‐‐1905年、春の第一月第一週、エストーラ、インセル‐‐
その日は良く晴れた心地の良い陽気で御座いました。
戦争の終結を過ぎて初めての年明けは、荒涼とした帝国に一筋の光が灯るような美しい日でありました。ミサイルの残骸を運ぶ人々は、逞しく不毛の大地を蹴り、それを建材に変えるために無事な技師たちの元に資材を運びます。
足元には草木一つなく、また建物という建物も鉄骨を残して倒壊しており、視線を外そうと地面に向ければ、溶けた石畳の上に、人型の影がぼんやりと残っております。
「この世の光景とは思えない……。何という惨いのだ……」
陛下は声を震わせながら呟かれます。その装いは非常に不可思議であり、ムスコール大公国出国の際に、『インセルでただ一度のみ用いる使い捨て用の防護服各種』として持たされたものでした。私にも陛下にも、それが意味するところは何なのか分かりかねますが、それらはプロアニアのチーフ・デザイナーと、シリヴェストール閣下、ベルナール・コロリョフムスコールブルク大学教授らの指導によって作られたものだそうで、耳にタコができるほど口うるさく説明を受けた防護服を、陛下は新年のあいさつに合わせて使うことを決められておりました。
不毛の地と化してしまったインセルには、言葉では表現できないほどの、平和兵器の威力を物語る、様々な痕跡が残されています。
何百年も聳え立っていた市壁はたった一発の爆発により無惨に打ち砕かれ、幾千年と人々ののどを潤した河川が干上がっております。真っ黒な『何か』が道に点々と落ちており、野ざらしの病院で、痛ましいケロイド痕に体を蝕まれた人々が列をなしております。食事もなく、空腹に斃れる人の姿さえ、誰も見向きもしないほど、インセルという都市は壊滅的な被害を受けておりました。
多くの被爆者たちが道なき道を彷徨っており、町の痕跡の幾つかには視線を送れないほど惨たらしい姿の者達が未だに埋葬も出来ずに横たえられております。凄惨極まりない光景は、到底筆舌に尽くし難いものでありました。
「私のせいだ。このようなことを……続けたばかりに……」
「陛下、お気を確かに……」
そう言って陛下の背を摩る私でさえ、全身の鳥肌を納めることは出来ませんでした。そこに確かにあったはずのものが、何一つとして残っていないのです。想像できるでしょうか?
陛下は、市民が集まる広場だったはずの場所に至ると、その地面に座られました。仮の住まいを作るための建材として、町を象徴するような建物の残骸が運ばれていきます。奇怪な防護服を身に纏った陛下に、人々の視線が集まりました。
非難や憎悪のためにではない、純粋な暴力によって歪んだ幾つかの顔が、陛下を囲い込みます。私も陛下と同様に膝をつき、集まる臣民の視線を受け止めました。
陛下は防護服越しに涙を零しながら、静かに地面に額をつかれます。私もまた、それに倣って地面に向けて深く頭を下げました。
「この度は……なんと申し上げればよいのか……。申し訳ございませんでした。すべて私の、不徳の致すところで御座います」
陛下は嗚咽を漏らしながら細い声で仰られました。臣民は殆ど泣きだしそうな表情で、陛下に向けて首を振ります。彼らは私達に何をするのでもなく、ただただ、溢れそうなもの‐‐それは最早枯れ果てたもののように思われました‐‐を我慢し、何度も懺悔をする陛下を見つめておりました。
教会が鐘を鳴らすはずの時間まで、陛下は頭を下げた後、倒壊した瓦礫から建材を運ぶのを手伝われ、活動の限界と目される時間が来ると、廃墟の町を後にされました。
防護服はインセル郊外で水洗の後に脱ぎ、廃棄されます。私共は、廃棄される防護服に感謝の言葉を述べ、インセルの中心にあった教会堂の方を見つめて、聖オリエタスへ庇護の祈りを捧げます。
不毛の地となったインセルは、クレーターのように大地ごと焼き尽くされております。それでもなお、丸裸の都市の中を、臣民は歩いていくのでした。