第55話「レイと侯爵令嬢」
寮を出たオレは学園の出入口へと歩きながらポータブルを起動する。明日の訓練が中止になる旨をナディアに伝えるためだ。
ポータブルが光り出し通話がつながると、すぐにポータブルからナディアの声が聞こえた。
『どうかしたの?リダン』
「連絡事項がある。悪いが明日の訓練は中止だ」
『別に構わないけれど、どうしたの?』
「今から帝国に行くことになった。だから恐らく明日の訓練までには帰れない」
『そう。...それにしても、今日は随分と素直というか、殊勝な態度ね』
「どういう意味だ?」
『だって、訓練の中止に関して素直に謝ってるし、理由を聞いたら答えてくれたじゃない。いつもだったら、「...明日は中止だ」ってだけいって通話を切るし、理由を聞いても、「...貴様には関係ない」とか言って答えてくれないじゃない』
ナディアは少しリダンに寄せた話し方でからかうように答える。確かにナディアの言う通り、今までのリダンはそういう態度を取っていたし、オレもそのリダンを真似て似たような態度を取っていた。
あまり意識していなかったが、今回そういう態度が崩れたのはオレの考え方が変わったからだろう。周りから好印象を得るためには、基本的にはナディアの言うような素直で殊勝な態度を取っていくほうが都合が良いからな。
とは言え、今のリダンならばナディアに対しては同じような対応をする気がする。
「そうだったか?」
『なによ、とぼける気?』
「そんなつもりはない、貴様の言っていることが理解できないだけだ。...まあいい、とにかく伝えた通りだ」
『分かったわ。それと、貴様じゃなくてナディアよ。昨日の今日で前言撤回するつもり?』
「...そんなつもりはない」
『ならいいわ』
「こちらからの用件はそれだけだ。では切るぞ」
『ええ、じゃあね』
ナディアとの通話を終え、ポータブルの光が消える。
それから数分ほど歩き、学園の出入口の近くへと辿り着いた。学園の出入口の傍には簡易的な役所があり、そこで外出届を出すことで学園の外に出られるらしい。
オレはその役所の中に入り、外出届を出す窓口を探して辺りを見回す。すると、オレの目当てとは違う窓口で見知った顔の人間を発見した。その人間は上品な佇まいで何かを書いている様子だ。
オレとしては話しかけても良かったが、まずは自分の用事を済ませることにして外出届を出す窓口へと向かう。
受付には20代くらいの女性が立っており、オレが近づくと怯えた様子で対応してくれた。
外出届を提出する上で特に面倒な手続きは必要なく、名前と外出理由を書くだけでいいらしい。ただ、受理するまで数分かかるため、しばらく待ってほしいと言われた。
オレは役所内にあるソファーに適当に腰掛け、外出届が受理されるのを待つ。
数秒ほどぼーっとしていると、温かさと刺すような痛みが同時に襲い掛かってきた。そして、自分の用事を済ませたらしいさっきの顔見知りが声をかけてくる。
「おはようございます、リダン様。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「ああ、そうかもな」
声をかけてきたのはイヴ・リグレクト。普段から何かとリダンのことを気に掛けているクラスメイトだ。イヴはオレから少し距離を置いて座り、話を続ける。
「昨日は素晴らしいご活躍でしたね」
イヴは昨日のクラス対抗戦の話を出してリダンを褒める。これは貴族の社交辞令というものなのだろうか。オレにはよくわからない世界だ。
「そんな風に言うのは貴様くらいだろうな。クラスの半分以上の連中は昨日の結果には不満を持っていただろう」
「確かに、皆様は今回の結果に満足されていませんでしたが、リダン様のご活躍がなければもっと酷い結果になっていたのは分かっておられると思いますよ」
「どうだかな」
ここで一旦会話が途切れ、オレとイヴの間に少しの沈黙が訪れる。だが、その沈黙はイヴによってすぐに破られた。
「ところで、リダン様はこちらで何をされているのですか?」
イヴはほんの少しだけ前のめりな様子でこちらに問いかける。さっきまでのクラス対抗戦の話は前置きで、どちらかと言うとこっちが本題だったのかもしれない。
「外出届を出しに来た」
「どこかへ行かれるのですか?」
「とある魔物を狩りに帝国に行く」
「魔物狩り...ですか。なんだか、初めてお会いした時の事を思い出しますね」
「そうだな」
