‐‐1907年秋の第一月第一週、プロアニア王国、ケヒルシュタイン2‐‐
技術者の銃殺刑に関する報道は、紙面の隅にごく小さく、簡潔に記された。
法律上の手続きとしては、コンスタンツェに殺人罪が適用されたが、技術者には大逆罪が適用された。本人不在のケヒルシュタイン地方裁判所では、初犯であることと技術者の態度に大逆者の意思があるとして、コンスタンツェの犯した刑の執行は猶予されたという。
量刑と言う形式を採ったものの、その裁量には王国全体の利益という不文律が考慮されていた。そして、勿論、世間はその判決にとやかく言う仕草すらない。地方紙に載っただけのごく小規模な騒動として、誰も気に掛ける様子もなかった。
海風にしなる新聞を下ろし、屈強な海の男は黎明の空を眺める。海鳥が空を漂うように、彼の足場も波に揺蕩いながら揺れ動いている。白い月が弱々しく西の空に輝き、薄れて消えゆくのを嘆いている。東には赤い日が水平線を染め上げ、仄暗い夜の海に映っている。
「引き揚げるぞ」
漁師の声が掛かり、海上に停泊していた船が揺れ動く。船体が揺れるので、若い漁師がバランスを崩す。ベテランの叱責が響いた後に、小さな笑い声が零れる。若い漁師は網を手繰り寄せ、引き揚げ用の装置と繋ぎ合わせる。
仕込んだ網が巻き上げられていく。その日は小魚が大漁で、網についた海藻類を外しながら、船倉の生け簀に網ごと放り込まれていく。網を外すと、銀色の魚体が生け簀の中をびちびちと尾をしならせて蠢いた。全身の筋肉を使い、周囲に合わせて激しく体を打ち付け合っていた。
海の男たちは網を掛け直すと、船長に声をかけ、次の定置網に向かうように促した。
新聞紙をクシャリと握りつぶし、男は舵を切る。彼の後ろで陽気に冗談を交わし合っているのを聞きつつ、最後の網をかけた場所へと到着した。
網にゆっくりと船を寄せる。海の男たちが腰を上げて移動を始め、引き揚げの準備をする。その日は少し波が高く、網の引き上げまでに多少の時間を要した。
「あともうひと踏ん張りだぞー!」
熟練の漁師が声を上げる。彼に付き従う若手も汗を流しながら、網をせっせと引き揚げた。
船体にひれを打ち付ける激しい音が周囲に響く。漁師たちは甲板に落ちた魚体を滑らせ、水槽の中へと投げ込んだ。水槽の中が月光に照らされて銀色に輝く。青い模様が線のように蠢き、薄明の下を彷徨っている。
本当に、その日は大漁であった。
船長は舵を切り、賑やかな猥談を聞きながら港へと戻る。
港に戻るなり、彼らは素早く荷卸しを済ませ、そして市場での競りに魚を持って行く。珍しい魚も一部掛かっており、一面脂ののった銀色に、鮮やかな色を差し込んでいる。
船長は再び新聞を開く。ごく小さな記事に、二十歳そこそこの若者の死が報道される。その心苦しさに、彼の心が疼いた。
競りをする海の男と商売人たちの声。高らかに声を張り、手で合図をし、商品を納品する。利益を巡る熱狂を耳に入れながら、さざめく波に目を細める。海鳥が登りゆく太陽に向かって飛び立っていく。
「わだつみは、嘆いているのか」
静かに白波が立つその向こうに、呟きは虚しく響いた。