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感情希薄なモルモットは二重人格者  作者: 識友 希
第4章「侯爵令嬢編」
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第82話「リダンとイヴ」

 ゲートを通りモック山の山頂まで戻ってきたリダンは、まず最初にポータブルでイヴに連絡を取った。

 リダンがマナを流したその直後、すぐに通話が繋がりイヴの声が聞こえてくる。


『...リダン様!』


 イヴの第一声はリダンを心配して名を叫ぶ声だった。状況的に仕方がなかったとは言え、リダンを残して一人逃げたイヴとしては気が気ではなかったのだろう。


「ひとまず片付いた。貴様は今どこにいる?」


『っ良かったです...!リダン様がご無事で...!...私は今山頂から少し降りたところにいます。私たちが山頂に登る時に通った道の途中です』


「そうか。今からそちらに向かう。俺が着くまでそこで待っていろ」


『分かりました』


 イヴからの返事を聞き、リダンは一度通話を切ろうとする。だが、切るよりも先にイヴの声が続けて聞こえてきた。


『あの、リダン様...』


「何だ」


『リダン様がこちらにいらっしゃるまで、通話を繋げたままでも良いですか...?』


「構わんぞ」


 イヴの心中を慮ってか、リダンは少し優しい声色で返事をした。


 それから少しして、リダンがイヴの場所へと辿り着いた。

 イヴはリダンの姿を見つけると、少し泣きそうになりながら駆け寄ってくる。


「リダン様...!...そんなに傷を負って...!すみません...私のせいで...」


 イヴはリダンの体についた傷痕を見て、心配そうな、それでいて申し訳なさそうな声を漏らす。


「この程度、大したことではない。貴様は気にするな」


「ですが...!」


「気にするなと言っている。さっきも言ったが、俺が行くべきだと判断したからあの場所に行った。この傷は貴様のせいではない」


「...。...はい...分かりました。リダン様、助けに来てくださって本当にありがとうございました」


 イヴは丁寧に頭を下げて礼を述べる。だが、イヴの中にある心のもやは未だに残ったままのようだ。


「一度山頂まで戻るぞ。ゲートを閉じねばならんからな」


 リダンはそう言って身を翻し、来た道を戻る。その後ろをイヴもついて来た。


「あの...リダン様」


 後ろのイヴが、小さな声でリダンに話しかけてくる。


「何だ」


「あんな事があった後ですが、先ほど山頂でしようとしていたお話を改めて聞いてくださいませんか?」


「構わんが、この状況で切り出すとはそんな重要な話なのか?」


「どうでしょう...。少なくとも私にとってはとても大事なお話なので、今伝えたいと思ったんです」


「そうか。...では聞かせてくれ」


「はい」


 イヴは一度深呼吸をしてから、リダンの目を真っすぐに見て話し始めた。


「私がリダン様と仲良くしたいと言った理由をお話するといいましたよね。それは...、私がリダン様に恐怖を抱いていたからなんです」


「...?どういう事だ?」


 イヴの言葉が理解できず、リダンは疑問を投げかける。正直オレもイヴの言っていることが理解できていない。恐怖を抱いていたから近づいた、というのは因果関係としては歪だ。


「すみません、話を飛ばしてしまって。ちゃんと伝えられるように順を追って説明します」


 イヴもこれだけでは理解されないことは分かっていたようだ。イヴは少しだけ間を置いてから話を続ける。


「私とリダン様が初めて会ったのは2ヵ月前にアスタの森で助けて頂いた時ですが、以前にもお話した通り、私はそれよりも前から『悪魔の子』の噂を聞いて、リダン様の事は知っていました。そして、その噂を鵜吞みにしてリダン様を恐れていました」


 この話はケルベロスの一件の後、リグレクトの屋敷を去る前日にイヴが話していたことだ。あの時はオレに所有権があったが、リダンも話の内容は覚えているはずだ。


「ですが、リダン様に助けて頂いて、その優しさに触れて、リダン様が噂通りの方ではない事に気が付きました。あの時から私は本当にリダン様に感謝していますし、信頼しています。この気持ちは今もずっと変わっていません」


 今までイヴから刺さってきていた感情から考えても、イヴが本心からこう言っていることは間違いない。


「なのに、私の中でリダン様を恐れる感情が、どうしても消えてくれなかったんです。私を助けてくださったリダン様には確かに優しさを感じました。けれど、もしかしたらそれはリダン様のほんの一部分を見ただけで、本当は噂通り残虐で冷酷な一面も持ち合わせているんじゃないか。そしてそれが私の大切な人達に向けられるんじゃないか、そう思うと、リダン様を恐れる気持ちが収まりませんでした」


