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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1895年
7/361

‐‐1895年春の第一月第二週、ムスコール大公国首都、サンクト・ムスコールブルク‐‐

 忙しない撮影音とフラッシュのために、白衣のベルナールは気温以上の熱気を感じていた。仰々しい無骨な爆発の『レプリカ』が、記者たちの前で公開されると、彼らは我先にと隣席の人の顔を遮って手を挙げた。


「新兵器の開発について!一言お願いします」


「今回の実験では地上の温度が千度を超えたとの報告もありますが、本当なんでしょうか!」


「自然環境への深刻な被害が報告されております!この兵器の製造計画を、禁止しなればならないとの声がありますが!」


 ベルナールはマイクを手に取り、一つ一つの質問をできるだけ簡潔に答える。どこからともなく突き出される手には、常にメモ帳とペンが握られている。

 真っ白な会見室の壁に影が焼き付くほどの大規模な撮影が続く。見境なく繰り返される質問には、「安全性」のワードがしきりに現れた。

 マイクの横に置かれた水差しは満杯のままであり、ベルナールは研究所長就任挨拶の後に自宅まで追い掛け回された苦い記憶を思い出していた。


 ベルナールは時計を一瞥する。背後に控えていた司会役は原稿用紙に目を落とした。


「それでは、お時間ですので、続いてが最後の質問とさせていただきます」


 記者たちの挙手と怒号のような声があちこちから響く。頭が割れるような騒音の中、飄々とした様子で、一人の記者が控えめに挙手をした。


「本実験の成功が、今後の国際関係にどのような意義を持つとお考えでしょうか?」


 記者たちが押し黙る。ベルナールは静かにマイクを寄せ、一つ咳払いをして答えた。


「はい。本実験はこの強大な兵器が世界平和の抑止力となることを証明することになるでしょう。我が国は恒久の平和を望んでいます。しかし、世界情勢は予断を許さない状況が続いております。この兵器を我が国が保有するということは、わが国への戦争、ひいては他国への戦争へ対する報復手段として機能することになるでしょう。この平和兵器があらゆる戦争へ対する終局的報復として認知されることで、世界に平和をもたらすことが期待されるのです」


「以上で記者会見は終了です!皆様お疲れさまでした」


「マイクを向けないで!」という警備員の怒号が響く。強烈なフラッシュが彼方此方でたかれる中、ベルナールは目を細め、しかめ面で白い会見室を後にした。


 控室に戻った彼は、深いため息をついて椅子に腰を下ろす。出待ちの記者を嫌ってのことであった。彼は飲み損ねた水をグラスに移して一気に飲み込む。暖炉と机、観葉植物と化粧台があるだけの簡素な狭い部屋に、安堵のため息が響いた。


「全く騒々しいったらないな……」


「彼らにも生活があるのですよ」


 控室に遅れて戻ってきた司会役は、汗をハンカチで拭いながら笑う。ベルナールは彼を一瞥し、再び水を汲んで口をつける。


「そうは言いますが、私たちにも生活があるでしょう」


 根っからの研究者であるベルナールにとって、こうした騒動は元々苦痛であった。その上、以前の騒動を思い出すと、強い嫌悪の感情すら抱くようになっていた。

 司会役は、古く映りの悪い鏡に向かい、化粧を落とし始める。ベルナールはちびちびと水を飲み、酷使した喉を労わりながら、最後の質問について思索にふける。


 ムスコール大公国において地位を保つためには、理論の正当化という特殊な技能が必要となる。これは絶対の君主が君臨する他国とは一線を画する。エストーラの現皇帝は穏健な人情家であるが、それはむしろ特殊な事情であると言えよう。カペル王国にせよプロアニア王国にせよ、基本的に国王への反逆はほとんど例外なく死罪となる。この国では、こうした突出した権力がないため、国民へ対して諸々の公的事項に関する説明が必要となる。戦力の保持を例に取れば、「正当な理由に基づく」軍事力の保持であるとの方便を考えなければならない。ベルナールの質疑応答の原稿は、殆ど全てがこの事情に関するこじつけに時間を要していた。


「明日の朝刊が楽しみですね」


 化粧を落とし、薄っすらと日焼けした素肌を晒しながら、司会役は微笑む。ベルナールは大きく首を振り項垂れた。


「勘弁しておくれ……。私は彼らが苦手なんだ」


 彼は重い腰を上げる。控室から出たベルナールは、窓外を酷く気にしながら、不審な動きで裏口へと向かった。


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