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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1906年
245/361

‐‐●1906年秋の第一月第一週、プロアニア王国、ソルテ1‐‐

「お休みしてご迷惑をおかけいたしました」


「いいから仕事に戻れ」


 鉄兜が頭を下げると、プロアニア兵は満更でもない表情を浮かべて、手で彼を追い払う。鉄兜はプロアニア兵と視線が交わらないことを気にしながら、トロッコの脇を抜けて作業に戻った。


 まじめで仕事熱心な鉄兜に対して、プロアニア兵は特別に攻撃的な仕草をしなかった。遅刻寸前に来ていた半目のことも、時間の五分前に連れてくるのだから、彼らが鉄兜を非難する理由もなかった。


 ソルテから次の都市に向けて線路を引く作業は、不慣れなカペル王国民を総動員して行われる。作業自体は単調だが、非常に繊細な技術が求められる。

 トロッコが線路上を少しずつ駆動しながら、貨物を運んでいく。鉄兜も半目も、敷設作業中は一切会話をしなかった。


 空模様は良好で格好の洗濯日和である。乾いた風が木を揺らし、葉が枯れ落ちていく。

 線路と並走するように進む緩やかな傾斜の河川はさらさらと流れ、行商人がそこを通過する際に舌打ちをした水車小屋も半壊状態のまま動力を受け入れている。


(今の頃は豚に餌やりしてたなぁ)


 鉄兜はそんなことを考えながら、鬱蒼と木々の生い茂る森林に一瞥をくれた。葉と葉の間に団栗が転がっており、家畜の豚はそれを探し出して食べるのである。

 それは長い戦乱を経て薄れていった遠い記憶であった。彼は実感のない郷愁を覚えつつ、与えられた任務を遂行する。

 背後で警護をするプロアニア兵は、殆ど表情も崩さずに進捗を地図に認めている。時折彼らが労働者に掛けるのは、『納期に間に合わない』や、『手を動かせ』といった淡白なもので、半目も鉄兜もほとんど無視を決め込みながら作業を続ける。


 実りの多い秋の季節だけに、河川敷は変わらず色鮮やかである。葡萄樹林やベリーの実りが、河川敷をアーチの如く彩っていた。


「今、この辺りだな」

「あっち側の工事は難航しているのか」


 背後から話し声が聞こえる。鉄兜はこれを聞くともなしに聞き、彼らが噂通りに仕事の話しかしない人物なのだと思った。

 兵士達は母国語を使い始め、何らかの重要な会議を始める。秘密の話の内容が気になりだすと、鉄兜の頭がじんじんと痛み、耳の内側から機関銃の激しい発砲音が響く。縋るように隣に視線を送ると、半目は彼に向かい、いたずらっぽく笑いかけた。荒くなっていく呼吸を少しずつ収め、鉄兜も誤魔化すように口の端で微笑む。


 空が太陽を押し込み、地平線の彼方にオレンジの日が沈んでいく頃、彼らの作業も漸くひと段落がつく。ごく短期間に、ソルテからラ・ピュセーへと繋がる街道から僅かに離れた場所に、ソルテ・ラ・ピュセー間を直通する鉄道の線路が竣工した。


「ご苦労様。各自仮眠室に戻り、翌日の帰宅に備えるように」


 プロアニア兵が銃の安全装置をつけ、足早に帰宅を始める。終業時刻の2分前という絶妙なタイミングに合わせて竣工を達成したソルテの市民たちは、背伸びをして全身で解放感を味わった。鉄兜も身を起こし、腰を労いつつ安堵の息を零す。彼が完全に身を起こすと、半目が最高の笑顔を浮かべながら、鉄兜に抱きついてきた。


「終わったぁ!」


 鉄兜は苦笑交じりで半目の頭を撫でる。市民たちが安堵の表情と共に、家路につき始める。


「これで普通の仕事に戻れるのか?」

「いや、そうじゃない奴もいるらしいぞ」

「遅れてる場所の補填に行くんだろ?」


 市民たちの話し声が普段より大きくなる。旧カペル王国特有の賑やかしさが、長い線路の上を踏み進めていく。鉄兜は体重をかけてくる半目を背負うようにして、市民たちの後ろに続いていく。


「……なぁ。あいつらを飲みに誘わない?」


「え?あいつらって、プロアニア兵のことか?」


「うん」


 鉄兜の背中越しに、温い温度が伝わる。疲れた体には少々堪える体重だが、半目は気にも留めずに続けた。


「俺、あいつらのこと嫌いじゃないかも」

「えぇ……?」


 鉄兜は困惑した。暫く考えたのち、この重たい荷物が更に体重をかけてくるので、遂に拒むのを諦めた。


「俺が誘うから、変な口出しするなよ」


「おー、助かる」


 夕陽が沈む方角へと戻っていきながら、鉄兜は改めて、深い溜息を零した。


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