第2話「モルモットと嫌われ者」
とりあえずは状況を整理しよう。
昨日オレは転生魔法を発動し、夜の間はこのリダンの体の中に入り自由に体を動かすことができた。
その時はリダン本人の人格は確認できなかったし、違和感もなかった。しかし朝起きてみるとオレはリダンの体を動かすことができず、別の人格が体を動かしている様子だ。
これがリダン本人なのか第3の人格なのかは今のところ不明だが、仮にリダン本人なのであれば、昨日発動した魔法は不完全だったということになる。
そして、今この体を動かしているやつは誰かに対して正体を現すことを要求している。こいつはオレのことを認識しているのか、あるいは別の誰かに問いかけているのか、それは分からない。
オレに話しかけていると確信できない以上は一旦様子見で無視するのが得策か。一応、こいつが虚空に向かって話しかける痛々しいやつという可能性もあるしな。
「おい、俺を無視するつもりか?今無礼なことを考えている貴様に聞いている」
オレの心の声を聞かれた?
いやそう考えるのはまだ早計だが、少なくともオレに話しかけている可能性は高くなったな。どこまで話すかは考える必要があるが、返答はするべきだろう。
しかし、返事をどうやってすればいいのか分からない。とりあえず適当に念じてみるか。
(オレに言っているのか?)
「っ!!頭の中に直接声がするな。テレパシーか?貴様はどこにいる?」
体を動かしている人格は一瞬驚き、だがすぐに冷静になってオレの居場所を聞いてきた。とりあえずはこれでコミュニケーションがとれそうだ。
こいつは誰かがいることは認識できているが、どこにいるのかはわかっていない様子だ。まあ、状況を理解する必要もあるし、多少ごまかしつつある程度説明するのが賢明だろう。
(オレはお前の中にいる)
「俺の中?貴様はふざけているのか?」
(そのままの意味だ。オレは今お前の体でお前の見ているものを見て、お前の聞いているものを聞いているみたいだ。体を動かすことはできないけどな)
「にわかには信じられないな。仮に本当だったとして、貴様は何の目的で俺の中にいる」
(なんでこんな状況なのかはオレにもわからない。昨日、普通に自分の体で眠りについて、気が付いたらこの状況だった)
「その割にはだいぶ落ち着いているようだな」
(あまり焦りが表にでないタイプってだけだ。それよりもこっちもいくつか聞きたい事がある。まず、お前は誰だ?)
「貴様に答える必要はない」
(お互い、この状況を理解する必要があると思わないか?)
「では貴様が先に教えろ」
そう言われ、オレは言葉に詰まった。オレが何者か、というのは意外と答えるのが難しい。
とある実験施設で実験体をしていたと言っても理解されるかわからないし、素直に答えるとそれだけで施設に連れ戻されるリスクは跳ね上がるだろう。
そもそも、オレの名前はオレ自身しか知らないだろうからあってないようなものだ。他にも施設での個体名ならあるが、それは名前ではないしそれを名乗るのは抵抗がある。
まあ本当の事を言う必要もないし、適当に名乗るか。
(オレの名前はレイだ。シュトラール王国の辺境の名もない場所で暮らしていた)
「...。まあいいだろう。俺はリダンだ」
(リダンってリダン・ブラックヘローか?)
オレはさも何も知らないかのような態度をとる。オレの事情がバレるわけにはいかないからな。
「辺境に住んでいたくせに俺を知っているのか?」
(まあお前の悪名は王国内では有名だからな。ブラックヘロー伯爵家の悪魔の子だったか)
「俺をその名で呼ぶな。次呼んだら貴様を消すぞ」
(不快にさせるつもりはなかったんだ。確認がしたかっただけで)
「ふん」
こいつがリダン・ブラックヘロー本人であることはほぼ間違いないようだ。
ただ、悪魔の子という呼び名を本人が気にしているというのは意外だったな。資料を読んだ限りではこいつはそういうことを気にしているという印象は持たなかった。
まあ、そこまで詳細な情報が載った資料ではなかったし、そんなものか。
(じゃあ、ここはシュトラール王国のブラックヘロー伯爵家ということでいいのか?)
