第80話「侯爵令嬢救出作戦」
ゲートの向こう側は少し薄暗い洞窟に繋がっていた。
ゲートの傍には既にイヴの姿はなく、別の場所に移動させられた後のようだ。幸か不幸か、ゲートを通ってすぐに戦闘とはならなかった。
だが、先ほどまでイヴがここにいたことや、その近くにとある人物がいたことがオレには分かる。周囲に少しだけイヴともう一人のパーソナルマナが漂っているからだ。
そして、それは洞窟の奥の方へと続いている。
(リダン、イヴの居る方向は分かるか?)
(ああ、問題ない)
オレほど鮮明ではないだろうが、リダンもイヴのパーソナルマナを感じ取っているみたいだ。
リダンは物音を立てないように静かに、しかし素早く移動し、イヴの居るであろう場所へと向かっていく。
少しして洞窟の開けた場所に出て、リダンの視界に色々な情報が入ってきた。
リダンの視界には2体のグリフォンとイヴ、そしてオレが想像していた通りの人間が映っている。
その人物の名はネル・ローリエ。オレがモルモットとして生活していた施設で魔物の研究をしていた女だ。
魔物の研究の中でもネルが専門としているのは魔物の調教。この分野に関しては施設の人間の中でも群を抜いており、ネルの調教技術はオレが知らない部分も多い。
イヴは闇の第5位魔法『ダークバインド』によって作られた紫色の鞭のようなもので両手を縛られて宙に吊るされており、その頬や肩や腹部、両手両足にはいくつかの切り傷がある。状況を見るに、リダンが来るまでの間に軽い拷問のようなものを受けたのだろう。
イヴの顔には強い恐怖と絶望が見える。今までオレが見たことのない表情だ。今この状況で思う事ではないかもしれないが、イヴの恐怖と絶望が膨らんでいく様は少し見てみたかった。
様子を見る限りだと、ネル達はまだリダンが居ることには気が付いていない。そもそも、リダンが追いかけてくることすら想定にはないだろう。
断定はできないが、ネルはリバースマジックの存在は知らないはずだからな。
(イヴの救出が最優先だ。戦いを楽しんでいる余裕はないぞ)
(俺はそれほど愚かではない。まあ本音を言えば、奴が強者なら少し楽しみたい気持ちもあるがな)
こんな状況でもリダンのそういう所は相変わらずみたいだ。
(悪いが我慢してくれ。それと、不意を突ける最初の一撃がチャンスだ。慎重に行けよ、リダン)
(分かっている)
リダンが理解しているであろうことはオレも分かっているが、状況が状況だけに、オレも念入りにリダンに声をかける。
あまり気に掛けていなかったが、オレにも多少は緊張や不安というものがあるらしい。他人に進退を委ねるというのは中々苦手かもしれない。
リダンは自らの体に身体強化をかけ、両手に長剣を具現化する。どうやら最初から本気で臨むつもりみたいだ。
リダンは続けて闇の第1位魔法『ダークネス』を発動し、ネルに気付かれないように紫色の弾を生成した。その数46個。
オレはリダンの本気を少し侮っていたみたいだ。身体強化の魔法に関しても、リダンが本気で発動しているのは初めて見たが、オレの想像を上回っていた。
戦いの準備を整えたリダンは、ネルに向かってダークネスを発射した。そして、それと同時に自分はイヴの下へと全力で駆ける。
どうやらダークネスによってネルの隙を作り、その間にイヴを救出する作戦らしい。
周囲にはネルの他にグリフォンが2体いるが、イヴとネルからは少し離れた場所で待機しているため、イヴを救出するまでの障害にはなり得ないだろう。ネルの動きさえ止めてしまえば救出までは上手くいくはずだ。
ダークネスの弾とリダンがある程度近づいた時にはネルもそれらに気が付いていたが、大量の弾が向かってきたネルはとっさに身を守ることしかできなかった。
リダンはその隙にネルの横を一瞬にして過ぎ去り、イヴの下へと辿り着く。そして、イヴを吊るしていたダークバインドによる紫色の鞭を長剣で斬り裂いた。そのまま両手に持った長剣を消し、宙に吊るされていたイヴが落ちてきたところを受け止める。
「リダン...様......!」
