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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1901年
86/361

‐‐●1901年春の第二月第一週、カペル王国、アビス‐‐

 朝焼けに燃える不滅の炎が、一日の始まりを祝福する。朝課の鐘が鳴り響く大聖堂の中で、司祭たちが祈りの口上を唱える。昇りゆく朝日がステンドグラスに差し込むにつれて、赤みがかった色彩のまま、七つの聖遺物を収める壮麗な大聖堂に差し込む。それは長椅子を埋め尽くす司祭や遍歴修道士、敬虔な庶民たちを祝福する。神と天界の理想郷を描いた巨大な天井画が、地上の光に当てられて主張を強める様は皮肉なことだが、人々はただ前を向き、熱心に祈りの口上を唱える。


 軍神オリエタスへの讃美歌がカペラの讃美歌に続いて唱えられるのは、およそ二世紀ぶりであっただろう。朝課の祈りが終わると、説教台に背の高いミトラを被った教皇オルクメステスが現れる。彼は静かにこめかみを押さえて祈りの仕草をする。一瞬の静寂の後、教皇は静かに姿勢を正して敬虔な人々を見回した。


「えー、皆様。世の中は混沌として明日の光も見えないありさまでありますが、地上に遍く降り注ぐ光は所を選ぶことなくあるように、我々を常に照らし、祝福して下さるのです。本日は、巨大な欲望の渦が、人々に災厄を齎した逸話、聖典の第8巻第12幕に描かれた神との約束、誠実な人々への救済のお話に準えて、この厳しい戦いへの私からの説教としたいと考えております」


 聖典を捲る音が響く。分厚い総合聖典は字が細かく、人々は前屈みになって該当の章を探さねばならない。1分ほどの間をおいて、オルクメステスは逸話の簡単な説明を始めた。


「敬虔な皆様は周知のとおり、神の言葉は常に私共を祝福して下さるのですが、それを裏切るのは常に卑しい人間たちなのです。まだ日の昇る大地で人々が平和に暮らしていたころ、一人の欲深い男が、人から脅しや暴力を用いて金品を奪っておりました。この欲深い男は莫大な財を成し、この財のまやかしの黄金に目をくらませた人々が集います。そして、力を付けた男は王国を打ち立ててしまうのです。その王国は神の教えに背くものでありました。何故なら、彼が財を成したのは隣人から奪ったためであり、そうした行為を王国が拝して隣人から奪い始めた為です」


 人々は聖典の文字を指でなぞりながら、説教台の上を見上げる。神々しい星玉と呼ばれるトパーズを背後にして、ミトラは採光窓から降り注ぐ光の筋を受けている。劇場のような光の柱は、最高神ヨシュアのイコンである放射の窓枠で象られている。

 それは宛ら、神と教皇の正しい関係を示すかのようであった。


 オルクメステスは静かに続ける。説教台に手を乗せた彼は、高ぶる感情を押さえながら、聴衆の顔を見回した。


「隣国から奪った財の為に、彼らはますます栄えました。酒に溺れ、道端では暴力三昧、神々が怒るのもまた致し方ないことでしょう。彼らは財を成したのではなく、罪を成したのであります。ある時この王国に、巨大な暗雲が垂れ込めます。神をも恐れぬ人々は、空など見るはずもありません。地上の快楽に溺れていたのです。暗雲からは激しい雷鳴と嵐が押し寄せ、終には炎さえ降り注ぐ始末でした。鉛の玉も降り注いだことでしょう。あらゆる形の罪に対して、あらゆる形の罰を、神は下したのです」


 その時、採光窓に一瞬影が射した。人々が動揺し、どよめきを起こす。オルクメステスは再び光の柱のもとに立ち、大聖堂の扉を、錫杖で指し示した。


「この罪深き国は滅びました。それは今のプロアニアによく似ているとは思いませんか?恐れることはありません。邪悪は討ち滅ぼされ、悪が栄えた例などない。今、私達は、ギフトを受け取ったに違いないのです」


 僧兵達が扉を開ける。人々は空を見上げ、大きな歓声を上げた。

 純白の、均整の取れた楕円が、上空を悠然と漂っている。空を覆いつくす巨大な白は、アビスの上空から悠然と、ヴィロング平原の要塞へと方向転換をした。


「鯨だ、空の鯨だ!」


 一人が叫んだ。真っ白な楕円の飛行体は、小さな腹鰭を持っている。太陽が赤から白へとその光の色を変えると、一般市民たちが空に浮かんだ影の正体を見ようと路地へ飛び出してくる。


「我らをどうか守り給え、我らの子を守り給え!」


 一人が手をこすり合わせて祈る。冷たい石畳の上に膝をついた彼女に倣って、一人、また一人と、空を泳ぐ鯨目掛けて手を合わせた。彼らは祈りの口上を暗唱する。城壁よりも、鐘楼よりもなお高い場所を泳ぐそれは、祝福を一身に背負い戦地へと向かっていく。


 カペル王国最初の近代兵器である飛行船は、空を優雅に漂いながら、処女飛行を始めたのであった。


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