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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1896年
26/361

‐‐1896年夏の第三月第四週、カペル王国、ペアリス‐‐

 アリエノールの部屋には、普段であれば置かれないような大量の資料で埋め尽くされていた。先ずは、公示人派遣の記録がない村落の徴税代理人を調べだす。そして、十年間の徴税代理人十人の、徴税代理人となっている他の地域を選出する。そして、アリエノールはその土地に兵士と公示人たちを派遣する勅書を作り、これに署名した。


 後日、いくつかの地域に徴税代理人を名乗る者が現れた。こうした者たちは詐欺の罪で拘束し、この大規模な詐欺行為は鎮圧された。

 こうした一件が片付く頃に、アンリがペアリス宮に帰還する。民衆は彼を大歓声で出迎え、大通りを埋め尽くす観衆によって、馬車の移動が制限されてしまう。アンリが彼らに手を振って答える様子を、アリエノールは安堵の表情で見守っていた。


 王の帰還と同時に、壮大なファンファーレが鳴り響く。家臣一同が王の歩む赤絨毯の両端で跪き、謁見の間へと続く赤絨毯の中心には、アリエノールの姿があった。


 アンリが階段を登るか否かという瞬間に、アリエノールは目一杯の勢いで階段を駆け下りて、夫に抱きついた。王妃の行動に思わず戸惑いの声が上がる。アンリは彼女を抱き返すと、耳元でそっと囁いた。


「ただいま」


「お帰りなさい」


 アンリの妻を抱く力が強くなる。歓待のファンファーレは、いつしか演目『カペラの結婚』に切り替わっていた。


 二人が肩を並べて歩く後ろを、家臣たちがぞろぞろと従っていく。浮かない様子のレノーは、彼らから三人目の位置に控えながら、アリエノールが王に行った報告に耳を傾けていた。


「アリエル、大手柄じゃないか!君には探偵の才能がある」


「とはいえこれはとかげの尻尾です。その上に立つ者がいるに違いありません」


「どうしてそう思う?」


 強面の男の瞳が爛爛と輝く。柔和な笑みは慣れない様子で、彼女の前で以前見せた笑顔ほどには明るくない。

 レノーは彼女をしきりに気に留めていたが、王の含みを持った笑みに何かを感じ取り、狐のような細い目で二人の間を睨む。廊下を進む一団の内部は、市内の祝福ムードとは対照的に、懐を探る緊張感に満ちていた。

 親デフィネルの四大臣、中立派の二大臣、親ウァローの二大臣が、互いの立ち振る舞いを決めるべく、王の口が開くのを待っている。

 アンリは背後を一瞥すると、王妃を引き寄せて耳元で囁いた。


「近いうちにブリュージュを攻める。マリー・マヌエラ夫人を保護する準備をしておいてくれ」


 アリエノールから笑顔が消える。その表情を、レノーは見逃さなかった。眉を持ち上げ、あくまで笑みを崩さないアンリに視線を動かす。


「陛下。畏れながら申し上げます、お楽しみは夜まで取っておいてはいかがでしょうか」


 アンリが振り返る。レノーは一瞬びくりと肩を持ち上げたが、アンリは表情を崩した。


「それもそうだ。レノー閣下は、今日も冴えておられる」


 控え目な含み笑いが起こる。謁見の間の前では、近衛兵が扉を掴んだままで待機していた。


 カペラの彫像が光を集める玉座の下に、各大臣が進み出る。アンリが手を差し出し、アリエノールがそこに手を重ねる。魔術師が杖を振るうと、花弁が舞い上がり、赤絨毯の上にアーチを作った。白と赤の花弁が混ざり合い、薔薇の香りが部屋中を包み込む。


 一歩進み、アンリが息を吸う。呼吸に合わせて、魔術師が驚愕するほどに、花弁が重なり合って大輪の薔薇を形作る。それは、薔薇の花が中に咲いたような、目の覚めるような美しさであった。


 魔術師の長でもある国王は、凱旋のたびにこうした一芸を披露する。それは、自らの権威の誇示という現実的な目的もあった。

 宙を舞う薔薇園を見上げながら、二人は玉座への階段を登っていく。大理石と高い天井の間に、女神の祝福が咲き誇る中で、固く握った手が玉座へと近づく。

 やがて、玉座の前にたどり着いた二人は、繋いだ手をカペラ目掛けて振り上げた。


「カペル王国は全ての騎士と共に誓う。カペラの祝福ある限り、我らはその契りを守ると」


 主祭神カペラの彫像に向けて、花弁が舞い上がる。兵士たちが決起するときのように掛け声を上げる。舞い上がった花弁は、天窓から空へ旅立つように消えていった。


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