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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1908年
291/361

‐‐1908年夏の第一月第四週、ムスコール大公国、サンクト・ムスコールブルク3‐‐

 支度を整えた議員たちの目は鋭かった。良く研がれたナイフの切っ先のようであり、両翼のこの鋭い視線が互いに交わる。会議はまず穏やかに始まった。互いの議席から数名が挙手をし、議長が指名をする。


 先ずは若い与党議員が立ち上がり、アーニャに一瞥をくれて話し始めた。


「私は、アーニャ閣下の意見には賛成です。将来のことを考えれば、様々な可能性に手を伸ばすべきではないでしょうか」


 すかさず敏腕の野党議員が挙手をする。切り込み隊長のように威勢良く、良く響く声が議場に響き渡る。


「安全性についての確認が取れるまで、政府による研究の推進は控えるべきかと存じます。不用意に新技術に参画するのはいかがなものでしょうか。我が国の先例といたしましても、可能な限り慎重に技術を取り入れてきた経緯があります」


「まして、平和兵器の利用であれば尚更」


 片方の翼から後援の野次が飛ぶ。手堅い切り崩しの姿勢に対して、中堅の与党議員が助け舟を出す。


「ご意見の趣旨はよく理解できます。ですが、我が国の発展の背景には、プロアニア王国との友好の時代に、寛容に技術を取り入れてきたこともあるでしょう。この発展期に、仮に『慎重に』事業の開発を進めていれば、今の平和兵器を開発したのは間違いなくプロアニア王国になっていたでしょう。現在、同国への技術的な遅れは致命的な事態を生じかねないのです。ですから、ここは一つ、新技術の導入に予算を賭けてみても良いのではないでしょうか」


 彼が着座するなり、野党側からも高齢の議員が挙手をする。歴戦の論客は静かに、堂々と立ち上がり、身内の野次を一度収めさせてから切り出した。


「歴史の認識としては同意いたします。しかし、やはり予算。この問題を解決しないことにはそもそもが議論を始められません。そして、我々は相手の良心を信じて、対話の道を進めることこそが肝要と考えます。つまり、競争ではなく協調。この協調のために予算を割くべきであって、技術開発を無理に進めるのは無意味です」


 老議員は、挙手をした与党議員に釘をさすように続けた。


「先例を挙げて対話によって解決しないのだと仰るのでしょうが、先の大戦はあくまで、我々が沈黙を守ったことで起こしてしまった悲劇です。対話を拒絶した結果ではありませんか」


 賛同者たちの野次が飛ぶ。どう抗おうとも、シリヴェストールの失策を拭うことは出来ない。勢いが野党側に傾き始めるのを見て、遂にルキヤンが挙手をした。


「仮に、先の大戦の例を挙げるならばそうでしょう。しかし、プロアニアには前科があります。四ヵ国戦争です。そして、先の大戦についても、イーゴリ調停官殿のご意見、つまり責任の所在は不当な侵略行為を行ったプロアニア王国側にあるという意見については、貴方がたもご納得いただけたのではないですか。そうであれば、殊更にプロアニアを擁護するのは賢明ではありません。むしろ警戒し、私達がすぐに行動に起こせるということを示すべきです。それは戦争においてもそう、技術においては尚更重要でしょう。何せ彼らは技術大国なのです。一番に開拓者になることを望んでいる。それに先んじることが、外交上の優位性を示す近道ではないですか」


 様々な意見が飛び交う。左右の野次に挟まれた無所属議員たちも、自らの主張を届けるために挙手をする。


 議論が熱を帯びていく中で、ユーリーは沈黙を守っていた。司会の脇に彼を納めながら、時の宰相は固唾を飲んで議論の進展を見守る。無所属議員の中から一人、手を挙げるものが現れた。


「すいません。アーニャ閣下も含めてですが、今までご発言をなされた議員の方に、根本的なご質問です。平和兵器の平和的利用に関しては、そもそも賛成なのでしょうか、反対なのでしょうか」


 議長は意見を聞き入れ、与党議員側から、挙手をした議員たちに答えるように指図する。若い議員は溌溂とした声で、「賛成です」と、中堅議員は落ち着いた声で「賛成です」と答えた。

 ルキヤンは少し間を置いて、濃い髭を揺らして答えた。


「無論、賛成です。兵器としての開発を進めてまいりましたが、我が国の根本は『平和的で自由な発展』にあるでしょうから」


 野党議員の側からも、一人ずつ指名が掛かる。先駆けの質問をぶつけた議員が、堂々と立ち上がった。


「断固反対です。平和兵器の威力を考えれば当然のこと」


 ところが、次に指名された議員は意外そうに彼の背中を見る。指名を受けてから長い間を置いて、老議員が牛歩のようにゆっくりと立ち上がった。


「えー、私は、平和利用自体に反対なのではなく、むしろ平和兵器の廃絶へ進むのであれば、歓迎すべきものなのだと思います。ですが、安全性に疑問のある技術に対して、予算を割く意味を問うているのです。国政とは慎重に進めるべきでしょう。そうではありませんか?」


「以上ですかね。いかがですか」


 発言者が回答を揃えたところで、議長は質問者に会話を振る。質問者は再び立ち上がり、真面目な速記官たちが筆を止めるのを待って答えた。


「皆様の意見を知れて良かったです。これを踏まえって、議論を進めましょう」


 質問者が席に着くと、カラン、カラン、と討議の終了を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 議長が老眼鏡を持ち上げる。目を細め、顔を前後させながら、かなりの前傾姿勢になった。


「そうですね。投票の際には、そもそもの賛否と、開発を支援するための予算を割くべきか否かの賛否の二つで採決を取ることとしましょう。それでは、ご意見がまとまったようですので、投票に移りたいと思います」


 議員が用紙を手に取り、投票の支度をする。速記官と議長の間に置かれた投票箱に向かって列を作る。牛歩戦術をとるか否か、仲間同士での目配せが行われている。

 アーニャも議席を降り、行列の中に並んだ。両翼の外周をぐるりと周回する長蛇の列が、少しずつ進んでいく。時折動きが遅くなるたびに、与党議員が舌打ちをした。普段よりもスムーズだが、重い足取りでの投票が続く。投票を終えた議員が階段を降りて議席へ戻るのも、同様に遅く、未練がましい。


 アーニャを含む閣僚が最後に投票をし、開票が行われる。腹の探り合いによって生じた緊張感が議場全体に重苦しい沈黙を与えた。


「平和兵器の開発については、賛成多数、予算の捻出についても賛成多数で、可決となります。皆様、お疲れ様でございました」


 両翼から疎らな拍手の音が響く。アーニャは疲労感一杯の溜息を零し、議員に混ざって拍手をした。


 閉会の合図の後、野党議員の中から愚痴の声が零れる。囁き声が退場をする雑踏と混ざって断片的にアーニャの耳に届く。彼女は可能な限り雑踏に耳を傾けないように意識をし、開かれたままの議場の扉を潜った。


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