表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1901年
87/361

‐‐●1901年春の第二月第一週、カペル王国、アビス2‐‐

「鐘楼が、あんなに低いところにあるぞ……!」


 僧兵と魔術騎兵を含む乗組員達は、空から見下ろすアビスの光景に思わず歓声を上げた。慣れ親しんだ教会や、億劫な朝課をした大聖堂が、今は米粒ほどの大きさしかない。かつてあれほどもどかしかった市壁も、今は小さなパスタぐらいの太さに見えた。


「町のみんなはこれをどう見てるんだろうなぁ……」


 僧兵の一人が呟いた。アビスの街を見下ろしながら、騎士の一人が答える。


「それはもう、あれだけ神秘的に演出したんだ。膝をついて祈っていることだろうよ」


 僧兵はおお、と歓声を上げ、町に向かって手を振る。飛行船はゆっくりとプロペラを回しながら、ヴィロング要塞のある東側へと旋回した。

 船内は広くはない。巨大な鉄球や小さな爆弾が所狭しと押し込まれているため、船員は大きさに見合わず僅かな人数である。

 まず元海軍の操縦士が先頭で舵を切る。魔術騎士は彼の軌道変更を魔法や風向、風速の調整で補ったり、気嚢の外皮が傷ついたり風に煽られて事故を起こさないように、船内の法陣術で保管できない補助的な機体維持を行う。

 僧兵は教会で培った精巧な算術に従って、鉄球や爆弾の落下位置を観測して攻撃の指示を出す。そして、技術者としてエストーラとウネッザの非戦闘員が一名ずつ同伴する。


 処女飛行当日の空は荒れた様子もなく見事な快晴で、アビスからそれ程遠くはないヴィロング要塞の様子も、少し前進すれば見えてくる。見晴らしのいい草原地帯は、飛行船の眺めを最高に心地の良いものにした。


「あ、ヴィロング要塞だ。こう見ると小さいなぁ」


 僧兵が呟く。騎士たちが大袈裟な仕草でこれに答えた。


「きっと同志たちも驚くに違いないよ!こんな高いところでは、とてもではないけど攻撃が届かない」


 技術者二名は顔を見合わせて肩を竦める。


 ヴィロング要塞目掛けて、黒い砲弾が撃ち込まれていた。高射砲の遥かな射程も、飛行船の乗組員からすれば見おろす位置にしかない。


 やがてヴィロング要塞のごく近い場所に、塹壕が見えてくる。鮨詰め状態の塹壕の中には、米粒大よりもさらに小さい、彼らの同志の姿があった。


「敵陣はあっちだ、よし、準備してくる」


 僧兵は計算盤を取り出して、駆け下りていく。技術者二名が爆弾や鉄球を慎重に僧兵のいる排出口に運び込む。操縦士は僅かに船体を斜めに向けて下降させ、敵の射程ぎりぎりの位置まで下降した。


 下降してもなお、人の姿は米粒大である。プロアニアの陣営には奇妙な形の、牽引用の馬がいない馬車が疎らに置かれており、カペル王国出身の僧兵は首を傾げた。勿論、それらは自動車のことであったが、彼らの中にある最新の動力は国内ではナルボヌで初めて開発された蒸気機関である。僧兵は先ずは高射砲の砲口に向けて一つ、鉄球を落としてみることにした。


 手始めの鉄球は高射砲を僅かに逸れ、背の高い草が生い茂る草原地帯へと落下する。そこには機関銃を構える兵士達もいたはずだが、僧兵は外したことに少しがっかりして、再び高射砲目掛けて鉄球を落とした。


 落下した鉄球は高射砲の放った砲弾とすれ違い、再び草原地帯に落下する。僧兵は諦めて、操縦室に顔を覗かせた。


「おうい、あのテントを狙った方がよさそうだ!」


「ラジャ、そっちへ向かおう」


 操縦士が短く言うと、飛行船はゆっくりと旋回してプロアニアの本陣の上空周辺を飛行する。


 僧兵が狙いを定めて爆弾を放り投げると、本陣の上部で爆弾が炸裂し、被弾した本陣が炎上して崩れていく。


 慌てて飛び出してきたプロアニア兵目掛けて、僧兵はなりふり構わず鉄球を投げ落とした。


 僧兵が攻撃を続けるさなか、飛行船の背後で凄まじい爆発音が起こる。騎士が爆心地に視線を向けると、先程塹壕のあった場所の一部が、凄まじい土埃を巻き上げながら崩落していた。巨大な蛇の中腹当たりは見事に倒壊し、草原地帯から次々に機関銃や小銃を抱きかかえた兵士達が駆けだしてくる。それを目の当たりにした騎士は、僧兵に向けて声を荒げた。


「塹壕が壊された!プロアニア兵を抑え込むぞ!」


「あまり速度を出すと機体が変形して壊れますよ」


 即座に技術者が答える。騎士が肩を怒らせながら技術者の胸倉をつかむと、下部から僧兵が顔を突き出した。


「俺たちはプロアニア本陣に攻撃を加える!それが一番、効率がいいだろ!」


 騎士は舌打ちをしてウネッザの技術者を突き放す。バランスを崩した技術者が尻もちをつくと、僧兵が足元で謝罪のジェスチャーをして潜っていく。飛行船は本陣周辺を旋回しながら、手当たり次第に人工物目掛けて鉄球や爆弾を落としていった。


 背後にある塹壕の砂埃が落ち着く頃、前進をしたプロアニア軍の兵士達も、少なくない数が地面に突っ伏して動かなくなっていた。


「航行時間の限界です。ヴィロング要塞の裏手に退避しましょう」


 エストーラの技術者が言う。「ラジャ」と短く答えた操縦士が、舵を切って飛行船を旋回させる。空を覆う不気味な暗い影は、難攻不落の要塞に向かって、静かに立ち去っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