第30話「レイと研究者見習い」
エルトシャンとの話の後、オレはそのまま研究棟へとやってきた。エルトシャンの屋敷と研究棟は割と近くにあり、かかった時間はわずか数分だった。研究棟の大きさは大体闘技場と同じくらいだ。
研究棟の入口には特に鍵や検問のようなものはなく、何事もなく入ることができた。不用心な気がするが、学園に入れている時点で身元は証明されているし、研究室ごとにセキュリティは用意してるだろうからこんなものなのかもしれない。
とりあえず、入口付近に図書館と同じような案内板を見つけたためそこに向かう。聞いていた通り、マナに関して色々な研究をしているみたいだな。
エルトシャンが言っていた、魔道具や天啓、マナ含有量に関する研究だけでも細部に分けて10種類以上の研究をしているようだ。その他にもマナ欠乏症などのマナに関する病気の研究なんかもある。魔法に関しても各属性に関して専門の研究室があり、細かい差分を含めたら研究している内容は100以上に上る。
「あれ?リダン君も研究棟に何か用事?」
まずはどこに顔を出そうかと考えていると、後ろから声をかけられる。振り向くと、そこにはクラスメイトのダルク・トリオンロードが立っていた。ダルクの手にはショッピングモールの袋がぶら下がっている。
「貴様は...」
「ああ、もしかして、ボクが誰かわかってない?クラスメイトのダルク・トリオンロードだよ」
「確かマナの研究がしたいと言っていたな」
「覚えてくれてたんだ。それで、リダン君はどこかの研究室に用事?」
「貴様には関係ない」
「そう?でもどこに行くか迷ってるみたいだったから、なにか困ってるなら話を聞くよ。ボクはこの研究棟には割と詳しいからね」
せっかくだから話してみるのも手か。エルトシャンの話は別に隠しておく必要はないよな。ばれて困ることはお互いになさそうだし。
「...エルトシャンからマナの研究を手伝ってほしいと頼まれた。今はどこに行くか考えているところだ」
「そうなんだ。もしよかったらなんだけど、まだ行き先を決めてないなら一緒に来る?」
「貴様はどこに行くつもりなんだ?」
「天啓の研究をしているカロス先生のところだよ。その後でマナ含有量の研究をしているレナス先生のところにも行く予定だけど」
天啓にマナ含有量か。分野としては結構興味のある分野だし丁度いいな。
「いいだろう。案内しろ」
「決まりだね。じゃあ行こうか」
ダルクはそう言うと研究棟の中を迷わず進む。どうやらダルクが研究棟に来るのは今日が初めてではないらしい。オレはダルクの少し後ろを黙ってついていく。
「リダン君はマナの研究に興味があるの?」
ダルクが歩きながら聞いてくる。今日は同じような質問を良くされるな。
「特に興味はない。研究の手伝いをするのはエルトシャンとの取引があるからだ」
「そっか、それは少し勿体ないな。リダン君ほど才能のある人ならすごい発見をしてくれそうなのに」
確かに、リダンほどマナに関する才能を持っている人間はいないかもしれない。マナの量に関してもそうだが、マナの制御もかなり上手いし、マナの本質を感覚的に理解している様子だ。しかも、誰かに習ったわけではなく、書物で得た知識と自分の感覚だけでここまでマナを扱えているのだから驚きだ。
流石にリダンよりオレのほうがマナに詳しいが、それはオレが色々と特殊な環境に身を置いていたからに他ならない。単純な才能だけなら恐らくオレよりリダンのほうが上だろう。
「興味はないが、やる以上は何かしらの成果は出すつもりだ」
「じゃあ期待させて貰おうかな」
ダルクは、オレが成果を出すと言ったことに満足している様子だ。ダルクから刺さってくる感情はミールと似たようなもので、恐怖と興味がほとんどだ。ただその両方がミールよりも強く、更に少しだけ嫉妬の感情も感じられる。まあ、リダンに対する感情としては比較的好意的なほうだろう。
「それにしても、マナってすごいよね。何よりも身近にあってボクたちに色々なものを与えてくれる。でも、ボクらはこれだけマナに頼り切った生活をしているのに、マナに関してはわからないことだらけだ」
ダルクはマナの凄さについて語り始める。そういえば、自己紹介の時にマナについて語り合いたいとか言っていたな。オレもマナの話は好きだし、ここは乗っておくか。
「そうだな、マナには未知数なところも多い。そういう点においては面白いと言えなくは無いかもしれないな」
「リダン君はわかってくれるかい?そうなんだよ、マナはわからないことだらけだけど、それだけ可能性があって、その可能性を模索するのが楽しくて仕方ないんだ。マナはボクたちに人知を超えた力を授けてくれる。天啓なんてまさにそのいい例だよね」
「貴様は天啓に興味があるのか?」
「それはもちろん。天啓がボクたち人間に与えてくれる力は計り知れない。これほど魅力的なことはないよ。まあ残念ながら、ボクには天啓を授かれるほどのマナはないんだけどね。天啓を持っている人が羨ましいよ」
「そうか」
さっきから普通に話し過ぎてる気がするな。魔物や強者に関する話ならともかく、天啓に関する話でリダンが普通に話をしているというのはおかしいかもしれない。自分が興味のある話題だと、自分を殺してリダンのふりをするのも大変だ。
