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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1906年
251/361

‐‐1906年秋の第二月第二週、プロアニア王国、ケヒルシュタイン‐‐

 工廠には陽気な鼻歌と共に、無数の鉄塔を組み立てる装置の音が冷たく鳴り響いていた。

 無人で目的地に打撃を与えることの出来るミサイル兵器だが、その飛行原理自体は単純なものであった。


 機体内に積載した燃料を燃焼させ、この時生じた膨大なエネルギーを噴出し、その反作用を推力とする。

 飛行するための莫大なエネルギーを作るためには燃料が必要不可欠であり、量産に当たっては、プロアニアでは比較的安価な固形燃料を採用した。一方で、大型化が必要な平和兵器の搭載には液体燃料を採用し、別途生産ラインを設けることが決められた。

 さらに、発射台付きの運搬車両を改良し、ミサイル装置ごとの移動が容易となった。

 資源の少ないプロアニアにとっては割高な兵器だが、一撃の威力さえ整えば、平和主義者の国家ならばそれ一つで戦意を喪失させることが出来る。つまり、一度戦争が勃発すれば互いに甚大な被害を齎しかねないムスコール大公国との緊張状態にある現在、最も有効な外交上のカードとして機能する。


 北方の民がミサイルを発明するのは時間の問題だろう、というのはプロアニアでの有識者の共通認識であるため、より多く、より精度の高いミサイルを開発することが急務である。

 コンスタンツェはそうした専門家集団の意見を受け止めた廷臣たち共通の合意に反抗したはずだが、鼻歌を歌いながらミサイル装置の設計図を描いていた。


 フリッツ・フランシウムは古い時代に作られた化学兵器の再開発に勤しんでいたが、陽気な歌声につられてつい様子を見に来てしまった。


 仮にも人を殺す兵器である。少なくともその開発に、陽気で無邪気な楽しさは不要であろう。フリッツは鼻歌を聞いて、彼がまた閑居を弄んでいるのだと考えていた。


 しかし、彼の眼前には無数の弾道ミサイルがある。そして、手に持つ設計図もまた、新たなミサイル兵器の設計図である。

 コンスタンツェがフリッツの視線に気づくと、彼は設計図を持つ右手を上げて大きな声で挨拶をした。


「フランシウム閣下、おはようございます!」


「あぁ、おはよう……。仕事に精が出ているようで良かった」


 フリッツは訝しみながら彼のもとに近づく。コンスタンツェは苦笑を零し、鎮座する無数の新兵器を指し示した。


「聞きましたか。ついにペアリス‐ゲンテンブルク鉄道が開通しましたよ。これでようやく俺の夢も叶えられるもんです!」


 彼は興奮気味に胸を張りだした。フリッツは幻痛に軋む胃を摩りながら、含みのある笑みを返す。


「国防に関するやるべきことをやってから、ロケットの開発に入るのだろう。ようやっと肩の荷が下りるね」


「はい!」という威勢のいい応答に、科学相は皮肉めいた笑みを向ける。あの国王が国益以外に関して協力的であるはずがない。彼はコンスタンツェの無邪気さに同情もしたが、散々胃痛の原因となった彼の未来を思って晴れやかな気持ちも感じた。奇妙な感情の混沌を、胃を摩って誤魔化しながら、フリッツはコンスタンツェの成果物を見上げる。


 無数の鉄塔は、破壊の礫を弾倉に留めながら、整然と佇む。無慈悲な勇姿は丁重に保管されており、不安定な燃料は充填されていない。


「壮観だ」

「そうでしょう?」


 コンスタンツェの自慢げな声が響く。技師たちは二人のことをしきりに気にしながら、新たな機体の製造を開始している。全人員を導入し、慎重かつ迅速に製造をすれば、一週間に2機ほど製造することも可能である。実際には既存の兵器の修復やメンテナンスが必要なため、この光景は納品日直前にしか見られない景色である。宛らバシリカ式聖堂の側柱のように、天井に向けって立つミサイルが、無機質な設備室を支えている。これらの機体は各地の基地に配置されるだろう。


 コンスタンツェは無邪気に王の後援を信じているが、この場所からミサイル兵器が各地に配置されるように、彼の手元には何も残らない。それは国王個人の問題ではなく、プロアニア王国とは個の意思とは無関係な社会の意思を優先するからである。


 それに、王は約束事を守るような人物ではない。彼は約束を破る方法を発明する能力に長けているのである。

 納品を告げるように、無数の運搬車両が排ガスを吐き出して到着する。コンスタンツェは嬉々として、荷卸し場のシャッターを開ける。運搬車の乗員も軍人であり、彼らは規律正しい敬礼をする。不慣れな科学者はへろへろとした白い腕を額に当てて、相手の真似をした。ミサイル一基ずつが数個の部品へと慎重に分解され、車両への積載が開始された。


「コンスタンツェ君、約束の物も届いていますよ」

「おー、助かります」


 兵士の言葉に違和感を覚え、バックをする運送車両に注意を向けた。車両は甲高い警告音を上げながら接近する。そして、車両の中から大量の資材と燃料入りのタンクが納品される。


 軍資金による兵器製造用の各種資材である。しかし、その納品は基本的に軍人によって運搬されるわけではない。危険な臭いを感じ取ったフリッツは悲鳴を上げる胃を抑えながら、コンスタンツェに迫った。


「これは一体どういう事だ?君は何処からこれを仕入れた?」


「嫌だなぁ、これらは西の彼方の兵士達に送るものですよ。『どこから来たか』なんて、目に見えた事じゃないですか」


「横領!?横領だぞ!」


 フリッツは悲痛な声を上げる。科学相のトップとして、このような不正は看過できない。何故なら、その責任を負うのはトップであるフランシウムだからである。


「えぇ……怖いですよ。予算の中から、きちんと使用用途も明記して頂いているものです。きちんと『ロケットの開発』ということでね」


 コンスタンツェは納品物の照合を始める。彼が照合をする間に、解体されたミサイルの部品が続々と積載されていく。フリッツは唖然として、その様子を見守っていた。


 確かに、ロケット装置の開発……推進力を酸化剤の燃焼とそのエネルギーの噴出によって得る機体の開発に、予算は多量に割かれている。しかしそれは軍用兵器のためであって、宇宙飛行などという目的のためではない筈である。フリッツは腹に穴が開きそうなほど激しく胃が疼くのを感じて、意気揚々と資材のチェックを行うコンスタンツェの肩を掴んだ。


「少し話がある。こっちに来たまえ」


 コンスタンツェはきょとんとして、生返事で応じた。


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