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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1906年
238/361

‐‐●1906年夏の第一月第三週、プロアニア王国、ソルテ3‐‐

 今はトロッコが通るだけの線路にそって、半目は帰路を急ぐ。間もなく休憩時間が終わるという合図の音がサイレンのように響き、駐留するプロアニア兵が駆け抜ける半目の背中を目で追った。


 線路の最前線、バラストが敷かれて資材で囲まれた作業場に戻るのとほとんど同時に、細く高い警告音が一瞬止み、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。


「はぁ、はぁ……助かったぁ……!」


 普段は出さないような濁声を零し、膝に手を付く半目の元に、監督役の兵士が近づいてくる。彼は一言も言葉を発することなく半目の首に掛かった休憩用タイマーを取り上げると、設定を直して工具を持つ別の男の首に提げた。

 別の兵士が半目の腰を銃口でつつく。半目はへらへらと笑いながら交代する男から工具を受け取った。


「間に合ってよかったぁ」


「無駄話をするな。今日は12時間できっかり帰れよ」

「はぁい」


 生返事を返す背中を眺めつつ、プロアニア兵達は彼の後ろでひそひそと話し合う。半目は畑仕事で鍛えた体を使って、線路の敷設作業を引き継いだ。


 カペル王国の国民にとって、プロアニア式の労働は肌に合わなかった。只管無言で作業をし、定刻になると自宅へと直帰する。プロアニア兵にしても監督役にしてもそうだが、事務連絡など以外は一切話をしないし、仕事中は規則、規則、規則の連呼で融通も利かない。

 自分達の身内であれカペル王国の住民であれ、プロアニア兵は常に規則違反があれば平気で射殺するが、カペル王国の人々が仕事の目標を達成する為や、一区切りをつけようと1分でも残業しようものならば、烈火のごとく怒って仕事道具を取り上げる。


 勿論彼らは実質的には権力者であり、お近づきになろうと目論みて食事に誘う輩もいるが、カペル民があれこれと手配をしても終始無言で食事をして、ものの数分で食べ終えて仕事に戻ってしまう。話をする暇もなく、また食事もお勧めを無視して定食一つを頼むだけで、カペル王国民からすれば変人・奇人の集団としか思えなかった。


 こうした姿を一年間見てきた被占領地の住民たちは、プロアニアの鉄仮面たちとは極力距離を置いて、身内で愚痴を零すだけとなってしまった。


 半目もプロアニア兵から誘いを受けたことは無いので、彼らとの面識はほぼないと言ってよい。相互に全く関与し合うことが無いので、殆ど空気だと思うことにしていた。


 半目は軌条、即ちレールを敷く作業の担当者であった。バラストを撒く者、均す者が先導をし、彼は枕木を敷く担当者と共に慎重に締結作業をする。半目は大雑把な性格に見えるがこの仕事には意外にも適正があり、それは彼自身の優れた五感のお陰で、プロアニアの精度の高い工具を用いることにより正確に敷設作業を行えるためであった。

 無駄話をしても怒られるので、半目は黙って作業を続けていたし、プロアニア人もそうしている限りは危害を加えることもなかった。


 この兵士達はここ一年間のうちに、市民に一通りの仕事を試させた後、それぞれに所定の仕事を指示している。不思議なことに、彼らの指示通りに仕事をすると、作業効率は格段に上がった。


 そして、業務中に突然発狂して逃げだす者も激増した。


 半目は早朝4時から45分の休憩を挟み、夕刻16時45分までの作業を割り当てられていたが、作業は深夜であっても交代で続けられていた。特に、深夜労働の時に、こうした逃亡者は多かった。

 文字通り休日なしの労働はプロアニア兵も同様で、只管バラストを敷き、均し、等間隔に枕木を敷き、銅製の軌条を連結させる作業を、交代を絡ませつつ間断なく続ける様を監視している。

 そうした、祈りの日も、休日も、時間内に差し挟まれる閑居もない労働は、カペル王国時代では考えられないものであったため、こうした逃亡者の気持ちに、却って被占領地の住民は同情していた。


 そして、こうした『労働からの逃避行動という規則違反』者を射殺することに、プロアニア人は殆ど容赦をしなかった。事務的と言ってもいいかも知れない。


 半目は休憩に戻ってからは、多くの労働者たちに倣って無言で作業を続けた。途中、施療院へ鉄兜を担ぎこんだプロアニア兵が交代に戻り、半目を指差して交代者に説明をしていたが、気に留めるような長時間でもなかった。


 プロアニア兵が入れ替わり、教会が交代時刻の鐘を鳴らすと、半目の交代者が現れた。彼は工具を手渡すと、普段ならばする世間話もせずに、風を切って走り去ってしまった。


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