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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1906年
257/361

‐‐1906年冬の第三月第一週、ムスコール大公国、サンクト・ムスコールブルク、ムスコールブルク大学‐‐

 深まる夜闇の下に白熱電球の強い照明が煌々と照っている。降雪は町の至る所まで白く染め上げ、一面に広がる黒の世界を漂白している。


 各専門の研究者たちが魔法科学科の教授が席を囲む会議室の外壁にもたれながら、座り心地の悪い椅子に腰かけて彼らを囲んでいる。


 政府の混乱に散々振り回された碩学たちは苛立ちを隠そうともせずに決議の結果を眺め、与党議員とのすり合わせに応じてこなしてきた研究成果を手ずからに持ち寄った。


 事態は急を要するものだ。プロアニア王国が信用ならない現在、国防の重要性はこれまでにないほど高まっている。王国が隔地からの奇襲が可能な兵器を獲得した以上は、天然の要塞にすべてを任せるわけにはいかず、それに対抗しうる報復兵器の開発が必要不可欠であった。

 しかし、ムスコール大公国は現在、プロアニア王国への技術的な遅れを何とか取り戻そうと足掻いていたところである。ようやく水準が並んだからといって、彼らから与えられた技術で成り立っていた技術革新の速度を越えて彼らを出し抜くことは極めて困難と言わざるを得なかった。


 難しい顔をした老人たちがいくら席を囲ったところで、それらの研究成果がプロアニアの『新兵器』に対応できるとは考えられなかったのである。

 そのため、魔法科学は、魔術不能が人口の殆どをしめるプロアニアとの、技術的な格差を縮める最後の希望であった。


「……このように、法陣術による機体の軌道修正を各方位にある法陣と隔地者からの操縦によって落下地点の変更が可能となります。物理学部からのご報告による同兵器による最高高度からの落下地点変更の限度は、約43キールとなり、首都ゲンテンブルクからその近隣都市までを十分に射程に収めることが可能となります」


 科学者や社会学者たちが声を上げる。希望に水を差すように、報告者は紙面に視線を落として続けた。


「実際には目的地点へと簡単に誘導することは困難ですので、発射後に目的地を変更する場合には、その限度は半径10キール程度ということになると思います」


「ですがこれは大きな進歩だと言えます。我々が、彼らの知り得ない技術を獲得しているのです。有事の際には、相手への攪乱にも利用できます」


 専門外の学者たちが訝しんでいる姿を見て、議席を囲む一人が報告者の代わりに声を上げる。腕を組み、資料を捲る老人たちの難しい表情は、華の無い会議室に重い緊張感を齎した。

 議席の外周に座るベルナール・コロリョフが挙手をした。


「専門外での不躾な質問で恐縮ですが、法陣術を用いる場合、機体に掛かるコストはいかほどのものでしょうか」


「塗装の際に法陣部分のみを塗装せずに利用すれば、コストや重量に対する影響は低いでしょう。別途魔術師や隔地への命令用に別の法陣を用意する必要があるので、そちらの費用が多大になる恐れはあります」


「機体には影響がない、ということですね」

「えぇ」


 ベルナールは静かに資料を捲り、「有難うございます」と返した。彼の弟子ともいえる科学者達が耳打ちをしている。その様子に思わず唾を飲んだ報告者は、急ぎ次の質問を募った。


「軌道の修正が可能な点は非常に有効と存じます。しかし、我が国で同様の装置が開発されていないだけで、恐らくプロアニア製の同種の兵器では何らかの方法で可能かと存じますが、その点との差別化は可能でしょうか」


「ご質問有難うございます。利点といたしましては、どのような形式のロケットであっても、軌道修正が可能な点です。安価かつ簡単な構造の兵器に、こうした機能が付与できます。加えて、装置の故障を考慮しなくて良いという点です。装置の操縦をする者は隔地に居りますので、破損や劣化による影響は受けづらいと考えます」


 再び短い礼にと共に質問者が着座する。静かに腕を組む外周の学者たちには、徐々に下を向き始めるものが現れた。ベルナールと彼の教え子たちは、未だに彼を囲んで資料の内容について話し合っている。再びの質問に身構えた報告者の横で、司会の学校長がマイクの電源を入れた。

 ボッという音の後に、司会はぼそぼそとマイクに声を当てる。


「そろそろお時間ですが、他にご質問はありますでしょうか」


 学者たちは俯いて沈黙する。ベルナールとその教え子達も確認を終え、静かに前を向きなおした。


「ベルナール先生、よろしいでしょうか」


 司会の言葉を受けて、彼は短い了解の言葉を返す。報告者がみるからに肩に入れた力を解き、にこやかに頷く。


「次の報告者の方、どうぞ……」


 会議は粛々と続けられる。ようやくできた成果報告に、魔法科学者達は安堵の声を零す。

 プロアニア王国に遅れること一年、ムスコール大公国は漸く、「戦後」の方針を完全に固めたのであった。


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