第62話「リダンとグリフォン」
グリフォンとリダンたちとの距離は目算で大体800mといったところだ。相手は背を向けており、まだこちらに気付いている様子はない。
「すげーな。ヤバそうな感じがこの距離でもガンガンに伝わってくるぜ」
「アス、一人で突っ込むなよ」
「分かってるって」
さっきまでは呑気だったアースも、グリフォンの強さを肌で感じ取ったのか、今は緊張している様子だ。
「なあ、あそこにいるのがギルドの奴じゃないか?」
アースが辺りを軽く見回した後、一点を指差しながら声を上げる。アースの指の先には、ギルドの制服を着た人間が息を潜めながらグリフォンを観察していた。
リダンはその人間を確認すると、黙ってその人間に近づいていく。他の三人もそのすぐ後ろをついて来た。
「貴様がギルドから派遣された調査員か?」
「...あなたは?」
グリフォンを観察していた人間は、リダンの事を怪訝そうな顔で見ている。
「そいつの討伐依頼を受けて来た」
リダンはギルドで渡された依頼書を見せる。ギルドの職員らしき人間はすぐに依頼書に目を通した。
「なるほど、状況は理解しました。それで、私は何をすれば?」
「大体の情報は既に聞いている。前回の報告から新たに情報が入っているならそれを教えろ」
「残念ながら、あの魔物の弱点になりそうな情報はありませんね。言えることがあるとすれば、あの魔物は私たちのことを歯牙にもかけてなさそうってことくらいです。あの魔物は私たちが視界に入っても動く気配がありませんでした。あの魔物の目が極端に悪いという可能性もありますが、少なくとも200m程の距離まで近づいても反応はありません」
「情報はそれだけか?」
「すみません、私からお伝えできるのはこのくらいです。望み薄かもしれませんが、他の場所で待機している仲間は別の情報を持っているかもしれません」
「貴様の仲間とやらは何処にいる」
「私を含めて4人おり、あの魔物を四方から囲むように配置しています」
「すぐにそいつらに連絡が取れるか?」
「ポータブルという連絡用の魔道具を持たされていますので、すぐに連絡が可能です」
確かに、目の前の人間の指にはポータブルがはめられている。ミールから聞いた話ではまだ試験運用の段階らしいが、学園内だけでなくギルドでも使われているようだ。
「ならばそいつらに連絡し、情報を聞き出せ」
「分かりました」
ギルドの職員はリダンの言う通りに他の仲間に連絡した。
数分して全員に連絡し終えたギルドの職員は申し訳なさそうにリダンに話かけてくる。
「他の仲間たちも目ぼしい情報は無いようです。すみません」
「構わん。もとより雑魚相手にそんなものは必要としていない。それと、もう一度連絡して邪魔をしないように伝えておけ」
そう言って、リダンはグリフォンの方へと向かっていく。
「おいリダン、一人で行く気かよ」
アースから声をかけられ、リダンは立ち止まり振り返る。
「ああ。貴様らはそこで大人しくしていろ」
「...約束だから言う通りにするけどよ、ヤバそうだったら俺もすぐに行くからな」
リダンはアースに返事をすることなく駆け出す。
「リダン様、お気をつけてくださいね」
戦いへと向かうリダンの背に、イヴからの気遣いの言葉が届いた。
それから少しして、リダンとグリフォンの距離が200m程まで近づく。ギルドの職員の言っていた通り、ここまで近づいてもグリフォンはリダンの方に意識を向けている様子はない。
このタイミングでリダンは身体強化の魔法を発動し、戦闘態勢を整えた。そして、グリフォンとの距離を詰めるために一気に加速する。
リダンはグリフォンを射程内に捉えると、まずは闇の第1位魔法『ダークネス』を発動してそのままグリフォン目掛けて発射する。
リダンに対して背を向けていたグリフォンだったが、その攻撃にはしっかりと反応し、その強靭な脚と翼で後ろに跳んでダークネスを難なく避ける。そして、グリフォンが動かした翼によって辺りに強風が巻き起こった。攻撃を仕掛けられたことで、グリフォンもリダンを警戒している様子だ。
リダンは強風に怯むことなくさらにグリフォンとの距離を詰める。
次にリダンが発動したのは闇の第5位魔法『ダークバインド』だ。グリフォンの足下から紫色の鞭のようなものが発生し、右前脚に絡みつく。
そして、リダンはすかさず右手に長剣を具現化すると、動きを封じたグリフォンの右前脚を斬り付けた。
リダンの一撃はグリフォンの右前脚を両断するには至らなかったが、そこそこに深い傷をつけたようでグリフォンが咆哮する。傷ついた右前脚からは光る粒子が飛び出ている。
グリフォンは再び後ろに跳びリダンから距離を取ると、その長い尻尾でリダンを薙ぎ払った。
リダンはその攻撃を上に跳んで避けると、空中でダークネスを発動して10個の闇の弾を生成する。そして、その全てを一斉にグリフォンに向けて発射した。