 リダンは黙ってイヴの話に耳を傾けている。恐らく以前までのリダンであれば、こんなに真剣にイヴの話を聞いたりはしなかっただろう。


「私はその事でずっと悩んでいました。それも、とても自分本位な悩みです。私はそんな風に考えてしまう自分が許せなくて...認められませんでした。弱い私は、助けて貰っておきながら恐怖を感じてしまうような、自分はそんな恥知らずで恩知らずな人間ではないと、そう思いたかったんです。だから、学園に入学してからはずっとリダン様の事を見ていました。リダン様がどんなお方なのか、何を好み何を嫌うのか、何を思って日々を暮らしているのか、それを知っていけば、リダン様に対する恐怖心が無くなってくれると思ったんです」


 ここまで聞いて、ようやく話の流れが理解できた。イヴの今までの言動も、今ならば腑に落ちる点がある。

 例えば、異常とも思えるほどにイヴがリダンを気に掛けて気を遣っていたのは、リダンに対して恐怖を抱いてしまっていることへの負い目があったからだろう。


「私は、リダン様が本当に恐ろしい人間ではないと、そう確信できる何かが欲しかったんです。これが、私がリダン様に近づいて、仲良くなりたいと言った理由です」


 そう言ってイヴは話を終えた。

 思えば、イヴはリダンが誰かに優しさを見せた時に良く笑っていた気がする。逆に、リダンがナディアやオスカー等のクラスメイトと争っている時には影で暗い顔をしていたのかもしれない。

 以前にイヴがリダンとクラスメイトの仲を取り持ちたいと言っていたのも、クラスメイトといがみ合っているリダンが恐ろしい一面を表に出すのを見たくなかったからなのかもしれないな。


「...」


 リダンは黙ったままイヴを見つめている。

 己をさらけ出したイヴに対して、リダンは何を応えるのか。


「イヴ・リグレクト」


「っはい...!」


 リダンから名前を呼ばれ、イヴは少し驚いた反応を見せる。


「貴様はまだ、俺が怖いか?」


 その答えは既に分かっているだろうに、リダンはイヴにそう問いかけた。


「いいえ。もう怖くはありません。リダン様が本当に優しい方だと、私は十分に知りましたから」


 イヴからはもう恐怖の感情は刺さってこない。これまで少しずつ小さくなってきていたイヴからリダンへの恐怖の感情は、今回のネルの一件で完全に消滅した。

 単純に考えるなら、危険を顧みずに助けに来てくれた姿を見て、リダン・ブラックヘローという人間への認識が変わったからだろう。あるいは、ネルという人物への強い恐怖心が、リダンへの恐怖心を塗りつぶしてくれたのかもしれない。

 ともかく、今のイヴから伝わってくるのは強い感謝と信頼と、そして新しく芽生えた、体を優しく包み込むような感情だけだ。


「そうか」


 オレからリダンの顔は見えないが、そう言って頷いたリダンの表情は何となく想像がつく。


「リダン様」


 イヴが一度立ち止まり、改まった様子でリダンの名を呼んだ。


「お話を聞いて頂き、ありがとうございました。こんな私ですが、これからも仲良くして頂けるでしょうか?」


「...ああ」


「ありがとうございます。改めて、これからよろしくお願い致します。リダン様」


 イヴはそう言って、深く丁寧に一礼した。


(馴れ合いはしないんじゃなかったのか?)


(からかうな。考えが少し変わった、ただそれだけだ)


(悪い悪い。それにしても、イヴから伝わってくる感情はなんだか落ち着くな。これはどういう感情なんだろうな)


(さあな。だがこの感覚はどこか懐かしさがある)


(懐かしさ...?昔、こんな感情を誰かに向けられたことがあるのか?)


(あまり覚えてはいない。昔、そんな事があった気がするというだけだ)


 昔のリダンに対して、今のイヴが持っているような感情を向けてくる人間なんていたのだろうか。リダンは生まれた時からこの天啓と付き合っているわけだから、そういう人間が一人や二人いたところでおかしくはないが、あまり想像はできないな。


(そうなのか。まあ、これからイヴとは長い付き合いになるだろうし、この感情を受け続けていたら思い出すかもな)


(別に思い出したい訳でもないがな)


 そう言ったリダンだったが、リダンは感じた懐かしさにどこか少しだけ思いを馳せている様子だった。


 紆余曲折あったが、今回の一件でリダン・ブラックヘローとイヴ・リグレクトの間には確かな繋がりが構築された。リダンとイヴは、程度の差はあれどお互いを本気で信頼するようになった。これから先、イヴはリダンの心強い味方になってくれるだろう。

 オレの目的を果たす上でも、イヴ・リグレクトとの関係を構築できた事は大きな一歩だ。きっと、こんな風に周囲の人間達と関係を構築し、その感情を知っていった先に、オレの見たい景色が待っているはずだ。

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