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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1907年
272/361

‐‐1907年秋の第一月第一週、プロアニア王国、ケヒルシュタイン‐‐

 受付に陽気な鼻歌が響く。燃費の良くなった最新の車両のボディを人差し指で撫でながら、コンスタンツェは開発室へと向かっていった。


 そこはもはや彼の城である。技術者や兵器開発室の職員たちは、彼に頭を下げて挨拶をする。陽気な挨拶を彼が返す。その後には浮かない表情が持ち上がる。


 コンスタンツェの脳内では、出勤時間に至るまで様々なロケットの改善案が浮かんでは消えていた。その一時一時が彼に喜びを齎している。


 工廠に入ると、ペアリスから輸入された燃料や、各都市で作られた部品が届いている。彼は嬉々として部品の箱を開け、技術者たちを手招きしては、設計図を広げて早口で解説を始める。目の落ちくぼんだ、目の下にクマを作った技術者たちが上の空で説明を聞き、何度も、何度も、頷く。楽しそうな明るい声音が彼らには耳鳴りのように響いた。


 彼は荷物を整理し終えると、直ちに自分用のデスクの中から、設計図を取り出した。そこに新たな装置の設計図を書き、書き終えるなり資材を漁り始める。彼のもとで働く技術者たちは、そうした彼の働きに一瞥をくれる暇もなく、設計図頼りにロケットを組み立てていく。


 今回、コンスタンツェが設計したロケットの設計図は、より宇宙飛行に特化した構造を追求したものであった。母体となるロケットの周囲に、補助的なロケットを束ねるように装着し、大気圏層への早期の到達と、重力の影響力からの脱出を試みるものである。

 もっとも負荷の大きい発射時にかかる抵抗からより速く脱出することで、少ないエネルギーによる宇宙飛行を可能とする。


 これらの説明を受けた技術者が困惑したのは言うまでもない。この星の外に果たして資源があるのか、開発に見合った利益が得られるのか。そう疑問に感じずにはいられなかったからである。

 周囲からの不満をよそに、かの研究員はガラクタのような装置を組み立てている。広い場内に、部品の溶接をする音が響き渡る。それはあちこちから合唱をするように淡々と響き、青白い光を伴って途切れ途切れに流れていく。


 突然、ガラクタづくりに精を出していたコンスタンツェが声を張り上げた。


「そこ、設計図と違っている!」


 若い技術者がびくつく。一同が慌てて設計図を開き、何度も、何度も確認を始める。コンスタンツェの指先が、驚いて硬直したままの若い技術者に向けられた。


「君、ちょっと」


「はい……」


 呼ばれるままに下りて行った彼の指先は震えていた。指の関節には幾つもまめが出来ており、それを安全手袋がすっぽりと覆い隠している。設計図を持った技術者たちが、この若者の作業内容を確認する。


「君、何回目だっけ?」


 ガラクタを弄る手は止まらない。


「すいません……」


 コンスタンツェは工具を下ろし、身に着けたゴーグルを額まで持ち上げる。きらきらとした無邪気な瞳が現れた。


「いや、出来ないことは良いんだ。しかし設計図はしっかり確認しよう。周りの手際が良いのは手練れだからであって君が焦る必要はない」


 無邪気なきらきらとした視線が若者の心臓を射抜いた。


「はじめから僕は君に期待してないからね」


 場内が静まり返る。悪びれる様子もない上司の様子を、技術者たちが見おろしている。その視線を背中に受けた若者は項垂れて、拳を強く握りしめた。


 コンスタンツェには害意はない。彼は実際に彼以外に期待をしていないし、傷つけるよりは励ますつもりでいる。しかし、重苦しい視線に耐えかねた若者は、工具を放り投げて泣き叫んだ。


「分からないんですよ!貴方の設計図は!」


「……えぇ?」


 間抜けな声が響く。若者は旋毛に視線を受けながら、年甲斐もない大粒の涙を零した。


「どうして相談もしないんですか!みんなそう思っています!一人で、全部設計図書くから!走り書きみたいなメモも読めないし、質問してもちっとも分らない!もう少し周りに気を遣うべきじゃないですか!プロアニア王国では……」


 コンスタンツェは懐から拳銃を取り出し、若者の額に突き付けた。絶叫が止み、若者の顔がみるみる青ざめていく。ガラクタを大切そうに隅に寄せ、安全装置をゆっくりと外した。

 そして、柔和に微笑んで見せた。


「プロアニア王国では集団行動こそが重んじられる、かな?」


 冷たい牢獄に風が吹く。技術者たちが慌てて止めに入ろうとするが、両者の間にはあまりにも距離があり、コンスタンツェが銃を両手に持ち直して撃つのには間に合わなかった。


 鮮血が飛び散り、若者が倒れ込む。発砲の反動にしびれた手を振りほぐし、彼はガラクタいじりを再開した。


 ‐‐神の天蓋を突き破るのは、プロアニアでしょうか、それとも、ムスコール大公国でしょうか‐‐


 その言葉に王が答えた時から、その運命は決まっていたのかも知れない。この開発事業に背くことは、王令に逆らうことに等しい。王国ではコンスタンツェの立場がより正当であり、そうでなくても王はこの件に無関心である。

 倒れ伏した若者を、警備員が医務室へと運び込んでいく。止めに入ろうと階段を駆け下りた技術者たちも、波が引くように元の作業へと戻っていった。


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