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感情希薄なモルモットは二重人格者  作者: 識友 希
第1章「プロローグ」
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第3話「モルモットは世間知らず」

 さて、この状況をどう考えるべきか。少なくとも確定しているのは、リダン・ブラックヘローの体の所有権は、今はオレが持っているということだ。

 リダンの人格は消滅したのか、あるいはまだ意識が覚醒してないだけかはわからないな。もし前者だった場合には昨日考えたパターンの1つ目が正しかったということだ。

 後者の場合はオレの想定にはなかったが、なんらかの条件によってオレとリダンで体の所有権が入れ替わっていると考えるのが自然だろう。

 ならその条件とはなんだろうか。初日はオレに所有権があり、昨日はリダン、そして今日またオレに所有権が移ったことからいくつかの仮説を考えてみる。


 まず最初に考えられるのは、体が眠りにつくことで所有権が移るということだ。日付が変わると入れ替わる可能性も考えたが、それはすぐに否定された。初日にオレが眠ったのは午前2時過ぎだ。

 次に考えられるのは時間によって入れ替わるというパターン。これも可能性としては十分に考えられる。初日に就寝したのは2時、昨日は23時頃だったはず。そして昨日の起床時間は10時頃、現在は7時だ。つまり、2時から7時の間のどこかで体が強制的に入れ替わっている可能性がある。

 現時点で他に考えられる条件としては、周囲のマナの濃度や気温などの環境要因か、あるいは条件無しにランダムに入れ替わっている、などだろうか。

 リダンの意識がない時だけオレが体を自由に動かせるという可能性もある。何はともあれ、まずはリダンの人格がどうなっているのか確認する必要があるな。

 そう思っていると頭の中に声が響く。


(おい貴様、俺に何をした)


 リダンが怒り気味にオレに聞いてきた。とりあえず、仮説の1つは否定されたようだ。

 リダンが昨日のオレと同じ状況にあるならば、おそらく体が動かせないこの状況からオレの事を疑っているのだろう。


(オレは何もしていない。だが、どうやら今はオレの意思に従ってお前の体が動くみたいだ)


(ふざけるな。さっさと俺の体を返せ)


(そんなことを言われても、オレも何故こうなっているのかわからないんだ。当然、どうやったら体の所有権をお前に返せるのかもわからない)


(本当か?貴様は昨日から胡散臭すぎる)


(それは信じてくれ。そもそもオレがお前に何かできると思うのか?お前にとってオレは雑魚なんだろ?)


(...。...確かに貴様程度が俺をどうにかしてるとは思えないな)


(オレもこの状況に混乱しているんだ。とりあえず、昨日と同じように現状を整理しよう)


 そう言うとリダンは一応は納得したのか、それ以上の追求はしてこなかった。オレが状況を理解できていないっていうのも半分は本当だしな。


(今ある情報だけで考えると、なんらかの条件を満たした時に体の所有権が入れ替わる可能性が高い。そしてその条件として有力なのは、現状では睡眠と時間だと考えている)


(昨日眠る時には俺に所有権があって、目覚めた今は貴様に所有権があるからだな)


(ああ。この件に関してはまた明日になればもう少し色々とわかるはずだ。まあ、どうせ今日は昨日と同じように書斎で調べ物をするだけだし、問題も少ないだろ)


(問題はあるが、言ったところで解決するわけでもないか...。貴様ごときが俺の体を自由にできるのは許せないがな)


(我慢してくれ。変なことはしないと約束する)


(当然だ。その時貴様の命はない)


(それは勘弁してくれ。まあ、何かしたところでお前の名誉が今以上に落ちることもないだろ)


(どうやら死にたいらしいな)


(そんなに怒るなよ。事実なんだから)


(貴様に調子に乗られるのが気に食わないだけだ)


(いちいちプライドが高いな、ほんと)


 こいつとの付き合いはまだ2日目だが、資料である程度知っていたこともあって、どんな奴なのかは少しずつ分かってきた気がする。


(じゃあ今から書斎に行くが、いいよな?いや、その前に町で朝食を買っておくか)


(いいだろう)


 今日の方針は決まったが、オレは新しく発生した問題に頭を悩ませていた。それは、今日か明日に接触してくるであろう施設の関係者にどう対応するかということだ。

 昨日の段階ではこの体の所有権はリダンにあったから、リダンに対応させれば問題ないと考えていた。だが、オレに所有権がある状態で接触されると、オレは正しく対応する自信はない。

