第4話「モルモットと2つの接触」
翌日、目が覚めると体は動かなかった。やはり、睡眠か時間によって体の所有権が入れ替わるというのが濃厚になってきたな。
(起きてるか?)
とりあえず、リダンが起きているかを確認する。リダンが寝たままだと、オレは体が動かないのに意識があるというなんとも虚無な時間を過ごすことになる。
施設にいた頃は似たような時間が長かったから慣れているとは言えば慣れているが、できれば勘弁してほしい。
(起きている。どうやら、今日の所有権は俺にあるようだな)
(そうみたいだな。今はオレには体は動かせない)
それだけお互いに確認すると、リダンはそのままベッドから降りて出かける準備を始めた。
(まだ起きたばかりだろ。それに時間も早い。こんな時間から出かけるのか?)
(今日は俺に所有権があるんだ。貴様には関係ない)
(まあそうだけどな。昨日も話してもらえなかったし気になってるんだ)
(...。今日は町の外に行く)
(外?何しに行くんだ?)
(貴様はいちいち聞かないと気が済まないのか。昨日も言ったが、いずれわかる)
(わかったよ)
どうやらこれ以上聞くことはできなさそうだ。今日は施設の関係者が接触してくるはずだから、ある程度は把握しておきたかったが仕方がない。
しかし、町の外に行くのなら今日は接触がない可能性も出てきた。そうなると少し面倒だ。
屋敷を出ると、昨日感じたのと同じ強烈な視線を感じた。今日もまたこちらの様子を見ているのだろうか、オレがそう思っているとその視線の主は声をかけてくる。
その人間は長身で帽子を深くかぶった男で、リダンはその男の帽子で隠れた表情を下から見上げるような形になった。
「失礼、あなたはリダン・ブラックヘローで間違いありませんか?」
「なんだ貴様は」
「失礼致しました、私はクルトと申します。といっても私の名はあまり重要ではありません。ゼル先生の関係者と言う方があなたには分かるでしょうか?」
その瞬間、オレの意識が少しだけ反応する。
ゼル、オレをあの施設で育て実験体として好き勝手していた男の名だ。
「誰だそれは。貴様も俺の力を狙っている人間の一人か?」
当然、リダンには目の前の男が何を言っているのか分からないだろう。その名前を知っているのはほとんど施設の関係者だけのはずだ。オレはあの男の交友関係なんて知らないから絶対ではないが。
だが、リダンのそのイラついた態度をみても男が動揺した様子はない。最初から、オレがしらばっくれる可能性や、実験が失敗した可能性が頭にあったからだろう。
「本当に分かりませんか?では、『ディーエル』という名前を聞いたことはありませんか?」
ディーエル、これはオレの施設での個体名だ。リダンに何も教えなかったことが功を奏したな。
もし何か明かしていたならばリダンが動揺したり、何か話してしまったりしたかもしれない。
「だから知らないと言っている。これ以上意味不明なことを言い続けるならば痛い目を見ることになるぞ」
その返答を聞き、男はしばらく黙り考える仕草を見せた。なんとなく、この男がこのような接触の仕方をしてきた意図が見えてきたな。この男は昨日の段階ではリダンを観察していたのだろう。
実験が成功してリダンの中にオレがいるのかどうか、あるいは失敗してオレが消滅し、リダンの中には今でもリダンがいるのか。
もしも成功していてオレがリダンの中にいるのであれば、リダン自身かその周辺になんらかの変化があるはずだが、一向にその様子はなかった。だからこそ直接確かめるためにこのように探っているのだろう。
「不快にさせてしまったのなら申し訳ありません。どうやら、こちらに誤解があったようです。ですが、最後に1つだけよろしいでしょうか?最近あなたの身の回りで何か変わったことはありませんでしたか?」
今までずっと間髪いれずに答えていたリダンが、その質問には即答することはなかった。それもそのはず、2日前からリダンの身には摩訶不思議なことが起こっている。
だからこそ、この目の前の人間が何かを知っているのなら聞いておきたいと考えたのだろう。オレとしてはこの状況を話されると困るため、リダンが下手なことを言わないように口止めしたいところだ。
しかしここで何かを言えば、オレに何かやましいことがあるのではないかと勘繰られるかもしれない。
少し悩んだ結果、オレはリダンを止めることに決めた。ここでリダンがこの二重人格のことを話してしまえば、その現象と発生した時期からオレの存在を目の前の男にほぼ確信されてしまうだろう。
そのリスクを考えればリダンに疑われるくらいは大したことじゃない。既にある程度は疑われてるしな。
(この男は怪しすぎる。無視したほうがいい)
(それは俺が決めることだ。それとも、この男に何かを話されると貴様に不都合があるのか?)