先ほどよりも近距離で発射された弾は一瞬でグリフォンの目の前まで到達する。グリフォンはそれらを避けられないと判断したのか、翼を盾にして防いだ。複数の弾が翼にぶつかり小さな爆発が起こったことで、グリフォンの姿が煙に包まれる。
10個全てのダークネスが当たったことで、一見して勝負はついたように思えたが、煙の中から姿を現したグリフォンはほとんど無傷だった。
それもそのはず、グリフォンの体はその大きさに見合う強靭さを持っている。特に翼はグリフォンの体の中で一番頑丈な部位で、その強度は見ての通りだ。
遠距離からの魔法は翼で防がれることを察したリダンは、再びグリフォンの足下への接近を試みる。
それに対し、グリフォンはリダンの接近を拒むように左前脚を空中に振り上げ、そのままそれを横向きに薙ぎ払った。リダンはその攻撃を冷静に後ろに跳んで避ける。
そんな攻防をしている間に、先ほどリダンが傷をつけたグリフォンの右前脚の周りにマナが集まり始めた。傷つけられた脚が回復しようとしている。
この脅威の再生能力が魔物の強さの根源の1つだ。以前にリグレクト領で見つけたケルベロスもそうだったが、ネームドの魔物の大半はこの能力が特に高い。
絶命させるためには、ケルベロスの時と同様にマナ供給機関とマナ伝達機関を担っている魔石に傷をつける必要がある。目の前のグリフォンの場合は胴体と頭を繋ぐ首の根本の辺りに魔石があるはずだ。
グリフォンは右前脚が完全に回復すると、リダンの方に一直線に突進してきた。その強靭な脚と翼による加速力によって一気にリダンとの距離が詰まる。
リダンはすぐさまそれに反応し、マナ障壁を体に張り巡らせながら右に跳んで突進を回避する。
標的がいなくなったグリフォンは、そのままリダンの後ろにあった木に先端の嘴からぶつかった。グリフォンの持つ鋭利な嘴に貫かれた木は惨たらしく破壊される。
リダンは後ろに跳んでいったグリフォンを追いかけ、再びダークネスを発動した。リダンの周囲に20個の闇の弾が生成され、そのままグリフォンの脚に目掛けて発射される。恐らく、翼で防ぎにくい脚から崩していくつもりなのだろう。
突進したばかりで体勢が整っていないためグリフォンは回避することができず、いくつかを翼で防ぐが、左前脚と左後ろ脚にダークネスが何発か直撃してしまう。攻撃を喰らった箇所から光る粒子が飛び出る。
リダンはこの隙を逃さないように強く踏み込み、一気に距離を詰めた。
危険を感じ取ったグリフォンは、その強靭な翼を強く羽ばたかせて空に舞い上がる。
だがリダンがこの好機を逃すはずがなく、強く地面を蹴り高く跳躍して、飛び上がったグリフォンの背に乗った。そしてそのまま闇の第6位魔法『グラビティ』を発動する。
グリフォンは突然強くなった重力にあらがうことが出来ず、そのまま地に落ちた。リダンとグリフォンの周りに大量の砂埃が舞う。
リダンはグリフォンの上に乗ったまま、グリフォンの首の根本を何度も斬り付ける。魔石の位置に当たりをつけているのか、単純に首を落とそうとしているのかは分からないが、有効な攻撃だ。事実、グリフォンは必死に抵抗してリダンを振り落とそうとしている。
グリフォンの抵抗も虚しく首へのダメージはどんどんと蓄積し、とうとう魔石がその顔を覗かせた。リダンはそのままの流れで魔石を斬り付ける。
その直後、暴れていたグリフォンの動きが止まり、その全身が光る粒子となって消えていった。その場にはリダンと大きな緑色の魔石だけが残る。
レクル村の住民たちやギルドの人間たちにとって脅威となっていたイーガル湖の新種の魔物は、リダンの圧倒的な力によっていとも容易く撃退されてしまった。
(お疲れ。今回も流石の手並みだったな)
(ふん...。大して思ってもないことを)
(関心してるのは本当だぞ)
(どうだかな)
(ところで1つ相談があるんだが、その魔石、オレにくれないか?)
(これを?何が目的だ?)
(オレが魔道具の研究を手伝ってるのは知ってるだろ?それに使えるかもしれないからな)
(...まあいいだろう。どうせ俺が持っていても売るだけだからな)
(助かる。ついでに、前にリグレクト領で手に入れた奴も貰っていいか?まだ持ってたよな?)
(構わん)
リダンには魔道具の研究に使うといったが、これは半分は本当で半分は嘘だ。最終的には魔道具として使うかもしれないがそれはついでに過ぎない。
魔石には、元の生物が魔物になる過程で多くの情報が刻まれる。オレが魔石を強請った本当の目的はこの情報を知るためだ。
折角都合の良い展開が向こうから転がってきたのだから、得られるものは全て貰っていく。今すぐ何か仕掛けられるわけではないが、今回増やした手札が後に効いてくることもあるだろう。
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