2 始まりとすべてがひっくり返った世界②
1000年に及ぶ封印期間が過ぎ、結界が消え去った魔王城。
城の外に出ることができるようになった彼らは会議の結果魔王と王妃とその娘の3人で城外の調査を行うことが決まったのであった。(通称家族旅行)
会議で家族旅行が決まってから数日が経ったある日、場内では一つの問題が生じていたのだった。
「ととさまー?どうしてこの子たち連れて行っちゃだめなの?」
ギューッとメアリーはお気に入りの人形たちを抱きしめながら父に問う。
「お前がそやつらを連れていきたい気持ちはわかるが…」
そう言いながら娘の部屋を見渡すと、部屋には一面部下たちの姿を象った人形たちで埋め尽くされている。
「さすがに全員を連れて行くことはできないぞ?」
その言葉にメアリーは頬を膨らませながら反論をする。
「だってだってー!みんなはお外に出られないんでしょ?だったら代わりにこの子たちを連れて行ってあげればいいと思うの!」
あぁ、なんと優しい心を持った娘なのだろうか…我感激!
いやいや、そうだがそうではない。
そもそも、この人形たちの数は明らかにおかしいのである。女性幹部たちが娘を可愛がってくれた結果とは言え、そして結界があるから暇だったとは言え…この城に勤める者全員を象った人形を作るっているとは思っても居なかった。
どうしてこんなことに…
「馬車はこの部屋ほど広くはないのだ。それに我とメジューナも一緒に乗るのだから…」
かつてこの大陸最強と謳われた魔人の王も娘にはタジタジである。
「やーなーのー!!」
メアリーの叫びは城中に響き渡り、部屋のガラスをバリバリと振動させる。さすがはこの国の最強戦力同士の娘と言うべきなのだろうか…?
メアリーの悲痛な叫びは場内に居た者たちのもとにも届き、皆一斉に作業の手を止めるが、またすぐに作業に戻った。そして全員が全員思うことは一つ。
「あ〜あ、また魔王様やってるよ…」
という微笑ましいものだった。
その叫び声を聞きつけた母のメジューナが娘の部屋に入ってくる。
「どうしたのメアリー?すごい大きな声だったけど」
愛する母の登場にメアリーの表情は明るくなる。我はお主にとっての敵なのか?
「かかさま!ととさまがね、この子たち連れてっちゃだめって言うの」
連れてっちゃだめとは言ってないんだけど!?全員は乗らないよと言ったんだけど!?
あたふたする魔王と呼ばれたものと頬をふくらませる娘の姿を見て状況を察する賢い女性。それがメジューナであった。
「メアリー?きっとととさまは連れてっちゃだめとは言っていないでしょ?みんなは連れていけないって言っていなかった?」
そう娘の目線に合わせて優しく問いかける。
「そう…かも」
ぐすんと目に大粒の涙を乗せうつむく娘と安堵した表情になる魔王と呼ばれたもの。
「私もさすがにここに居るみんなを連れて行ってあげることは難しいと思うわ。だ・か・ら、こうしましょう!ととさまとかかさまは一緒に居るから、いつもメアリーと一緒に居てくれる3人を連れて行くのはどうかしら?」
いつもメアリーと一緒に居るのは、この城の女性幹部たちだ。世話係をかって出てくれたラミアのアンヌと本人は娘の身体能力の向上のためと言っているが一緒になって遊んでいるだけの猫の獣人であるミケ、そして、昨日逃げ出されてしまった教育係を務める魔導書の化身であるファティマ。
もともとはこれに鎧に霊が乗り移って武を極めたジェイダルを加えて四天王などと呼ばれていたのだが、戦う必要性がなくなったため、皆城の管理を任せていた。だが、それも彼らが居なくとも十分に回るようになった頃に娘が生まれたので、同性の者たちがいつの間にかいつもメアリーと一緒に居てくれるようになっていた。
しれっとジェイダルが抜かれていたのは仕方がないことだが、なんだか可哀想に思えてしまうのは我だけであろうか?
「かかさまがそう言うなら…そうする」
不満たらたらといった感じではあるが、なんとか納得してくれた。あぁ、我なんと無力!
「さて、メアリーの準備も済んだみたいだから、そろそろ出発しましょうかあなた」
我なんて…我なんて…と部屋の隅でイジイジしている我に声をかけてくる優秀な妻。
「そういえば、あなた外の世界ではなんて名乗るつもりなの?」
はて、なんのことだろうか?
「だって、私達が封印されていた期間はとても長かったのだから、もう外の世界に魔王の存在を知る者が生きているとは思えないわ。もし、覚えている者が居たとしても、それは精霊や神の類よ。もともとそういったところとは対立していなかったわけなんだから、別に魔王と名乗る必要もないと思うのだけど」
それもそうか…はて、我の名前は何だったか?