(そうじゃない、オレもこいつのことは知らない。だが、オレ達は今かなり特殊な状況にいる。だからこそ、こんな身元も分からないような人間には何も話さないほうがいいだろ)
(...)
リダンは少しだけ考えた後、自分の中で結論を出したようだ。
「貴様に話すことは何もない。失せろ」
「そうですか。それでは失礼します」
そうして男は去っていった。とりあえずは一難去ったというところか。だが、リダンからの疑念は深まったかもしれない。
(もう一度聞くが、貴様やはり何か隠してるんじゃないのか?)
(オレは何も隠してないし何も知らない。あの人間のことも知らないし、言っていたこともわからなかった)
(そうか、貴様が何も言うつもりがないことはわかった。だが、後でそれが嘘だと発覚した場合には覚悟しておけよ)
(ああ)
オレがリダンに全てを話すような時は来るのだろうか。少なくとも現状ではその未来は全く想像できない。そもそもレスト領でなにか情報が手に入ったのならそこまでの関係になる可能性が高いし、仮に長い付き合いになるのだとしてもオレが他人を完全に信用することはないだろう。
リダンにとって予定外の出来事はあったが、本来の予定通り今日は町の外に出るらしい。
町の外に出ると、そこにはだだっ広い平原が広がっていた。こんな見るからに普通の平原でそう思うのは世間知らずを露呈しているようだが、オレの知っている世界は狭すぎるから仕方がない。
平原をしばらく歩いて人が見えなくなると、リダンはもの凄い速度で駆け出した。自前で持っている恵まれた身体能力に加え、魔法による身体強化によってかなりの速さになっている。
どのくらいの速度が普通なのかは知らないが、これは相当速い部類だろう。
(噂では聞いていたが、すごい身体能力とマナ操作だな。正直驚いた)
(わかったなら、今後は俺に舐めた口を利かないことだな)
(それとこれとは話が別だ。確かに関心したけど、オレもマナ操作には自信があるからな。このくらいなら余裕でできる)
(それが見栄を張っているだけじゃなければいいがな)
2時間ほど駆けていると、周辺には背の高い木が多くなってきた。この先は森になっているらしい。
それにしても、改めてかなりの速さだ。ほんの2時間ほどだが、既に町からは200km以上離れているだろう。地理には詳しくないが、ここはブラックヘロー領外かもしれない。わざわざこんな遠くまできて何をするつもりだろうか。
(結局今日は何をするんだ?)
(もうすぐ目的地に着く。すぐにわかるだろう)
ということは目的地はそこの森ということだろうか。何をするつもりなのか本当に全く想像がつかない。昨日の口ぶりからすると、普段からやっていることらしいが。
リダンは少しだけ速度を落として森の深くへと進んでいく。
それから5分ほどが経った頃、オレにとってかなり見慣れた存在が目に入った。
(あれは魔物だな)
(あれが今日の目的だ。それにしても、大陸や人魔戦争のことは知らないのに魔物は知っているんだな。貴様の知識の幅がよくわからん)
(マナや魔法に関することに興味があって、それなりに詳しいんだ。それにしても魔物が目的って、魔物狩りってことか?)
(そうだ)
魔物とは、生物の体内のマナの構造を人為的に改造することによって作られる。施設では魔物に関する研究もされていたため、オレも良く知っていた。
それにしてもこんな森の中に何故魔物がいるのかがわからない。魔物は人為的に作られるものであるため、こんな町から離れた森の中で自然発生するものではない。
この近くに魔物の研究施設でもあるのだろうか。
(なぜこんなところに魔物がいるんだ?)
(この近くに『ゲート』があるからに決まっているだろう)
(ゲート?それって闇の第10位魔法のゲートか?それと魔物になんの関係がある?)
(本気で言っているのか?マナの濃い場所に自然発生したゲートから発生するのが魔物だろう)
そうなのか。どうやらオレの知っている魔物の常識とこの世間での魔物の常識は異なるらしい。あるいはリダンが勘違いしているだけかもしれないが。
(そうなのか、そこまでは知らなかった。そういえば、お前の適正は闇だったよな。ここまで走ってきたが、ゲートは使えないのか?)