「そうだ」
(さっきオレがいることに気が付いたのは何故だ?お前の中にいるオレに気付けるはずはないと思うんだが)
「それこそ貴様に教える必要はない。それは現状を知るために必要な情報なのか?」
(この不可思議な状況を解決するために必要になるかもしれないだろ)
「...。人よりも感覚が敏感なだけだ」
(なるほど。ちなみに、オレの考えていることが筒抜けになっているということはないよな?)
「そんな事分かるはずがないだろう。そもそも貴様の考える事などに興味などない」
今はこれ以上聞き出すのは無理か。まあ、最低限の情報は得ることができたから良しとしよう。それよりも、これからどうするのかを考えないとな。
(これからどうする?このままってわけにもいかないだろ)
「そうだな。四六時中貴様の声を聞いて過ごすというのはごめんだ」
(まあこの体の持ち主はお前だし、できるだけ静かにしとくようにする。とりあえず、この現象について調べたいんだが何か当てはないか?書物でも人でもいいが)
「書物に関してはもしかしたら屋敷の書斎になにかあるかもしれない。まあ、俺が把握している限りでは有力な情報がある確率は低いと思うがな。人の方に関しては当てはない」
正直、人の方の当てがないのは助かるな。この状況を下手に人に知られると施設の奴らにばれるリスクも当然大きくなる。
(ならまずは書斎か。ちなみに、人の方の当てがないのは嫌われているからか?)
「消すぞ」
(悪い悪い。でも、ちょっとからかっただけじゃないか。ていうかオレはお前の中にいるんだから消すことはできないだろ)
「黙れ。雑魚が調子に乗って舐めてくるのが一番むかつくんだ」
(ひどい言い草だな。そもそもオレのことを知らないんだからオレが雑魚かどうかなんてわからないだろ。もしかしたらめっちゃすごいかもしれないじゃないか)
「ならそのすごい所を見せてみるんだな」
(ごもっともで)
そこで会話は終わり、リダンの自室を出て書斎へ行くことになった。書斎には自由に出入りできるらしい。
屋敷内には使用人と思わしき格好をした人間が何人か見受けられた。
そんな中で、使用人とは違う格好をした1組の男女を前方に発見する。男のほうはすれ違う際にリダンを軽く睨みつけ、女のほうは怯えた様子でこちらを見ることもしなかった。今の二人は確か資料で顔を見たことがあるな。
(今すれ違った二人は誰だ?)
「...」
一応確認のためにリダンに聞いてみたが、リダンは嫌な顔をするだけで答えてくれなかった。
(無視しないでくれよ)
「ここで話したら俺が独り言を言っているように見えるだろう。そのくらい理解しろ」
少し間をおいて周りに人がいなくなると、小声でそう返事をしてきた。
(そっちも念じればこっちに声が届くんじゃないか?)
そう伝えてみると、すぐに返事が返ってきた。
(聞こえていたら返事をしろ)
(大丈夫だ。しっかりと聞こえてる。これで人前でも問題なく会話できるな)
(不本意だがな)
(まあそう言うなって。ところでさっきの話だけど、あの二人は誰なんだ?男のほうはお前を睨んでいたし、あまり良い雰囲気じゃないよな?)
(男の方は俺の義兄のルフトで、女の方はあいつの従者だ。女の名前は知らん)
(家族とも上手くいってないんだな)
(黙れ)
それから書斎につくまでの間、会話はなかった。
それにしてもさっきのがブラックヘロー家跡取りのルフトか。資料にも載っていたがよほどリダンのことを嫌っているみたいだから、一応注意しておく必要があるかもしれない。
女のほうは確かカノンという名前だった。詳しい経緯は知らないがマナ含有量の多さを買われて従者になったらしい。
しばらくして書斎につくと、オレは驚いた。悪い意味でだが。
蔵書数が想像していたよりも遥かに少なかったのだ。これでは現状を解決する情報が載っている本を見つけられる確率はかなり低いだろう。
(さて、どうするつもりだ?俺は小さい頃からここの本をいくつか呼んでいるが、少なくとも俺が知っている範囲では有力な情報はここにはないぞ)
(なんでもいいから使えそうな情報を探すしかないだろ。ここにないならば別の方法を考えればいい)
そうして、二人でこの状況に関係しそうな本を探した。といっても、体を動かせるのはリダンだけのためほとんど一人で探しているようなものだったが。
本を探し始めてしばらく経った頃、ふと空腹感が襲ってきた。書斎にある時計を確認すると18時前を示している。作業を始めた時は午前中だったから、いつの間にか、かなりの時間が経っていたらしい。
(そろそろ腹が減ったな)
(貴様はその状態でも腹が減るのか)
(どうやらそうみたいだ。食事はいつもどうしてるんだ?)
