第91話「アーティファクト」
オレがエルトシャンやジークと話をした翌日。今日の所有権は当然リダンにある。
現在の時刻は19時過ぎで、既に日も暮れかけている時間帯だ。
今はいつも通り、リダンがシュトラールブルーの訓練場でナディア達の指導をしている。時間的にはそろそろ解散になる頃だろう。
ナディアとのこの訓練をするようになってから約1ヵ月と半月、アース達が加わってからは1ヵ月ほど。この訓練の光景にも見慣れてきた。
訓練の時間帯や内容は日によって違うし、毎回全員が参加するわけではないため構図に変化がないわけではないが、この光景は代わり映えのしない日常のワンシーンとなってきているな。
ちなみに、休日は基本的に午前中か昼前に集合で6時間から8時間ほど訓練をしている。内容としては様々で、リダンが理論を教えることもあれば、ひたすらにマナ制御の練習をすることもあり、模擬戦を行うこともある。
リダンの性格や境遇からして今まで誰かに何かを教えた経験などないはずだが、ことのほか教えるのが上手い。訓練に参加しているナディア、イヴ、アース、ラ-スの実力は確実に向上している。
当然、教え方が完璧かと言われればそうではないのだが、リダン本人も試行錯誤をしながら徐々に効率的な教え方を覚えていっているようだ。
しばらくして訓練が終わって解散となり、リダン達は寮への帰路に就く。
アースとラースはショッピングモールに寄ってから帰るらしく早々に別れたため、この場にいるのはリダン、ナディア、イヴの三人だ。
今はナディアとイヴの二人が中心となって、雑談をしながら歩いている。
「ねぇ、前から気になっていたのだけどあなた達二人ってどういう関係なの?様子を見ている感じだと、学園に入る前からの仲よね?」
「学園に入学する少し前、リグレクト領で魔物の異常発生があって困っていた時にリダン様に助けて頂いたんです」
「へぇ、そんなことがあったのね。リダンが進んで人助けをしただなんて少し意外だけれど」
「そうですか?リダン様は困っていたら手を差し伸べてくださる優しい方ですよ」
「まあこうやって訓練をつけてくれているし割と面倒見はいいとは思うけど、リダンは手を差し伸べてくれるなんてタイプじゃないでしょ。いつも二言目には興味はない、だとか俺には関係ないだとか言ってるし、クラスでもあんな感じじゃない」
ナディアとイヴはリダン本人が目の前いるにも関わらず、リダンの人柄について話している。
「貴様ら、勝手に俺の事を決めつけて語るな」
そんな状況に気恥ずかしくなったのか、あるいは何かが気に障ったのか、リダンが口を開いた。
「なによ、決めつけるもなにも事実なんだからいいじゃない」
「それが決めつけだと言っている。俺はイヴの言うような他人に手を差し伸べるような人間でも、ナディアの言うような面倒見のいい人間でもない。訓練をしてやっているのも、これまで手を貸してやったのも、全て俺自身の利になるからだ。それを履き違えて勘違いするな」
リダンのこの言葉にナディアは呆れるような表情を見せ、イヴは少し悲し気な表情を見せた。
「リダンってこういう話になるといつもそんなこと言ってるわよね。褒められてるんだからそんな言い方しないで素直に受け取ればいいのに、あなたってほんと捻くれてるわね」
ナディアはこんな事を言っているが、特に不快な感情が刺さってくることはない。言いたい放題言われているこの状況をリダンが許しているのも、その事実故だろう。
それからもしばらくナディアとイヴを中心にして、三人が寮に着くまで会話が続いた。
「リダン様、昨日のお約束の件でこの後少しだけよろしいですか?」
「ああ」
寮に着いたタイミングでイヴがリダンに向かって呼びかける。
昨日の件とは、特別演習の際に助けてもらった礼がしたいと言っていたことだろう。
「私は部屋に戻るわね。それじゃ」
ナディアは空気を読んだのか、それだけ言って離れていく。リダンとイヴも軽く言葉を返して見送った。
「リダン様、お時間を頂きありがとうございます」
「構わん。それで、礼とはなんだ」
「そのことなんですが、お渡ししたいものがあるので私の部屋まで来ていただけませんか?」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます。ではこちらです」
リダンが了承すると、イヴは自分の部屋の方へと歩き出す。
少ししてイヴの部屋へとたどり着き、イヴに促されるままリダンは中へと入った。
イヴの部屋にはいくつかオシャレな装飾が施されており、全体的に雰囲気が明るい感じだ。また、部屋の各所にいくつか花が生けてあるからか、少しだけ甘い香りが漂っている。
「こちらに座って少し待っていていただけますか?」
イヴが部屋の中央あたりにあるテーブルに近づき、そこに収められている椅子を引きながらそう言う。
リダンが素直に椅子に座ると、イヴは部屋の奥の方に行ってしまった。
それから一分も経たずして、高価そうな小さな箱を持ったイヴが戻ってくる。
