第79話「攫われた侯爵令嬢」
イヴがゲートの向こう側に消え、山頂にはリダン一人だけが取り残された。
正直少し厄介な展開だ。イヴがどうなろうとオレの知ったことではないが、このままイヴ放っておくとオレの計画が瓦解する恐れがある。
イヴがこの場で行方不明になってしまうと、リダンに非がなくても周囲の人間達への悪印象は免れないだろうからな。多少リスクのある手段を取ってでも、イヴの救出は絶対に遂行しなければならない。
(リダン、これからどうする?イヴを助けに行くか?)
(...そのつもりはない。ゲートに引きずり込まれた以上、深追いは危険だ)
リダンが自分から助けに動いてくれれば一番良かったが、やはりそうもいかないようだ。ならば、オレからリダンが動く動機を作ってやらねばならない。
最悪の場合、強引に所有権を奪ってでもイヴを助けに向かう必要がある。所有権を奪う芸当ができるかは不明だが。
(意外だな。ゲートの向こう側なんて、リダンなら嬉々として飛び込んでいきそうだと思ったのに。以前にもゲートを通ったことはあるんだろ?)
(自分から行くのと向こうから誘い込まれるのでは訳が違う。あいつは明らかにゲートの向こう側の何かに引きずり込まれていったからな。警戒を強めるのは当然だ。......それに、今はあの時のようにそんな易々と危険を冒すつもりは無い)
リダンはリスクを考えて合理的に判断した結果、助けに行かない決断をしたようだ。ならば、いつものように多少もっともらしい屁理屈をこねたくらいでは乗ってこないかもしれない。
(なるほどな。けど、それでいいのか?)
(...何が言いたい?)
(今リダンが行かないと恐らくイヴは助からない。それでもいいのかって聞いてるんだ)
何故イヴが狙われたのかは分からないが、イヴを攫ったのがオレの想像通りの人物なのであれば、イヴに待っているのは悲惨な運命しかない。
もし直接命を奪われなかったとしても、あの施設で以前のオレのようにモルモットとして生きていくことになるか、知らない土地で孤独に死を待つことになるか、そんなところだろう。
(...そうかもしれんな。だが、あいつがどうなろうと俺の知ったことではない)
(それは本気で言ってるのか?これまで色々と接してきて、リダンはイヴに対して少しも情が湧かなかったのか?こんな形でイヴとの今生の別れになってもいいのか?少なくとも、イヴほどリダンの事を気に掛けてくれる奴は今後そうそう現れないと思うけどな)
いつものやり方では説得できないと判断したオレは、リダンの感情に全力で訴えかかる。感情のこもっていないオレの薄っぺらい言葉がリダンにどれだけ響くのかは分からない。だが、リダンだってイヴに対して全く思うところがないわけではないはずだ。
(...確かに、あいつのことは嫌いではない。だが、それが俺が危険を冒す理由にはならんな。そもそも、ゲートが消えた以上あの女がどこに行ったのかも分からんだろう。助けに行こうにも方法がない)
(方法についてはどうにでもなる。今聞いてるのはリダンがどう思っているかだ)
リダンはどこか、助けに行かない理由を探しているようにも見える。
(リダンの中に、イヴを助ける理由は1つもないか?もし1つでも引っかかる所があるなら、多少の危険を冒してでも助けに行くべきだ。じゃないと絶対に後悔することになる)
(...)
リダンはオレの言葉にしばらく黙り込んだ。いつもならば少し様子を見るところだが、今回は更に畳みかけていく。
(オレはイヴを助けに行きたい。イヴには世話になってるし、この2ヵ月で結構情も湧いて来たからな。それに、イヴがいないとクラスでフォローしてくれる人間が居なくなって困る)
(...)
リダンはまだ答えを出そうとしない。ここは一度リダンに考える時間を与えるべきか。
(...)
リダンはまだ悩んでいる。リダンの心が揺れているならばやはりもう1度畳みかけるべきか、そうオレが思った時、リダンの声が小さく聞こえてきた。
(...そうだな)
リダンは長い沈黙の後、ようやく首を縦に振った。
(...だが、どうやって助けに行く?)
(それについてはオレに任せろ。ちょっと代われ、リダン)
(代わる?所有権をか?)
(ああ。効果時間を一瞬にしてスリープを使えばできるだろ)
リダンはオレに言われた通り、闇の第3位魔法『スリープ』を自身に対して発動した。こうして素直に従ってくれるあたり、なんだかんだでリダンはオレの事を結構信用してくれているようだ。
ほんの一瞬だけ意識が飛び、オレに体の所有権が移る。
ひとまず、これで一安心だな。所有権が移ってしまえば後はどうにでもできる。
だが、できればリダン自身に助けに行かせるのがベストではあるだろう。今は少しばかり危機的状況ではあるが、リダンの意識を劇的に変えるチャンスでもある。
(それで、どうするつもりだ?)
(さっきイヴを連れて行ったゲートを再構築する)
(そんなことが可能なのか?)
(普通は無理だな。けどオレならできる)
魔法の逆反応、リバースマジック。施設の人間にも教えていないオレの『とっておき』の1つだ。魔法を発動するマナの動きに対して全く逆の動きを行わせることによって魔法を打ち消すことができる。
但し、マナの動きを寸分違わず認識し、そして一切の狂いなく操作する必要があるため、普通の人間にはまず習得は不可能だ。
リダンの才能を以てしても、普通に訓練しただけではものにすることはできないだろう。
周囲の人間でオレ以外にこれを使える可能性があるとするならば、ナディアくらいだ。ナディアには『接触マナ感知』の天啓があるからな。ちゃんとした訓練をすれば理論上は習得可能だ。とは言っても、習得には相当の時間がかかるだろうが。
今回の場合はゲートが閉じられた際のマナの動きを真逆に再現する事によって、一度閉じたゲートを再び強引に開かせるという仕組みだ。
リバースマジックの本来の使い方とは全く逆の操作をすることになるため今回のような操作は初めてやるが、まあなんとかなるだろう。
15秒程で再構築が終わり、オレの目の前にゲートが現れる。
(この先にイヴと、イヴを連れ去った奴がいるはずだ)
(レイ...。貴様は何者なんだ...?)
リダンは本当にゲートの再構築ができたことに驚いている。いや、リダンから見てゲートの再構築ができているかは通るまで分からないから、単純にオレがこの速度でゲートを構築したことに驚いているのかもしれない。
(最初から言ってただろ?マナや魔法に関することにはそれなりに詳しいんだ)
(これはそんなレベルの話ではないだろう)
(まあ今はそんなことはいいじゃないか。それより、準備はいいか?向こうには何があるのか分からないからな。ゲートを通ったらいきなり戦闘になるってことも考えられる。しっかり用心しろよ)
(...)
(時間をかければかけるほどイヴの身に危険は迫る。色々と思う事はあるだろうが、さっさと行くぞ)
(そうだな...分かった)
リダンは何か考え事をしている様子だったが、オレはリダンの言葉を待たずに決断を迫る。
そして、再び一瞬だけスリープを発動してリダンに所有権を戻した。
リバースマジックを見せたことによってリダンに少しばかり不信感を持たれたかもしれないが、仕方ない。
まあ、リダンにオレの力を見せておくことは今後必要になると思っていたし、それが早まっただけだと考えよう。
所有権が戻ったリダンは、そのままオレが再構築したゲートを通ってイヴの下へと向かった。
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