「あらやだ、まさか自分の名前すら思い出せないなんて言わないわよね?」
あ、うん。そうなんだけど…
我が無反応で居ると、もともとは笑っていた妻の顔が徐々に素に戻っていった。
「呆れたわ…まさか名乗らなくなったからって自分の名前までも忘れるなんて、いい?あなたの名前はゴルディ・セヴィール・ヴェランシスよ。長いからゴルディとだけでいいんじゃないかしら?」
あーうんそんな名前だった気もしてきた。
「そうだな。我自身も忘れるほどの長い名などいらんな。これより我はゴルディと名乗ろう」
いや、あんたもともとその名前だったからという妻からの冷たい視線は無視して娘の部屋を出る。
封印されていた期間が長く、名前すらも忘れてしまっていた我だが、最後にこの城の外に出たのはいつのことだったか…
封印される前の数年間はずっと城の中で指示を出していただけだったと思うと、そもそも我は出不精だったのかもしれん。これをいい機会に新たな我を探ってみるのもまた一興かもしれん。
「ま、魔王様〜!」
またこれか。全くそろそろ出発の時間だというのに騒々しい。
「どうした。今度は結界が再び構築されたとでも言うのか?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが…」
ゴルディの機嫌があまり良くないことを察し口ごもる兵士。
「どうしたというのだ?そろそろ旅の支度が整うのだ。準備の時間を割いてまで聞くに値することなのであろうな?」
せっかく物思いに耽っていたところを邪魔されたこともあり、本当に機嫌の悪かったゴルディは兵士を威圧する。
「はい。この城に来訪者が訪れております。見た目からして、この城を封印した勇者によく似ているため報告をしに参りました!」
ゆ、勇者とな!?
「それはまことか!」
「はい!我々も勇者の見た目はよく覚えているためあの見た目は勇者の血縁にあたる者の可能性が高いと思われます」
勇者は異世界人でこの世界では珍しい黒髪に黒い目をした青年だった。
同じような容姿を持っているのであれば、その血縁に当たるものの可能性は十分にある。
「して、その勇者によく似た者はなんと?」
「まだ、こちらに向かってきているだけのため、目的等はわかりませんが…」
「わかった。すぐに我も城門へ向かう」
念の為、あれを使っておくか…
ゴルディは魔法を城全体に発動してから兵士に続き、城門へ急ぐと、開いている城門のところに見慣れぬ人影があった。
「あれか?」
「はい!あの者です!」
黒い髪に黒い目をしたその者は一歩、また一歩と城に向けて歩みを進めてくる。
この城を封印したのは勇者だ。その勇者なのだから、もし時間とともに封印が解けた際に子孫に何かしらを伝えるようなことはあってもおかしくはない。そんなことを見落としているとは我も甘くなったものよ。
あと一歩で城の中に入ると思ったところで勇者と思わしき者はその歩みを止める。
「あ、あの〜?ここのお城の主の方はいらっしゃいますか〜?」
あのときの勇者に比べれば高く幼い声で我らに向けて問いかけてくるのであった。
その者の元へ歩みながら我も口を開く。
「我がこの城の城主であるゴルディである。何用か?」
ことと次第によってはここでこやつと戦うことになるかもしれん。最後に力を使ったのは勇者と戦った時かもしれんな…できるであろうか?
そんなことをもんもんと考えていると、目の前に居るそのものはぱぁーと表情を明るくする。
「あ、私このあたりの冒険者をしていますユーシアといいます。今回はこの場所に突然現れたお城があるということで調査に来たんですけど、人が住んでいるお城だったんですね!」
冒険者?ユーシア?なんのことだ?
「お主はここになにか目的があって来たのではないのか?」
「ですから、このお城の調査に来ました!もしかしたら突如発生したダンジョンだったりするかもしれないので危険性が高くないかなどを調査しに来たんですけど、人が住んでいるなら問題はなさそうですね。じゃ、そういうことで!」
待て待て、状況が飲み込めん!!
ああ、そんなにすぐに帰ろうとするでない!!
