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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1908年
283/361

‐‐1908年春の第三月第四週、プロアニア、ゲンテンブルク‐‐

「陛下、お忙しい中、ご足労頂き有難うございます」


「君から私に声をかけるなんて、珍しいこともあるものだね」


 私は、陛下を宮殿ではなく国立科学コロキウムの応接室に直接招待した。それは、宮殿では説明に必要な資料を持ち込まなければならないことと、陛下にご納得いただくには、直接現物を紹介するほうが良いと考えた為である。


 国立科学コロキウムという組織は、プロアニア各地の科学者のトップによって構成された、合議制の研究会(コロキウム)の名称、及びそれを運営する専門機関である。

 国王からの委任により、各大学の研究成果を集積・保管し、それらの成果物から得られる果実と国家の予算を各大学に分配する、つまり大学への研究補助金を再分配する組織でもある。

 科学相である私が兼任するのは異例ではない。ただ、組織自体は小さく、会議を行う為の会場と研究論文の保管室、運営も資金の再分配のために手続きを行う事務員のみで構成されたごく小さなもので、私が会員としてコロキウムの本部を利用することは滅多にない。研究設備があるわけでもない。

 そのため、応接室も椅子と机を置いただけの簡素なもので、見栄えのするものは何一つとしてない。現在あるものと言えば、私が保管室から取り寄せた説明のための大量の研究論文だけである。


「陛下、今回御奏上いたしたく存じますのは、平和兵器の改良機に変わる新たな兵器でございます」


 王は口角を持ち上げて前屈みになり、顎で言葉を促す。私は第一に、二つの資料を取り出した。

 一つは、「地上に太陽を作る兵器」、いま一つは、「それによく似た構造の新兵器」である。


 専門家でない陛下の眉目を見れば、説明が必要なことは明らかである。私は先ず、前者の説明を始めた。


「陛下。私の専門外ではありますが、平和兵器の基本的な考え方を、強力なエネルギーと質量の変換、という形式で説明されることをご存じでしょうか」


「仕組みに興味はないね。重要なのはその成果だ」


 そういうとは思っていた。私は平和兵器の設計図と、それに必要な計算式を見せる。


「簡単に説明いたします。平和兵器は、特定の原子核に中性子をぶつけることで、核分裂反応を起こす、それが連鎖的に生じるという性質を利用して、莫大なエネルギーを発生させるものです。これは、いまから紹介する両方の兵器を起爆させるのに必要な、基本的な反応であると言えます」


 私は平和兵器の設計図を隅に置き、続けて白衣からペンを取りだす。蓋をしたままのペン先で、新兵器の設計図を指し示した。


「そして、現在我が国が研究している兵器が、こちらの兵器となります。これは、この核分裂反応を利用して超高温を作ることで、通常の水素とは異なる水素を融合する反応、核融合反応を生じさせます。これは……」


 王の瞳に紅い光が宿る。嗜虐的なその瞳の恐ろしさたるや。私は思わず生唾を飲み込んで、かいた汗を拭った。


「これは、地上で太陽を再現するようなものです。強力なエネルギーが生じ、爆心地に降り注ぐ破滅の炎が、およそ再生不可能なほどの破壊を齎すでしょう」


 全身が熱を帯び始める。必要以上の緊張感に心臓は高鳴り、体中から脂汗が滲み出る。白衣の下に着た白いワイシャツが、半透明になるほどであった。


「私は、その地にあるものを可能な限り残すこと、つまり建造物や資源を再利用することこそが、我が国にとって利益となると考えています。そこで、私が考えたのがこちらでございます」


 満を持して、よく似た設計図を提示する。ほとんど違いの見られない形態をしているが、実際には、それらは全く異なる効果を齎す。


「基本的な反応は先の兵器と同様です。ですが、ここでは、反応の最大化ではなく、反応後の中性子線の拡散をより広範とする工夫を施しております。それにより、爆発による破壊をより少量として、『建物の再利用』を可能とする兵器が完成いたします」


 兵器である以上は、敵への被害は甚大でなければならない。王の赤い瞳を窺うと、それは相変わらず爛々と輝きを放っていた。


「建物の再利用、ね……。面白い発想だが、威力が落ちるのであれば論外だ。現在開発中の兵器を開発するように」


 王はそれだけ答えると、すっと立ち上がり、さっさと退出をしようとする。私は慌ててその袖に縋りつき、嘆願を続けた。


「陛下、陛下は既に並ぶもの無き存在となっております!どうして逆らうものがありましょうか?世界に無用な破壊を齎す必要はありません!そうでしょう?どうか少しだけでも、ご検討を!お願いします!」


 王は私の手を振り払い、腰に提げた拳銃を私の脳天に突き付けた。心臓が一気に縮み、顔から色が抜ける。王はつまらなさそうに私の頭を見おろし、安全装置を外す。


「私は自分の権威のために、戦争をしたのではないよ。全ては国益に適うものだ。さぁ、私は行くから、それ以上の懇願は不要だ」


 体ががくがくと震える。王の目を正視することが出来ない。長年培ってきた身に染みるほどの恐怖が、体を硬直させる。


 終わりだ。世界の終わりが来るぞ。


「君は聞き分けがよくて助かる」


 王は安全装置を付けなおし、拳銃を腰に仕舞う。冷めた瞳で私を見下ろすのをやめて、徐にドアを開けた。


 王が立ち去ると、私は思わず腰を抜かして、床に座り込む。手の震えが止まらないまま、私は呆然と扉を眺めていた。


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