(使えない。使い方を知る術がなかったからな。だが、俺の能力なら使い方がわかればすぐに使える)
(すごい自信だな。まあオレも素直にそう思うが)
(ふん)
オレは施設にいた頃にゲートの使い方を学んでいるが、リダンの能力を見る限りだと、教えてやればすぐに習得できるだろう。
今見えている魔物は、ウサギ型の魔物が2体と鳥型の魔物が3体だ。魔物は基本的に危険な生物だが、この種は力としては大したことはなく、よほど戦いなれていない者でなければそうそう死ぬようなことはないレベルだ。
リダンは素早く重力の闇魔法で鳥の魔物を地面に落とし、魔法で生成した長剣で5体とも薙ぎ払っていく。そして魔物たちは動かなくなり、体は光る粒子へと変わっていった。
この世界の生物の体はほとんどマナで構築されているため、生物が死ぬときはだいだいこうなる。オレが死んだ後の体も同じだったはずだ。
しばらくすると魔物たちの体は完全になくなり、そこには緑色の石が3つと黄色の石が2つ転がった。魔物が死ぬと、この魔石だけが残る。この魔石は、元の生物の心臓が魔物になる過程で変化したものだ。
(手慣れているな。それに長剣の具現化も見事だった)
(この程度の雑魚に後れを取るわけもない)
(魔石はどうするんだ?)
(後でギルドに換金しに行く。俺が持っていても仕方がないからな)
(ギルドってなんだ?)
(また知らないのか貴様は。ギルドはエルトシャンが各地の治安維持のために立ち上げた組織だ。基本は民間の依頼などを募って解決しているが、魔石の換金も行っている)
(またエルトシャンか。相当な大物なんだな)
昨日も聞いたレスト領の主だ。どうやら昨日聞いた通り大陸全土で相当の権力を持っているらしい。もしかしたら人望もかなり厚い人格者なのかもな。
リダンは魔石を回収し、更に奥へと進んでいく。オレはさっきから少し気になっていたことを聞いてみることにする。
(それにしてもここは本当にマナが濃いな。何か原因があるのか?)
(ほう、貴様にもわかるのか。多少はマナや魔法に詳しいというのは本当のようだな)
(お前は疑いすぎだ、オレは本当のことしか言ってないぞ。本当の体の時からマナには敏感なんだ。それで、なにか原因があるのか?)
(この周辺にはマナ脈がある。その影響だろう)
(マナ脈か。知識としては知っているが実際には見たことないな)
マナ脈とは、大地にとっての心臓のようなものだ。人間の体内のマナを心臓が循環させているのと同じように、世界にあるマナを循環させる役割を持っているのがマナ脈だ。
マナ脈の周りはマナの濃度が高くなる。マナ脈は世界中にいくつか存在するらしいが、施設から出たことのなかったオレは、当然訪れるのは初めてだ。
(まあそれも仕方がないだろう。マナ脈の近くはマナが濃いせいで、マナの少ない奴には危険なうえ、ゲートの影響で魔物が発生することも多いからな)
そうこうしているうちに、新しい魔物を発見する。さっきと同じウサギ型の魔物と鳥型の魔物が1体ずつだ。リダンはさっきと同様に素早くそれらを処理する。
そして、リダンが魔石を回収し終わったタイミングで奥のほうから音が聞こえた。どうやら奥でなにかが戦闘中みたいだ。
(どうやら奥で戦闘中みたいだが、どうする?)
(戦闘中だろうと関係ない。俺は先に進むだけだ)
そうして更に奥に進むことに決まり、2分ほど歩いたところで交戦中の存在を見つけることができた。どうやら人間と魔物の戦闘だったようだ。
人間側は前衛に40代くらいの男が一人とその部下らしき20代や30代くらいの男女が4人、その後ろには同様に部下であろう男女3人が倒れていた。
そして更にその後ろには、明らかにこの一団の主であろう10代の女がいた。
対して、魔物側は熊型の魔物が5体。熊型の魔物は魔物の中では戦闘力が高く、並みの人間では為すすべもなく殺されてしまうだろう。
戦況は人間側が圧倒的に劣勢で、まだリダンの存在には気づいていない様子だ。
さて、リダンはどうするのだろうか。
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