‐‐●1907年、夏の第二月第三週、プロアニア王国、ペアリス2‐‐
落ち穂広いに勤しむ農夫たちに、銃口が突き付けられる。
怯えながら両手を挙げ、小刻みに身を震わせる農夫は、拾った落ち穂を手から落とした。その落ち穂を、プロアニア兵が拾い上げる。
彼は集めた落ち穂をはかりにかけ、淡々と数値を伝えた。彼の背後で記帳をする者も、決して高貴な身分には見えない。
農夫は泣きながら逃げ帰り、プロアニア兵は仕事へと戻っていく。収穫後の荒涼した農地の間にある整地された鉄道を、電車が横切っていく。
外観上はスマートに見えるが、これまでの機関車や機動車にはない雑多な装置が軌条の周囲に取り付けられている。落ち穂をこまごまと拾い上げる兵士達は、それに見向きもしなかった。
「しかし、どうして彼らは規則を破って落ち穂を拾うのでしょうか」
「分かりませんが、そういう習慣があったのでしょう」
二人の口調は実に平坦であった。抑揚の少ない、事務的な会話である。先程の農夫同様に、収穫済みの農地に踏み入り、落ち穂を拾う農民が多数彷徨っている。「仕事中ですよ」と大きな声をかけると、農民たちは慌てて逃げ帰ってしまった。
彼らの落としていった落ち穂を拾い上げ、計量をする。それを収穫高に記帳していくが、それは数十gにも満たないものさえあった。
彼らはこの身にならない仕事をこなしつつ、農民を次の耕作地へと向かうように催促する。宛ら羊を追う犬のように、一声かけて、散り散りになる農民たちを追い込んでいく。
カペル王国に住む農民たちの暮らしは惨めなものであった。かつてと変わらない侘しさに加え、徴収される収穫物の量は格段に増えたように思われたからである。耕作地がとにかく限定されているのに加え、不作も豊作も無関心に徴収されていく。そうした機械的な統治が、旧王国には馴染まないことは先述の通りである。
広く高い青空の下で、罅割れた市壁の周囲を二人は巡っていく。耕作地で拾われた落ち穂の総量を思うと、彼らの農民たちへ対する不信感が増していく。規則を守らない人間に、果たして規則に守られる権利があるだろうか?
「どうでしょう。一休みしませんか」
「結構です。規則通りに参りましょう」
「そうですね」
二人は再び歩き出す。休憩を申し出た兵士には、長い長い巡回でふくらはぎには筋肉痛があった。しかし、規則とあっては従わなければならないと思いなおし、記帳係について回った。
巡回を続けていると、遥か遠くに、農民たちの影が少量見える。逃亡を謀る農民たちである。兵士は手元の拡声器をオンにする。
「そこの方々、持ち場に戻りなさい。仕事中ですよ」
声に気づいた人々は、血相を変えて母国語で喚き散らす。手には鍬や鎌やつるはしを持っており、種々の農具を持ち上げて駆け寄ってきた。
兵士は拡声器を下ろす。
「おや、これは……」
目を凝らし、彼らの動きを確かめた。殺気に満ちた歪んだ表情の中に、追い詰められた悲壮な感情が見え隠れしている。手に持つ農具は明確にこちらに振るかざすために持ち上げられ、また、人数も決して少なくはない。
兵士に続き、記帳係も肩にかけた小銃を構えた。
「背後に伏兵はおりませんか?」
「えぇ、恐らくは」
近づいてくる農民たちに照準を合わせる。記帳係が背後を確認すると、次の電車が都市へと入っていくのが目に映る。彼は即座に視線を戻し、迫り来る敵影に銃口を向けた。
鬼の形相をした農民に向けて、弾丸が放たれる。前方二名の首元を撃ち抜き、農民が崩れ落ちる。彼らを飛び越えて続々と敵は迫ってくる。
二度目の発砲、三度目の発砲。空を突いた弾丸は二つ。残りは迫る敵の足や、胸を貫通した。
「応援を呼びます」
「お願いします」
記帳係が無線機に声をかける。それを守るように、四発目が放たれた。真正面から駆けてくる農民は狙いやすく、照準はずれたが手を撃ち抜く。次の丘をかけ下ってくれば、いよいよ目前に迫るだろう。
「どうですか」
記帳係と共に再び発砲する。記帳係は手短に「暫く持ちこたえましょう」と返した。
彼らは後退をしながら弾を装填し、再び発砲する。距離は縮んでいくが、その分狙いやすくもなっている。
やがて敵の数が十数から4、5人に減ると、応援が丘の向こう側から現れた。兵士は振りかぶられた鎌を銃身で受け止め、腹を蹴り上げようと試みる素足を必死に躱す。そして、現れた仲間が狙い易いように、敵の動きを受け止める。
続々と押し寄せる農民たちだったが、遂に彼らを倒すことは叶わず、援軍に背後から撃ち抜かれ、その場に倒れ込んだ。
収穫後の耕地に血だまりが広がる。敵に留めの一撃を加えると、二人は汗を拭い、淡々と後始末を始めた。
荒涼とした休耕地に、血が浸み込んでいく。『豊かなる飢饉』が、新たな争乱の予兆を運び込んだ。