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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1900年
73/361

‐‐1900年夏の第三月第四週、カペル王国、ペアリス1‐‐

 残暑に陽炎が揺れる王宮には、深緑の葉が生い茂り、疲れ目に優しい景色が広がっていた。


 芝生の緑と花壇の黄色が萌える中で、アンリはエストーラからの贈り物を戦地へ配給すべく手筈を整えていた。


 エストーラから派兵されたコボルト騎兵の分と、戦地へ送られたカペル王国軍の名簿にある人数分だけ、皇帝の家紋が彫られた薬篭が送られてきたのである。薬篭の中には傷薬の入った包み紙と、痛み止めの飲み薬が詰めてある。それとは別に紙煙草もいくつかあり、前線の兵士が直近でほしいものを詰め込んだような支援が、宮廷に齎されていた。


 アンリはこれを喜んで前線に配送する手配をしている。アリエノールはそんな夫を見守りながら、皇帝からの贈り物のサンプルの、薬篭の内側を注意深く観察していた。


 彼女は内側に彫られた文字と図形を慎重に読みながら、これが『監視する絵画』の魔術と同質のものであると判断した。

 彼女はアンリを一瞥する。相変わらず上機嫌に手配をしているが、彼女は薬篭の内側を再び確認し、夫の頭目掛けてそれを投げた。


「いてっ!アリエル、どうした?」


 アンリは持ち前の強面を存分に発揮して、妻を睨む。すっかり強面に慣れてしまった彼女は、薬篭を再び拾い上げ、彼の胸に押し付けた。


「内側を見なさい」


 アンリは目を瞬かせ、言われるがままに中身を確認する。皇帝の家紋の裏側には、円形と、その中に細かな文字列が描かれていた。


「監視する絵画の魔法。多分、前線の様子を傍受するつもり」


 アリエノールは薬篭の内側をなぞりながら言う。国王は暫く薬篭の中にある指を追っていたが、口元を手で覆い、首を傾げる。


「それの何が問題なんだ?皇帝陛下が裏切るとでも?」


「すでに裏切っているかもしれないでしょう?こっちの情報が筒抜けになるよ」


 アリエノールは薬篭を振り回して言う。紋章に書かれた瞳は、ぐるぐると目を回していた。

 アンリは得心して、妻の手から薬篭を受け取る。暫く薬篭の家紋と睨みあった彼は、再び机に向き直って手配の準備を続けた。


「ちょ、ちょっと……。話聞いてた?」


「あぁ。忠告有難う。だがやはり、俺は皇帝を信じることにするよ」


 王の屈託のない笑みに、アリエノールは眉間に皺を寄せる。暫く睨みあった後で、アリエノールが深い溜息を吐いた。


「もう、お人よしなんだから……。いいよ、送りなさい」


「有難う。君は本当に賢いな。いつも助言、助かるよ」


 彼は王妃を抱きしめる。王妃はじっとりとした目つきで肩越しに薬篭を見つめた。心なしか家紋がにやついているように見えたので、彼女は早々に抱擁をやめた。


「こちらの情報が皇帝に筒抜けになるということは、例えば皇帝がプロアニアと結託していた場合に、敵に情報が流れるということ。完全にないわけじゃないから、あまり信用しすぎないでね」


「あの人は大丈夫さ。良くも悪くも人を裏切れる人間じゃあない」


 アリエノールは呆れた様子で王を見つめる。彼女は、この男の為に、自分の衣服が肌にくっつくのではないかと疑った。彼女は残暑だけでなく、何か暑いものを肌で感じていたのである。

 なお訝しむ彼女の肩を、王は二、三度叩いてみせる。


「俺に人を見る目があるのは、君を妻に選んだのだから間違いないよ。だから全く、心配ない!」


 アリエノールは顔を真っ赤にし、右手で顔を覆って視線を外す。アンリは涼しい顔で再び作業に戻った。

 やがて手配が済むと、彼は大声でリュカを呼ぶ。しばらくして、扉をノックする音が部屋に響いた。


「陛下、お待たせいたしました」


「おぉ、入ってくれ。ちょっと贈り物の為の代筆を頼みたい」


 リュカは短い返事をすると、扉を開けてアンリのもとへ向かう。アンリは椅子から立ち上がり、リュカに着座を促した。リュカは王妃を一瞥し、ちょうど新婚夫婦を見る時にするように、茶化すような笑みを向けた。


 彼女は熱を帯びた耳を軽く撫でる。噴き出す汗で纏わり付く服が、アリエノールには大層鬱陶しく感じられた。


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