 実験が失敗したことにして、リダンのふりをしてやり過ごすのがいいと思うが、オレは演技の練習なんてしたことはないからやはり多少の違和感は持たれてしまうだろう。


 *


 約半日後、オレは書斎にある全ての本の確認を終えた。とは言っても全ての中身を読んだわけではなく、関係なさそうなものは表紙と目次くらいしか確認していないが。まあそれを差し引いてもかなり早く終わらせられたと思う。

 施設では色々と読まされていたこともあって、オレは文字を読む速度には結構自信がある。

 とにかく、この書斎にはオレ達が求めていた情報はないらしい。そもそも、オレのほうはこの状況の原因はある程度わかっているため、情報を探しているのはリダンに対する建前というところが大きいが。


(この書斎では何も得られそうにないが、これからどうする?)


(貴様の元の体の場所に案内しろ。それを壊せば、貴様が消えてくれるかもしれん)


(その物騒な発想はやめてくれ。というか、オレの元の体を探すのは難しいと思うぞ。オレは自分がどこに住んでいたのか知らないからな)


(下手な嘘をつくな、貴様自身のことだぞ。知らないはずがない)


(本当に知らないんだ。住んでいた場所から出たことがなかったし、誰も教えてくれなかった。知っているのはシュトラール王国のどこかということだけだ)


(...。...ふん。信じたわけではないが、今はそういうことにしてやろう)


(それで、他に何か当てはないのか?)


(今すぐは何もないが、当てがない訳ではない)


(というと?)


(この大陸で一番情報が集まるのは、大陸中央にあるレスト領だ)


(レスト領?)


(まさか知らないのか?)


(オレの住んでいたところは世間から隔離されていたからな。正直この世界のことはほとんど知らない。この国のことですらあまり知らないくらいだ)


 これは本当のことだ。オレは先生からある程度の教育は受けていたが、基本的には魔法に関すること以外は教えてもらえなかったし、この世界のことなんてほとんど何も聞いていない。


(貴様のような無知を相手にするのは疲れるな)


(いちいち嫌味を言う必要あるか?)


(貴様のせいでストレスが溜まっているんだ。文句を言うな)


(ストレスが溜まっているのは普段からだろ。周りから痛い視線を向けられているんだから)


(貴様は運がよかったな。もし貴様が俺の体にいなかったら100回は死んでいるところだ)


(それは怖いな。まあ悪かったから、そのレスト領について教えてくれないか?)


(さっきも言ったが、レスト領は大陸中央にある。治めているのは500年前の四英雄の一人であるエルトシャン・レイドという男だ。領地こそ他国より小さいが、領主のエルトシャンの影響で大陸で一番力があり、シュトラール王国、キスキル帝国、トリスカーナ連合国の仲を取り持っている。この500年間、国同士で大きな争いがないのもエルトシャンの存在が大きいらしい。当然この3国から様々な情報が入ってくるから情報の質も間違いなく大陸一だろう)


 また知らない単語が出てきた。四英雄やエルトシャン、キスキル帝国、トリスカーナ連合国という言葉をリダンは知ってて当たり前のように使ったが、オレは初めて聞いた。

 そもそもオレはシュトラール王国のことも、リダンに関する資料を読むまでは全く知らなかった。

 色々と聞きたいことがあったがとりあえずは一番気になった点について聞いてみる。


(待ってくれ。その四英雄のエルトシャンという人物をよく知らないんだが、500年以上生きてるのか?そもそも四英雄ってなんだ?)


(本当に何も知らないんだな貴様は。四英雄というのは500年前にあった人魔戦争において圧倒的な活躍をした、レスト・アストラム、エスト・シュトラール、マリア・キスキル、エルトシャン・レイドという四人の人物のことだ。エルトシャンはこの人魔戦争の際に作られたロイヤ族という種族で、この種族は約1000年生きると聞いている。まあ、実際に1000年生きたロイヤ族がいるわけではないらしいから、実際の所は分からんがな)


 更に知らない単語が色々と出てきた。人魔戦争にレスト、エスト、マリアという人物、それに人魔戦争で作られたというロイヤ族。

 キスキル帝国やシュトラール王国、それにレスト領というのは、名前からしてこの四英雄が作ったということなのだろうか。あるいはその四英雄にゆかりのある土地なのか。


(更に知らない単語が出てきたな。これ以上聞くときりがない気がするから、気になるがそれは余裕ができたら自分で調べることにするか)


(俺も貴様の無知に付き合うのは御免だ)


(それで、そのレスト領とかいう場所に伝手はあるのか?)


