまるで、幻さんと一緒に演奏しているかのように、どこか楽しそうだった。


「きっと、三人の音はどれも欠けちゃいけないんだよ」


僕の言葉を無視したのかはわからないが、兄さんはそのまま草笛を吹く。上手いとは言い難いが、曲に対する情熱は感じられる。


―――音楽を愛するのに種族は関係ない。


僕らが彼女達からよく聞かされていた言葉だ。






幻さんは仮設ステージの上で色々と指示をしていた。演奏会を成功させようとハキハキしているのだ。


「姉さん、結局あの貯金箱あげちゃったの」


「うん」


「へぇ……」


「…なんだよ」


「いや、何で笑ってるのかなって」


「…笑ってるのか?」


「うん」


寂滅は叡智にニヤニヤ顔を見せる。


「姉さんは本当に妹のことになると甘いよね、せっかくの貯金箱を取られたのにさ」


「ふん、貴方だって嬉しそうじゃないか」


そう言われて寂滅はてへへ、と笑った。妹の努力を喜ばぬ姉なんて居るわけなかろうな。


「それに、貯金箱如きどうでもいい。所詮奴は四天王の中でも最弱さ」


「そう言われると残りが気になるんだけど」


「……あ」


叡智が指をさした先にはエルドラドとアルカディアと幻が居た。エルドラドは幻に向かって何か言っている。その後幻の頭を撫でた、幻は少し頬を赤くした。


「ああ、そうか」


幻は、エルドラドの心を再び動かしたんだ。あの時のように。寂滅も三人の輪の中に混ざり、何かを話したかと思えば叡智に向かって手招きをした。


「どうした」


「ほら、姉さんあれ持ってるでしょ。蒼い虎から貰ったあれ」


「ああ…持ってるが……」


叡智は硝子細工の三日月を寂滅に渡す。寂滅はエルドラドのチョーカーにその三日月と彼女が元から持っていた太陽をくっつけた。


「はい、いつも幻と仲良くしてくれてるお礼!」


すると、エルドラドは口元を腕で押さえて顔を伏せた。その様子にアルカディアは彼をからかった。


叡智はその幸せを感じながら、そよ風に己の音色を乗せた。








「………ってこともあったよね、兄さん。もう少し幻さんに優しくしてあげてもよかったんじゃない?…いや、確かに兄さんはそうだけどさ、幻さんはまだ知らないんだよ?まぁいいか、兄さんに委ねることにするよ。ほら、兄さんどら焼き好きなんでしょ?幻さんから貰ってきたから食べなって」





暗黒郷に混沌が宿る。

既にこの優しさは雨で溢れて陥落してしまってたんだ。

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