(金だけもらっているから外で適当に買っている)
外という言葉に少しだけオレの胸が躍った気がした。そんな自分をらしくないと思いながら、リダンに1つ提案してみる。
(じゃあ、今日はここまでにしないか?このペースなら明日にはここの本はすべて確認できるだろうし、外に食事を買いに行こう)
(貴様の言う通りにするのは癪だが、そうすることにしよう)
*
それからリダンの部屋に戻り、金を持ってブラックヘローの屋敷がある町へと繰り出した。
オレは初めての外の世界に少しだけ期待を寄せていたが、その期待はすぐに打ち砕かれることになった。
(屋敷にいたときから使用人の視線が痛かったが、町に出ると更にひどいな。実際に視線が刺さってくるみたいに肌がなんだがチクチクする)
(文句を言うな。雑魚どもが勝手に怯えているだけだ)
(お前が言っていた感覚が敏感ってのはこれのことか?)
(答える必要はない)
(これはお前がそんな歪んだ性格になったのも理解できるな)
(貴様の性格もなかなかにひどいものだがな)
そんな軽口をたたきながら町を少し歩き、適当に食べ物を買って食べながら屋敷に戻ることにした。
オレとリダンは味覚も共有しているみたいで、オレにも味わうことができたし、満腹感も得ることができた。
ちなみに、初めて食べた施設外での食事は、慣れた味とはまったく別のものだった。なんというか素材の味がした気がする。もしかしたら、施設の食べ物には薬か何かが入っていたのかもしれない。
屋敷に戻り自室に着いた頃には時刻は21時過ぎだった。リダンは他にやることがないのか、就寝の準備を始める。一方のオレはというと、今後について考えていた。
まずは、この状況をどう見るべきか整理する必要がある。実験に関しては半分成功して半分失敗したという感じだろうか。今後想定されるパターンとしては大まかに4種類考えられる。
1つ目は、まだ転生魔法の効果が完全に適応されておらず、時間をかけてリダンの人格が追い出されていき完全にオレが体の所有権を得られるパターン。
2つ目は、転生魔法によって一時的にオレの人格がリダンの中に入ることができたが、これからオレの人格が追い出されるパターン。
3つ目は、このまま一生変化しないパターンで、4つ目は、時間をかけてオレ達の人格が1つになっていくパターンだ。
1つ目や2つ目のパターンの場合には、それほどの問題はない。1つ目の場合にはオレは当初の計画通りにこの体で施設の手の届かない場所まで逃げるつもりだ。
仮に2つ目のパターンの場合でも、オレはオレが消えることは受け入れるつもりでいる。まあ、少しだけ施設の外の生活を知ってしまった今は、ほんの少しだけ死ぬのは未練が残るが、それだけだ。
3つ目のパターンは少し困るな。一生体を動かすことができずに捕らわれているようなものだ。施設にいた頃とあまり変わらない生活になる。
4つ目のパターンは正直想像することが難しい。人格が1つになった時にどれくらいオレの自我が残っているのかわからないからだ。なんにしろ、これも面倒なパターンの1つだな。
それからこの体の人格についても重要だが、施設の奴らの接触をどうやり過ごすかも考えなければならない。この状況だと遠くに逃げることもできないから、あの白衣の男が寄越すといっていた迎えの者との接触は避けられないだろう。
ただ、これについては今日の1日で解決の糸口が見つかった気がする。要するに、実験が失敗してオレの人格が消滅したと思わせることができればいいはずだ。
リダンに素の状態で施設の奴らの相手をさせれば、リダンの中にオレの人格はないと判断してリダンとオレから手を引くだろう。
*
翌日目を覚ますと、オレはまたしても体に異変を感じていた。といっても今回の異変はいい異変だったが。
オレはリダンの体を自由に動かすことができていた。
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