イヴは消えてしまいそうなほどの小さな声でリダンの名を呼ぶ。イヴの表情は弱々しいが、同時に強い安堵も感じられる。リダンが来てくれたからもう大丈夫だという強い信頼が伝わってくる。先ほどまであった恐怖や絶望はもうイヴの表情には見られない。
「リダン様...リダン様...リダン様...!」
イヴはリダンがそこにいることを確かめるかのように、小さな声で何度もリダンの名を呼びながらリダンの服の胸元の辺りを握りしめる。その姿には、いつもの上品で大人びた侯爵令嬢の面影はない。
「ありがとう...ございます。助けに来てくださって...。それと、またお手を煩わせてしまってすみません...」
イヴはこんな状況でもリダンに気を遣っている。イヴらしいと言えばイヴらしいが、ここまで来るともはや少し異常な気がするな。この異常性は、もしかしたらイヴが先ほどモック山の山頂で話そうとしていた内容と関係があるのだろうか。
「そんなことを気にする必要はない。俺は俺が来るべきだと判断したからここに来ただけだ」
「それって...」
「驚いたわ...。坊や、どうしてこの場所にいるのかしら?」
イヴの言葉を遮って、体勢を立てなおしたネルが声をかけてくる。
リダンはイヴを抱えたままネルの方を向き、冷たい声を放った。
「貴様が知る必要はない」
「つれないわね。...まあいいわ。後でゆっくり教えてもらうから」
ネルは余裕な表情で少し楽しそうにそう言う。リダンの強さをどの程度知っているのかは分からないが、リダンを前にして臆しているような様子はない。
それと、どうやらリバースマジックを使ったことはバレていないようだ。もしかしたらオレが気付いていないだけで、施設の人間はリバースマジックの事を知っているかもしれないという懸念も少しあったが、無用な考えだった。
「良かったわねお嬢ちゃん。あなたのナイトが助けに来てくれて」
ネルは今度はイヴに向かって声をかける。
「あらあら。さっきまであんなに怖がっていたのにね。そんなにその坊やの事を信用しているのかしら?」
イヴの表情から先ほどまでの恐怖や絶望が消えたのを見てネルはそう言った。
「若いわね。そんなに他人を信用して身を委ねて、本当に馬鹿みたい」
ネルは少し含みを持たせた言い方でそう言い放つ。
「...貴様は何者だ?」
リダンは警戒態勢を取りながらネルに問いかける。
「名乗ったら坊やがどうやってここに来たのか教えてくれるのかしら?」
「さっきも言ったはずだ。それを貴様が知る必要はない。さっさと質問に答えろ」
「そんなに怖い顔をしないで頂戴、坊や」
ネルはやはりリダンを前にしても余裕を崩さない。何かリダンを相手取っても勝てる策があるのか、あるいはリダンの実力を見誤っているのか。
「答えるつもりはないようだな。ならば力尽くで行かせてもらう」
リダンはイヴを降ろし、再び両手に長剣を構えた。地に降ろされたイヴは多少ふらついているものの、何とか一人で立つことはできるようだ。
「あら、もしかしてそのお嬢ちゃんを庇いながら私と戦うつもりなのかしら?」
「無論だ」
「そう...。どうしようかしら。...面...報も手に入ったし、私としては...いいんだけど、姿を...った...このまま返すのも...よね...。それに、坊やが...来たのかも気に...もしかし...エルの...か分かる...しれない...。...のお嬢...ことも...ね」
ネルはギリギリこちらに聞こえるか聞こえないかというくらいの声量で何かを呟いている。
「何をぶつぶつ言っている」
「こっちの話よ、気にしないでいいわ。来るならさっさとかかって来なさい。私の子供たちと一緒に遊んであげるわ」
ネルは近くに待機させていた2体のグリフォンを自分の傍に寄らせた。
「3対1なら勝てるとでも思っているのか?」
「どうかしらね。...じゃあ始めましょうか。二人とも私のペットにしてあげる」
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