「ま、待て!お主はこの城の調査のためにここまで来たのであろう?であれば、茶くらいは出そうではないか」
その場に居たゴルディ以外の全員がその言葉に戦慄する。
彼らの心を代弁するとするならば…「魔王様正気ですか!?」である。
明らかにタイミングが良すぎる来訪と調査と言っている割に城を見てすぐに帰ろうとするこの者をはかることができずに数多の可能性を考えた結果がこうなったのだが、ゴルディ自身も「我正気か?」と自問自答を繰り返していた。
「あ、いいんですか?じゃ、お言葉に甘えさせていただきますね〜」
そう言ってお通夜ムードの魔王たちと何故かルンルンのユーシアと名乗る者は元1人目の魔王側近が待ち構える部屋であった現在の応接室に入っていった。
部屋の中にある高級感の漂う黒いソファが机を挟んで並ぶシックな印象の部屋で、ゴルディお気に入りの部屋の一つであったりもする。
机を挟んで向かい合う二人の前にお茶(魔王城産のハーブティー)が出されたところで、ゴルディが切り出す。
「お主…いや、ユーシア殿は先程この城が突然現れたと言っていたが、どういうことか教えてもらってもいいだろうか?」
出されたお茶を警戒心もなく、ズズッとすすってへにゃーと微笑んでからユーシアは口を開く。
「あ、ご存じなかったですか?この場所ってもともと何かがえぐり取られたみたいになっていて何もなかった場所なんですよ。でも数日前にここにお城が建ってるって話になって冒険者ギルドで調査依頼が出ていたんです。その依頼を受けたのが私ってわけです」
冒険者ギルドとな?封印される前には聞いたことのないものであるな。
「そうだったのか。どうやら我らは全く違う場所に来てしまったようだな」
「どういうことです?」
ゴルディの言葉にユーシアは目を丸くして質問をする。
「我らはもともとこの城で暮らす一つの国のようなものだったのだが、ある時を堺に突如城の外に出ることができなくなってしまったのだ。そんなときが長く続いたある日、外の世界が見えるようになったので、そろそろ外の調査をしにいこうかと相談していたところだったのだ」
すべてが嘘というわけではない。ある時を堺に外に出られなくなったことは事実だからの。
「そうだったんですか。それでなんでここが全く違う場所ってわかったんですか?」
「それは、ユーシア殿が言っている冒険者なるものも冒険者ギルドなるものも初めて聞いたからそう判断したのだ。おそらくここは我々の居た世界とは全く別の世界であると」
我ながらよく回る口である。
「それは…大変ですね…」
お茶を入れたカップを持ちながらしゅんとするユーシア。
「そんなことはない。調査を始めようとしたところで、外界のものからの接触があり、言葉も通じるではないか。ならば城の外でも十分に調査することができるとわかったのだ。これは大きな収穫である」
「そうでしたか!お役に立てて良かったです。それじゃ、私は報告に行かなくてはいけないのでこのへんで失礼させていただきますね。お茶ごちそうさまでした」
そう言って立ち上がろうとするユーシアにゴルディは声をかける。
「待たれよ。1つ我の提案を聞いてほしいのだが、それほど急ぎか?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですけど」
ユーシアはそう言いながら立ち上がろうとしたソファにもう一度座り直す。
「先程も言ったとおり、我らは城の外の調査に出ようとしていたのだ。だが、我らの居た世界と違うとなると、城の外のことは全くわからない。危険が危ないという状態だ」
話しながら混乱してきたが、構わず続けよう。
「そこでだ。我らは今度の調査を馬車を用いて移動をしようとしていたのだが、目的地などなかった。そこにこの世界のことを知っているユーシア殿が徒歩で帰ろうとしている。これで話はわかったかな?」
微笑んでいるつもりだが、実際はニヤッと悪い顔をしているゴルディ。そのことに本人は気がついていない。
「あーそういうことですか。確かに歩いて戻るよりは楽そうですね」
「そうであろうそうであろう!ユーシア殿が帰る街まで送る代わりに情報をいただきたいのだが、いかがかな?」
「それくらいならいいですよ?準備ってどのくらいかかりそうですか?」
「そうよな…それほど時間は取らせんつもりだ。ユーシア殿はもう一杯茶でも飲みながらゆっくり待っていてくれ。我は城の者たちと話をつけてくるゆえ」
「わかりました~!じゃお言葉に甘えてゆっくりしてますね〜」
ひらひらと手を振るユーシアを部屋に残し、ゴルディは城の者たちが待つ奥の部屋に急ぎ足で向かうのであった。
「あー…しまった」
部屋に残ったユーシアはゴルディが出ていったのを確認して一人つぶやく。
「あのおじさんの名前聞くの忘れてた。いつまでも城主さんじゃ失礼だもんね」
一人でつぶやきうんうんと頷いていた。
2話目も最後まで読んでいただきありがとうございました。
そんなわけで、旅の準備をしていただけでこの話終わっちゃいました(笑)
第一話の時間の進み方が1000年だったのに対して第二話は半日も建ってないのがほんとに謎ですね。
僕がきっとイメージしていた細かいところまで書こうとしすぎているのかもしれないんですけど、時間の進みが遅いですねー…
そんなわけで新キャラユーシアの登場です。
さてさて、容姿は城を封印した勇者とそっくりですが、全く戦う意思はなさそうですね〜。
お茶飲んでへにゃーってしてますからね。それに全体的にほんわかしているんですが、この人冒険者として大丈夫なんでしょうか?作者の僕自身心配です。
さてさて、次回は予定通りなら色々とひっくり返り始めると思いますよ〜?
お楽しみに〜!
(今回は前回に比べ飲酒量が格段に減っているため誤字脱字は少ないかと思います…)