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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1906年
247/361

‐‐1906年秋の第二月第一週、プロアニア、ゲンテンブルク‐‐

 その日のゲンテンブルク駅には、普段と異なる鉄道の到着音が響いた。

 普段と変わらない人集りの中で、ひと際賑わう駅のホームには、腰に拳銃を下げた国王ヴィルヘルムと宰相アムンゼンの姿がある。

 彼らを中心としてできた人集りの一番内側には閣僚が控えている。その中で一際注目を集めたのがチーフ・デザイナーと呼称され、国外に身分を隠されているフリッツ・フランシウムである。彼はその鉄道の発案者ではなかったが、大々的な発明品を国家が公表するとき、彼は否応なく注目を受ける。今回もその例に漏れず、本人は訳知り顔の含み笑いで静かに成り行きを見守っていた。

 オレンジ色のラインが塗装された殆ど直方体の鉄道が、深く長いトンネルの中から現れると、王を含めた来訪者たちは、先ずは疎らな拍手で出迎えた。


 トンネルから明かりのあるホームへとやって来ると、観衆たちは拍手を止めて目を瞬かせる。そして、白衣のポケットに手を突っ込んで佇んでいる科学相へ向けて、大きな拍手を送った。

 鉄道は、公国横断鉄道のような蒸気を吹き上げるものではない。人々が奇異の目でそれを眺めたのは、やはりそれが蒸気機関を動力としない鉄道であったためだろう。フランシウムは鉄道の線路を覗き込む。二つの軌条と並走するように、その側面を第三の軌条が走っている。鉄道はそのまま緩やかに減速をし、彼の視線から軌条の姿を奪った。


 プシュウ、と停車と同時に車両が音を立てる。車掌が運転席から現れて、安全確認を済ませると、ボタンを押してドアを開けた。


 外野から小さな歓声が上がり、ヴィルヘルムが嬉しそうに手を叩く。王は車掌と握手を交わすと、振り返って観衆たちに向けて挨拶をした。


「我々の努力は遂にここまで至った。空を横切るミサイル、地上を走る自動車両、そして電気駆動の鉄道。ほんの一世紀前にはいずれも見られないものだった。自動車両が生まれてからも、蒸気機関は主流であり、空を飛ぶ兵器などというのは発想もなかった。だが、私達はそれらを手に入れた」


 国王は両手を開き、希望に胸を躍らせるように振舞いながら、赤い目を笑わせずに語る。国民一同はそれらを見聞きし、この偉大な発明さえ胸躍る体験のほんの序章に過ぎないということを予感した。王は続ける。


「そして、私達は今、地上の大いなる都市二つを跨ぐ壮大な事業を完遂させた。ほんの一年の間にである。勤勉なプロアニア兵達、英雄達が私達に富と栄光を齎してくれたのである」


 プロアニア兵がホームに降り立ち、足並みをそろえて電車の前に整列する。電車の中から、交代で帰還を果たしたプロアニア兵達‐‐彼らは酷く汚れた服を着ていた‐‐が、規則正しく下車をして、整列をする兵士達に敬礼をする。


 涙を流し喜ぶ国民たち。「祖国のためによくぞ戦ってくれた」と、高齢の男の掛け声が響く。彼の掛け声に倣って、観衆は整列した兵士に向けて、大きな拍手を送った。

 兵士は真剣な眼差しで互いを見つめ合う。汚れ、所々が裂けてつぎはぎのある帰還兵の服装を気にしながら、真新しい軍服を着込んだ兵士達が敬礼をした。訓練されつくした美しいまでの敬礼。それ以上に鬼気迫る、汚れた手をした兵士の敬礼。感極まって溢れそうな涙が零れないように、彼らは潤んだ瞳を赤く充血させながらも、観衆たちの中にいる身内を探さないように目前の兵士だけに注目した。


 長い敬礼の後、帰還兵と入れ替わるように、これからカペル王国へ向かう兵士達が電車に乗り込む。帰還兵たちは肩の荷が下りてすぐさま解散し、観衆の中へと身内を探しに行った。彼らは懐かしく渇望もした家族や友人の元に駆け寄る。彼らは抱き合い、その温もりを確かめ合った。


 車窓からぎこちなく手を振る人、煙草を噛みながらはにかみがちに笑顔を作る人、彼らに向けて敬礼をする人。それぞれが齎された成果の大きさに満たされていた。


 ヴィルヘルムは手を振り、アムンゼンを引き連れて電車へと乗り込む。先頭車両の運転席にほど近い四人駆けの座席に腰を据えた二人は、窓越しに聞こえる国民たちの歓声に向けて、笑顔で応じる。汽笛代わりの構内放送が奏でられ、兵士と抱き合う家族たちや、見送りをする新兵の家族たち、無機物のように畏まった表情の閣僚たちが電車へ向けて手を振る。電車は停車時と同じように音を立て、車掌の安全確認が済むと、再び押しボタン式の扉が閉ざされた。


 音に満たされた構内に、車輪の軋む音が再び響き渡る。車輪は溝のある軌条の上で車輪を回し、徐々に加速をしながら西の方角へ向かって走り出した。


 二大首都連結構想の完成度は国威高揚に最大の貢献をした。人の時代の凱歌を歌う人々は、処女走行をするペアリス‐ゲンテンブルク鉄道に、新たな時代の希望を託して見送った。


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