イヴはリダンの対面の席に座り、テーブルの上にその箱を置いた。
「リダン様、先日は私を助けに来ていただき、本当にありがとうございました」
イヴはリダンの目をまっすぐに見つめてから、深く頭を下げて改めて感謝の言葉を述べる。
「こちらはリダン様への感謝の気持ちです。受け取っていただけますか?」
イヴはそう言いながら箱を開けて、中身をリダンに見せる。
「何だこれは」
「魔道具です。闇属性の魔法の出力を上げる機能があると聞いています」
箱の中にあったのは円環の形をした魔道具らしきもの。恐らく腕や足につけて使うものだろう。
「聞いている?随分と曖昧な表現だな」
「この魔道具は人魔戦争の頃からリグレクト家に代々受け継がれてきた物なのですが、人魔戦争当時にこれを使っていた『アル・リグレクト』という方以外、これまで使える方がいらっしゃらなかったそうで私自身も実際に使われているところを見たことがないんです。父が言うには、これは『アーティファクト』と呼ばれる類の物らしいですよ」
アーティファクトとは、記録も残っていないほど昔に作られたといわれている魔道具の事だ。現代まで残っているものは相当に貴重で、オレがいた施設にもほとんど存在していなかったと聞いている。これが本当にアーティファクトなのであれば、オレ自身も実物を見るのは初めてだ。
アーティファクトに使われている技術は現代のものとは比べ物にならないほど高度なものが使われているらしく、それを解析することは不可能だと言われている。
実際、魔道具にはある程度詳しいと自負しているオレも、パッと見ただけでは今目の前にあるものについて理解が及んでいない部分も多い。少なくともかなり複雑で難解な魔道具であることは確かだ。
「使える奴がいなかったというのは、リグレクトの家系にそいつ以外闇属性の人間がいなかったという事か?」
「いえ、この500年の間にはリグレクトの家系で闇属性に適正を持つ方も何人かいらっしゃったそうなのですが、どなたも使うことができなかったと聞いています」
アーティファクトは誰でも使えるものではなく、アーティファクトから選ばれた者にしか使えないと言われている。
アーティファクトに関しては不明な点が多く確かなことは分からないが、これまでアル・リグレクトという人物以外に使う事が出来なかったのはこの説と合致するな。
ちなみに、アーティファクトから選ばれた人間にしか使えないというのはパーソナルマナが関係しているという説が有力だ。
「なるほどな。...しかし、代々受け継がれてきたものと言っていたが、そんな物を俺に渡していいのか?」
「実は、これは学園に来る前に父からリダン様にお渡しするように言われていた物なんです。ですが、先日お話したように私がリダン様を心から信じられていなかったためにずっとお渡しできずいました...」
「そうか...」
イヴの言葉は裏を返せば、今は心から信頼しているということ。俺からリダンの表情は見えないが、今リダンは少しだけ微笑んでいるように思えた。
「リダン様。一度この魔道具を使ってみていただけますか?」
イヴにそういわれ、リダンは目の前の魔道具に対してマナを流し込んだ。しかし、魔道具からは何も反応がない。
「どうやらこれは俺も使えないようだな」
「そのようですね...。リダン様ならもしかしたらと思っていたのですが...。すみません、これではお礼になりませんね...」
イヴは目に見えて分かるほど気落ちして、申し訳なさそうな顔をしている。
「別に使えないと決まったわけではない。くれるというのなら貰っておこう」
「ありがとうございます...。やっぱりリダン様はお優しいですね」
「だから違うと言っているだろう。ただこれが俺にとって有用だと判断したから貰うだけだ」
今までのものがどうだったかは分からないが、今回に関しては間違いなくリダンは気を遣っているように見える。
「話は以上か?」
「はい。お時間をいただきありがとうございました」
「では俺はもう帰る」
リダンはそう言って席を立つ。だが、そんなリダンに対してイヴから声がかかった。
「あの...リダン様。今日の夕飯はどうされる予定ですか?」
「部屋に置いてあるもので適当に済ませる予定だが」
「では...その...。...私の手料理でよろしければ振る舞わせていただけませんか?」
イヴは少し緊張した面持ちでリダンにそう問いかける。
「...ああ。ではいただこう」
リダンは特に嫌な顔をすることなくイヴの申し出を受け入れた。
「はい!では腕によりをかけて作りますね!少し待っていてください」
イヴは嬉しそうに微笑んでキッチンの方へと向かう。
その後リダンはイヴの手料理を食べ、そのまま自室へと帰った。
イヴの手料理はリグレクトの屋敷で食べた料理を思い出すような味付けだったが、あの時には感じられなかった、オレとリダンが知らない隠し味が入っていた気がした。
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