イヴは遠くの方を見ながら目を細める。
「もう1ヵ月も前の出来事ですけど、今でも鮮明に思い出せます...」
イヴは遠くを見つめたまま物思いにふけっている。そんなイヴに対して、今度はオレから質問を投げかけることにした。
「ところで、貴様はここで何をしていたんだ?」
オレがそう言うと、イヴはすぐにこちらを向いて返答する。
「私は家族に手紙を送るためにこちらに来たんです。学園でのこの1ヵ月のことを家族に伝えようと思いまして」
「貴様の家族は随分と仲が良いようだな」
「そうですね。幸せなことに、家族からはとても愛されて育てられたと思います。父も母も、それから兄も私をとても大切にしてくれています。私もそんな家族のことが大好きです」
「兄がいたのか。以前は見かけなかったが」
「兄は今は屋敷には住んでいないんです。リダン様には敵いませんが、とても優秀な兄なんですよ」
「そうか」
家族の話をするイヴはなんだかとても嬉しそうだ。本当に心の底から家族の事が好きなのだろう。
イヴと話をしているうちに外出届の受理が終わったのか、さっき対応してくれた役所の職員がオレの所にやってきた。
「お待たせしました、こちらが外出許可証になります。お戻りの際にはもう一度こちらで手続きを忘れずにお願いします」
職員の女性はオレに外出許可証を渡すと、逃げるように窓口へと戻っていった。わざわざこっちまできて渡してくれるとは親切な対応だな。
無事に外出許可証を手に入れたオレは、イヴの方を向いて別れを告げる。
「ではオレは行く」
「はい、リダン様なら大丈夫だと思いますが、気を付けてくださいね...」
イヴからのその言葉を受け取りそのまま去ろうと思ったが、イヴのまだ何か言いたげな視線に気が付きオレは足を止めた。
「まだ何か用があるのか?」
「え?あ、いえ...、そういうわけでは...」
オレから声をかけられるとは思っていなかったのか、イヴは少し驚いた様子でモジモジしている。
「そのようには見えんがな。言いたいことがあるならさっさと言え」
「いえ、その、ご迷惑になりますから...」
「迷惑かどうかはオレが判断することだ。いいからさっさと言え」
「では...」
イヴは一度深呼吸をしてオレを方を見た。
「リダン様がこれから向かう魔物狩りに、私も連れて行って頂けないでしょうか?」
イヴからのこの申し出は流石に予想していなかったため、オレは少しだけ驚く。
ただ、これはオレからしたら悪くない申し出だ。イヴとの関係を構築するいい機会だからな。
イヴを連れて行く主なデメリットとしては、工作活動が難しくなる点と、移動が遅くなる点だ。
だが、工作活動に関してはどうしても都合がつかないなら次の機会に回してもいいし、移動に関しても到着が半日から1日遅れる程度だろう。幸い休みは3日あるため大して問題はない。
問題はリダンがどう言うかだが、リダンが多少文句を言ったとしても今日の所有権はオレにあるため強引に押し通してしまってもいい。
(オレとしては連れて行ってもいいと思うけど、リダンはどうだ?)
(どちらでも構わない。だが、邪魔になるならば捨て置くと言っておけ)
(分かった)
リダンからの許可も下りたため、オレはイヴに返答する。
「構わないが、邪魔はするなよ。もしも邪魔になる場合は置いていく」
「ありがとうございますっ!」
イヴは丁寧に頭を下げて礼を言う。そして、安心したのか緊張して少し強張っていたイヴの顔が緩んだ
「ふふっ」
イヴはオレの顔を見ながら微かに声を出して笑う。
「何がおかしい?」
「いえ、すみません。あの時も似たような会話をしたことを思い出しまして」
そう言われ、オレはイヴの言うあの時のことを思い出した。確かに、以前にリグレクトの依頼を受けた時にもイヴがこうしてついて来たいと言い出して似たような会話をした気がする。
「そんなこともあったな」
「はい。私にとってはあの出来事も大切な思い出です」
イヴはそう言いながらオレに微笑みかける。
「では、私も外出届を出してきますね。すみませんが、少しの間待っていて頂けますか?」
「ああ」
イヴは席を立ち、外出届を出す窓口へと向かう。
それから数分でイヴの外出許可証も発行され、イヴの支度の為に一度寮に戻ってからオレとイヴは一緒に学園を出た。
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