「貴様程度の雑魚が持ったところで扱えるか怪しいものだがな」
ここら辺で少しリダンらしく毒でも吐いておこう。ツンデレ作戦を考えると、あまり意味なくひどいことを言うのもどうかと思うが、多少は仕方ないだろう。普通に友好的に話をするリダンというのは違和感がありすぎるからな。
「そうかもしれないね。確かにボクはリダン君のようにマナの制御が上手いわけでもない。でも、ボクは諦めるつもりは無いよ。そのために天啓やマナ含有量について研究しているんだ。天啓を人に発現させたり、移植するような方法が見つかるかもしれないし、マナ含有量が増えれば天啓を得ることができるかもしれない。その過程で天啓を上手く扱う方法も見つかるかもしれないしね」
「まあ、雑魚なりに努力するがいい。オレには関係のない話だからな」
「厳しい言葉だけど、リダン君なりの激励だと思うことにするよ。ところで、リダン君はそれだけマナを持ってるんだし、もしかして天啓を持ってるんじゃない?」
「貴様に教える必要はない」
「隠すってことは持ってるってこと?」
「それも含めて教えるつもりはないということだ」
「そっか。でもボクは、リダン君は天啓を持っていると思ってるよ。天啓はマナ含有量の多い人間に稀に発現するものだけど、マナを多く持っているほど発現する可能性は高くなる。リダン君ほどのマナがあって天啓が無いなんて考えられないからね」
「勝手にそう思っていろ。それで何が変わるわけでもない」
「じゃあそうさせてもらうね。まあでも、教えてくれないのも仕方ないのかな。天啓は他人からは見えない切り札にもなり得るものだから」
ダルクの言い分は正しい。リダンほどのマナを持っているならばほぼ確実に天啓を持っていると考えるのが当たり前だ。
そして、天啓というのは他人から確認することはできない。珍しいものだからナディアのように吹聴して自慢する者もいるみたいだが、天啓という規格外の能力を持っているということは強力な武器になる。アイゼンも他人には天啓のことを話していないようだしな。まあ、アイゼンの天啓は他人から見て予測しやすい部類のものだからオレにはバレてしまったが。
だが、リダンの天啓は自分から話さない限り他人にバレることはほぼ0%と言っていいし、日常生活での利便性は置いといて、他人の感情が分かるというのは強力な武器だ。何かを企んでいる人間がいればすぐにわかるし、無心で攻撃されない限り不意打ちも効かなくなる。まあ、人込みでは刺さってくる感情が分かりにくくなるから絶対ではないが。
「もうすぐカロス先生の研究室に着くよ」
どうやら、話しているうちに目的地はすぐそこまで来ていたらしい。天啓の研究というのがどんなことをしているのか気になるところだ。オレの知っている限り、施設では天啓の研究をしていなかったからな。まあ、研究したところで分かることは無いに等しいし、手間と実入りが合わない研究をする人間は少ないのかもしれない。
(そういえば、リダンは天啓の研究には興味ないのか?無関係じゃないだろ?)
(この忌々しい力について分かるなら興味も湧くが、研究したところで何も分からないだろう。実際、ここ数百年で天啓に関して分かったことはほとんどない)
(まあそうかもな。結果のでない研究をするのは相当なもの好きだけかもしれない)
少しして、ダルクがとある部屋の前で立ち止まり、扉を叩く。だが、中から反応はない。
「カロス先生、ダルクです」
ダルクが中に呼びかけるが、やはり反応はない。
「先生、入りますよ」
ダルクは中にいるであろう人物に声をかけてから扉を開ける。扉の先にあったのは散らかった紙の山だった。それ以外にも色々と散らかっていて、お世辞にもきれいな部屋とは言えない状態だ。なんなら汚いと言って差し支えないだろう。そして、そんな部屋の中で机に向かって何かを書いている30代後半くらいの男がいる。
「先生、またこんなに散らかして。少しは掃除するボクの身にもなってくださいよ」
「...」
「先生、ボクです。いい加減に気付いてください」
ダルクが男の肩に手を置くと、男はようやく気が付いたようで机から顔を離した。
「ん?あーダルクじゃないか。どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃないですよ。今日から新入生が研究棟に入れるようになるから、お邪魔するって伝えてましたよね?」
「あーそうか、今日だったか。すまんすまん、研究に集中しているとどうにも時間の感覚が曖昧になってな」
「はぁ、しっかりしてくださいよ。これ、差し入れです」
ダルクは持っていたショッピングモールの袋を男に渡す。
「ありがとな。ダルクが居て本当に助かってるよ」
「感謝してるなら、ちゃんと成果を出してくださいね」
「わかってるって」
どうやらダルクとこの男は前からの知り合いらしい。
「ところで、そっちの子は誰だい?」
「彼はクラスメイトのリダン・ブラックヘロー君です。エルトシャン様からマナの研究の手伝いをするように頼まれているらしくて、連れてきました」