(レスト領では15年前からエルトシャンによって学園が運営されている。毎年15歳になった子供の中から才能のある人間を招いて教育しているらしい。そして当然俺にもその話が来ていて、予定通りに進めば俺は来月からそのレスト領の学園で1年間過ごす事になる。そこの学園にはレスト領で一番大きい図書館があるらしいから、そこでなら情報が手に入る可能性は高いだろう)


(なるほど、それなら確かに有力な情報が手に入りそうだな)


(入学までは1週間と少しあるが、まあその間くらいは貴様の相手をすることも我慢してやろう)


(そうしてくれ。どうしたって後1週間以上はこのままの可能性が高いんだ。いがみ合っても居心地が悪いだけだから仲良くしていこうじゃないか)


(勘違いするな。馴れ合いをするつもりはない)


 オレなりに少しフランクに接してみたが、リダンにバッサリと斬られてしまった。


(それにしても、お前が学園に通うのか。オレも通ったことはないからどんなところかは良く知らないが、お前が上手くやっていける場所とは思えないな)


(同感だが、貴様に言われるのは腹が立つ。死ぬ覚悟はできているな?)


(オレはしばらくお前の体から出られそうにないな。体から出たら即消されそうだ)


 *


 そうしてオレ達は書斎を出て、昨日と同じように夕食を買うために町に行くことにした。


 やはり、町は周囲の人間の視線が痛い。それにしても、昨日と今日の朝、そして今改めて町で視線を浴びて感じたが、明らかに視線が物理的に痛い気がする。


(なあ、お前ってもしかしてなにかしらの天啓を持ってるんじゃないか?)


 天啓とは、マナ含有量が多い人間に稀に発現するものだ。他の人には視えないものが視えたり、他の人が感じ取れない感覚を感じることができる。施設にいた頃のオレも天啓持ちだった。といっても、前の体を失った時にその天啓も失ってしまったようだが。


(...。何故そう思った?)


(周りの視線がやけに痛い気がするんだ)


(やはり貴様も感じるのか)


(ほんの少しだけどな。最初は気のせいかと思ったが、少しずつ鮮明に感じるようになってきてる)


(俺の体に入っているから軽度の影響を受けているということか)


(多分そういうことだろうな。それで、どんな天啓なんだ?)


(そこまで貴様に話すつもりはない)


(しばらくはオレもこの体で過ごすんだから、知らないと困るかもしれないだろ)


(ならば勝手に困っていろ)


 そんな話をしていると、ふと強烈に突き刺さる視線を感じた。他の町の住人や使用人たちが向けてくる視線とは違う、明らかに特異な視線だ。

 この視線の正体として最初に思いつくのは施設の関係者の可能性だ。タイミングとしては違和感はないし、この特異な視線にも説明がつく。

 だが、決めつけるわけにもいかない。まずはリダンに心当たりがないか聞いてみるか。


(今、明らかに特異な視線を向けてきている奴がいるが、知ってる奴か?)


(知らんな。まあ、俺に突っかかってくる奴や俺を狙ってくる奴は珍しくはない)


(なるほどな、それでどうする?)


(何もしてこないなら放っておけ。俺だってなんでもかんでも事を荒げるつもりはない)


 その返答にオレは内心少しだけホっとしていた。施設の関係者かもしれない奴に自分から関わりに行きたくない。


 しばらく無視しているとその視線を感じなくなった。とりあえずは今すぐ接触してくるつもりはないらしい。オレは予定通り夕食を買い、そのまま屋敷に帰ることにした。


 リダンの部屋に戻ってきたオレは、まずは部屋にある時計を見て時刻を確認する。現在の時刻は21時過ぎだ。


(とりあえず1週間は何もできないが、お前はどうするつもりだ?)


(どうするもなにもない。何もできないならいつも通りに過ごすだけだ)


(いつも通りって何するんだ?)


(貴様に教える必要はない。そもそも、貴様の仮説通りなら明日は俺に所有権がある。そのうちわかるだろう)


(それもそうか)


 明日は施設の関係者が接触してくる可能性が高い。できれば屋敷でおとなしくしていてほしいが、こちらの事情を話すわけにもいかないからオレには何もできないだろう。

 そもそも話したところでこいつがオレの言う通りに動くとも思えない。

 まあ今できることは何もないし、今日は早めに寝ることにしよう。

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