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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1901年
81/361

‐‐●1901年春の第二月第一週、カペル王国、ヴィロング要塞2‐‐

 仄暗い地下壕に、地上の着弾音が響き渡る。凄まじい地鳴りと共に、僅かに天井から土が崩れた。


 若い騎士たちは戦線の真下にいる。敵の射程に入らずに攻撃をすることは困難なので、彼らは地下に穴を掘り、ぎりぎりの射程に入り込んで様々な攻撃を繰り出していた。


 地上の地響きを頼りに、時に後退をする敵軍に苦慮しながら、激しく揺れる光のない地下で、ひたすら攻撃用の魔法を唱える。魔術師の中での練度は高くないが、彼らは若さに任せてひたすら威力の高い魔法を使い続けるのである。


「疲れたぁ……」


 一人が呟く。魔法を使い終えた一人が壁面を指さした。


「そこに土竜の穴があるぞ」


 陰気な地下壕に、濾過された水滴が滴り落ちる。土竜の巣穴を見つけては、休憩がてらこれを埋め立てる。それほどに、彼らは『向こう側』が見えることを恐れていた。敵が地下から穴を掘り、塹壕の真下を目指して掘り進め、ばったりと遭遇してしまう可能性も、否定できないのである。


 騎士の一人が壁面にイヤートランペットを押し付けるのもその為である。彼らは身なりこそ立派だが、弾丸の前にはひとたまりもない。


「あ……敵、後退したっぽいな」


 一人が呟くと、小さな舌打ちが零れる。向こう側の音を気にかけていた騎士が一度退避すると、詠唱を始める。他の騎士たちは壁際から逃れ、持ち寄った携帯食を食べる。地上では再び轟音が響き、ぱらぱらと土が落ちてくる。


「戦争が終わったらさ」


 一人が天井を不安げに見つめる。再び地鳴りがし、地上から土が降り注いでくる。


「うん」


「草原ごと落ちてきたりすんのかな」


「なんだそりゃ」


 騎士たちは苦笑する。彼らにとって地表の出来事は、それほど親しいものではない。彼らの戦場はこの地下壕であり、敵も味方も、この場所に来る者は一人もない。まして地上の下級兵などは、面識すらほとんどない。


「あーあ。俺、もっと馬上槍試合みたいなの期待してたのになぁ」


 彼らが愚痴をこぼすうちに、強烈な爆発音とともに、壁面が吹き飛ぶ。メットの内側にある耳を叩きながら、イヤートランペットの男がすたすたと近寄ってきた。


「弾幕の中を風のように駆ける騎士?」


「ロマンティックでカッコいい」


 彼らはゆったりとした速度で前進する。ぽっかりと開いた空洞には、岩石の欠片が散らばっている。

 土竜の穴埋めに勤しんでいた男が、鋭い岩を選別して隅に寄せる。その後を続く男は、手を伸ばし、踊るように前進した。


「やぁやぁ、我こそは、花のカペルの誇り高き騎士……!」


 迫真の声を響かせて、一人が壁面に躍り出る。仲間が笑いながら、合いの手を入れた。


「そこに在るのは重い鎧と、錆びた剣を持ちし男。土竜に跨り大地を掘りて、けたたましく声を響かせる」


「おい!」


 これまで以上に強く、地下壕に声がこだまする。イヤートランペットの男も、思わず鼻を鳴らして笑う。


「この洞穴、劇場よりもよく響くな」


「だったらコンサートだ」


 滴る水滴の音に倣って、彼らは足でリズムを取り、各々の好きな詩歌を口ずさむ。土竜の穴を埋めながら危険な岩をどかす男は、故郷に帰る老騎士の歌、壁面に耳を澄ます男は、遍歴職人ティルの滑稽話、馬上槍試合が好きな男は、塔の姫君を救う冒険譚、合いの手が好きな男は、法螺吹きジョージの一代記。それぞれの声が混ざり合い、宛ら魔術師の詠唱の如く重なり、時には沈黙が訪れる。地面に砕けた岩の塊がなくなると、彼らは歌うのをやめて、地上の地鳴りを確かめる。


 耳を澄ませば水の滴る音が、一定の間隔で起こるだけだ。岩の上に落ちた水滴は、弾けて新たな雫となる。その音と音の隙間に、高射砲の発砲音がくぐもって響く。その音が数回繰り返されると、イヤートランペットの男が囁いた。


「階段出口を0,0として、ここは37,42。地上は多分179,112。高さはほぼ同じで、多分ここから234」


「こう何度も後退されちゃあ、お前の体力も持たないよなぁ」


 土竜穴を埋めながら、一人が呟く。イヤートランペットの男は、口の端で笑った。


「そこはまぁ、『押してる』って信じよう」


「それじゃあ、試し打ちをしてみるぞ」


 一人が弱い魔法を放つ。彼がにこやかに親指を立てる。

 彼らは頷き、それぞれの方法で魔法の支度を始めた。ある者は剣を天に突き立て、ある者は足元に岩の欠片で円を描き、ある者はぶつぶつと詠唱をする。

 僅か数センチ先には、戦場の阿鼻叫喚がある。暗い地下壕のその上を、敵の悲鳴で埋め尽くすために、彼らは闇の中で、ひたすら自らの役割を果たすのである。


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