「へぇ。リダン君ね。リダン、,,,、リダンって、リダン・ブラックヘローォォォ!?」
男は一瞬すんなりと受け入れたように見えたが、目の前にいるオレがリダン・ブラックヘローだと認識すると大声を上げて跳び上がった。完全に腰を抜かしている。
「リダン・ブラックヘローって、あの、誰彼構わず襲い掛かって潰しにかかるっていうあのリダン・ブラックヘローかい!?」
「オレはそんなことはしない」
「そうですよ、先生。彼はそんな乱暴な人間じゃありません」
「で、でも、噂ではとんでもない悪党だって聞いてるよ!ダルク、僕たち消されちゃうんじゃないの!?」
「大丈夫です。ちゃんと彼を見てください。何もしませんから」
そう言われて男はまじまじとオレを見つめる。今までも色んな人間に怯えられてきたが、ここまで大きいリアクションを取られたのは初めてだな。実際に結構恐怖を感じている様子だ。
「はぁ、はぁ、確かに襲い掛かってくる気配はない、な。...。すまない、取り乱してしまった」
「ごめん、リダン君。この通り、先生は慌てやすい性格なんだ」
「慣れているし、雑魚がどう反応しようとどうでもいいことだ」
「そう言ってくれると助かるよ。紹介が遅れたけど、こちらが天啓の研究をしているカロス先生だよ」
「あー、こほん。僕はカロス・アクセル。僕はここで天啓の発現に関する研究をしているよ」
「オレはリダンだ。天啓の発現を研究していると言ったが、具体的にはどのようなことをしているんだ?」
「基本的には、過去の文献を読みながら色々と仮説を立てて、天啓を持っていない人間に天啓を植え付ける実験をしているよ。体内のマナの流れをちょっといじってみたり、ワールドマナの濃いところで生活してみたりとかね。と言っても生物のマナの構造を大きくいじるのはエルトシャン様から禁止されているし、結果が出てないせいで予算も年々減っていく一方だから全然進捗はないんだけど。せめて天啓を持っている人を調べられたらいいんだけど、僕もダルクも天啓は持ってないし、そもそも持っている人なんてほんの一握りだし、持っている人なんて探しようがないから全然手がかりがないんだよねぇ。一応、エルトシャン様が天啓を持っているから、たまに協力してくれるんだけど」
「ちなみに、やっているのは発現させる研究だけか?例えば、新しい天啓を調査するような研究はしてないのか?」
「できるならやりたいんだけどねぇ。さっきも言ったけど、天啓を持っている人なんてそうそういないし、こっちから探す手段もないから、そんな調査できないんだよねぇ」
「なるほどな。大体は理解した」
「それで、研究に協力してくれるって本当?」
「それはまだ未定だ。エルトシャンからは、どの研究に携わってもいいと言われている。貴様の研究に他の研究に勝る魅力があるのなら、協力することになるだろう」
「そっかぁ。ちなみに、リダン君は天啓持ってる?もし持ってるなら調べさせてほしいんだけど」
「さっきそいつにも同じことを聞かれたが、貴様に教える必要はない」
「えー、いいじゃないか。君みたいなサンプルは貴重なんだって。お願いだよー」
「うるさいぞ」
「先生、今は諦めてください。それに、今年は他にも天啓を持っている人が入学していますから」
「それは本当かい!?」
「はい。同じクラスのナディア・シュトラール王女が、触れたモノのマナを感じられる天啓を持っているようです。恐らくは、『接触マナ感知』でしょう。それに、キスキルレッドのアイゼン・キスキル皇子もマナの量的に天啓を持っている可能性が高そうです。そちらの二人に依頼してみましょう」
「それは是非協力して貰わないとね」
「一応言っときますけど、無理矢理協力させようとしないでくださいよ?先生は夢中になるとたまに我を忘れることがありますから」
「大丈夫だって、その時はダルクに止めてもらうから」
「お願いですから、自制できるようにしてください」
このカロスという男は、かなりの変人のようだ。天啓の研究をしているからある程度のもの好きだとは思っていたが、中々に個性的な奴が出てきたな。
「今日のところは、オレはもう行く」
「えー!?もうちょっといてくれてもいいんだよ?」
「オレも暇じゃないんでな」
「じゃあ、ボクも一旦失礼します。この後はレナス先生のところに行く予定なので」
「わかったよぉ。じゃあまた来てくれよ」
オレはそのまま部屋を出て、ダルクはカロスに一礼してから部屋を出る。
「貴様とあの男は前から知り合いなのか?」
「そうだよ。ボクは昔からマナの研究に興味があったからね。10歳の時に初めてこの研究棟に見学に来てから、結構お邪魔させてもらってるんだ。おかげで、この研究棟には知り合いも多いよ。1番お世話になってるのは、カロス先生と、これから会いに行くレナス先生の二人だけどね」
なるほどな。この研究棟を利用する上で、このダルクという男は結構頼りになるかもしれない。あまり他人を頼るようなことは無いと思うが、一応覚えておこう。
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