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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1899年
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‐‐◯1899年冬の第二月第一週、エストーラ、ベルクート宮1‐‐

 家臣たちは皇帝の自室に集い、水晶の中を覗き込んでいる。彼らは水晶の中に浮かび上がっている会合の様子を、固唾を飲んで見守っていた。


 エストーラの皇帝は代々、プロアニア同様に魔術不能の者が多くあったが、そうした者でも利用できる法陣術の研究を続けてきた。それは、いわばプログラミングの様なものであり、範囲を指定し、そこに式を書き込むことで、現象を発現させる魔術の類型である。

 この場合、魔法の起動に必要な、我々の言葉で言うところの『魔力』と呼ぶべきものを生成する器官に当たるものを、外部から取り入れることが可能であるため、魔術不能の者でも運用が可能となる。

 歴代皇帝のうち、特にこの魔術に傾倒したエルブレヒト・フォン・エストーラは、魔法も駆使しつつ、彼らの子孫にも応用可能な幾つかの法陣術を残した。


 その一つが、ある物質の中に、ある物質が観測できる情報を投影させる法陣術であり、彼らはその投影先を、観察の容易な水晶の中に映すことで合理化するようになった。こうした水晶と共に、芸術家が描いた絵画の裏や下賜品の内部に法陣術を忍ばせ、家臣である帝国の貴族や他国の君主、各地の領主へ贈り物として渡すことで、情報の傍受が容易となったのである。

 皇帝レーオポルトの時代には、皇太子ヤーコプによってほぼ現在の形に大成され、かなり仔細に情報を獲得できるようになっていた。

 家臣たちはヘルムートが継承したこの法陣術を、彼の願い入れに従って活用することとしたのである。


 会議が始まると、先ずはフッサレルが顔を歪める。不気味な笑みを浮かべるヴィルヘルムが水晶に映ったからである。

 皇帝の頭部が影だけ映った中に、ヴィルヘルムがまるでこちらに話しかけるように、軽い言葉を伝えた。


「見ろ、こいつ。完全に陛下を馬鹿にしておるぞ!」


「少し黙って下さい、フッサレル様。今は陛下のお言葉に注意を向けるべき時です」


 ジェロニモは彼を諫めると、身を屈めて水晶の中を注視する。大人たちが身を屈めて小さな水晶の中を覗き込むのは、少々窮屈ではあった。

 皇帝の部屋にはヘルムートが継承した奢侈品以外には、無駄なものが殆どない。彼が買ったものと言えば、黒い背と白い腹をした、奇妙な立ち姿の鳥の人形と梟の絵画、それに大量の語学の参考書くらいである。


 水晶の中身が上手く見えない位置にいた海軍大臣ベリザリオは、そうした置物をつまらなさそうに見ては、自分が皇帝に売り込むべき商品について思案に耽るばかりであった。


「どうやら商談のようですな」


 アインファクスは目を凝らしながら、黒服の男たちが王の後ろに並ぶのを眺める。その言葉に、ようやく海軍大臣は関心を抱き、高身長を生かして水晶を上から覗き込んだ。


『我が国は生活の合理化を図ってきましたが、そのおかげで高額の物がこうした御下賜品ありません。これらをどうか買い取って頂いて、国庫の足しにしたいと考えているのです』


 フッサレルの顔がみるみる赤くなる。ジェロニモも思わず眉間を摘まんで、自らの平静をやっと抑え込んだ。


「こいつ、信じられん……。完全にこちらを馬鹿にしているではないか!」


「こうした侮辱を受けて反応しては相手の思うつぼですよ」


 アインファクスだけが無表情で水晶を眺めている。海軍大臣は水晶の中身を覗き込みながら、眉を持ち上げて注目している。彼は冷静というよりは、部外者の野次馬がするように、その中身、事の成り行きに興味津々であった。


「ああ、くそ!これだから溝鼠は嫌いなんだ!」


「フッサレル様!」


 ジェロニモも語気を強める。両者ともに一連の侮辱行為に苛立ちを隠せないままで、水晶の中で王がこめかみに銃口を付けるさまを見届けた。


『ここで私がこの勲章を背負って自害したとすれば、その立場は逆転するか?』


 フッサレルは手に持ったハンカチを地面にたたきつける。ついに歯ぎしりを始めた彼の背を、アインファクスが静かに摩った。


「怒りはもっともだが、抑えて下さい。貴方とて陛下の臣であろう」


 フッサレルはぼやけた頭部だけを見つめ、何とか荒い呼吸を整えた。頭部の影の隣から、金属を叩きつける音がする。跳ね上がったスプーンが透明な球の外側から頭のすぐ前を飛び越えていった。


 家臣の誰もがノアの行動に同調を示していた。彼らは代弁者たるノアに、最高の敬意さえ抱いたのである。


 手前の影が僅かに動く。無理な交渉と異常と言うべき侮辱の前に、流石の皇帝も怒りを露わにしたかに思われた。


『我らの友であるコボルト達を、犬面などと侮辱するのはやめて頂けないだろうか?彼らとて、大事な臣民だ』


 ジェロニモは握ったこぶしを緩めた。彼の主人が抱いた、怒りの感情に先立つ思いが、彼を冷静にさせた。


 アインファクスの視線が皇帝の机に動く。彼の主は、鳥の陶製人形を撫でて『平穏の願い』について語り、納品された梟の絵画を眺めながら『臣民の幸福』を語った。家臣たちは、この穏やかで不器用な皇帝の為に尽くすことを誓って、彼の願い入れ通りにこの水晶の前に集まったのである。


 彼らは主の答えを待つ。ヘルムートはこの会合に赴く直前に、既に彼らに指示を残していた。


 ヴィルヘルムが尊大な態度で言葉を促す。彼は既に、回答を予見し、動き出す準備を整えているようだった。


『少し……時間を頂きたい』


「プロアニア国境のトンネルを封鎖しろ!すぐにブリュージュにコボルト騎兵を送れ!」


 ジェロニモが兵士に向けて叫ぶ。兵士たちは即座に、この伝言を同地に待機した警備隊に伝えた。


「さて、私もそろそろ支度しますかね……」


 海軍大臣が尻を払って立ち上がる。アインファクスは水晶の出来事に注目して腕を組んだまま、立ち上がった海軍大臣に向けて声をかけた。


「ベリザリオ総督、後で話があります。お時間を頂きたく」


 長身でトーガを身に纏ったベリザリオ・デ・コンタリーニが、目を細めてにやりと笑った。


「では、後ほど」


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