表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1904年
194/361

‐‐1904年、春の第一月第一週、プロアニア、ケヒルシュタイン‐‐

 雪解けの季節が到来し、ムスコールブルクの流氷が溶けた。プロアニアの貨物船は武器を満載にして、硫黄のにおいが漂う街を船出した。


 人々は帽子を振って春の訪れを見送り、長年の同胞の参戦を喜んだ。


「帝国を一網打尽にせよ、老帝の首を吊し上げろ!」


 自分たちの家族を奪った嫩葉同盟に強い復讐心を燃やしつつ、人々は遠ざかる船にそう叫んだ。


 海鳥が船に追従するように続く。霧深い朝の港に集う人々の背中を、アムンゼンとフリッツは無言で見つめていた。


 王国の民は一丸となって船の方を向いている。前線の戦士たちに続けと、彼らは駆け足で職場へ向かっていく。散り散りになる人の波に混ざり、アムンゼンとフリッツは黒塗りの車に乗り込んだ。


 ひとりでにドアが開き、乗車と同時にエンジンがかかる。後部座席の窓際からは、ふかした煙草の煙が空に登っていく。


「戦争は常に進化するというのを、彼らは知っているのでしょうか」


 アムンゼンは珍しくそう零したが、フリッツは車窓から外を眺めるだけで応じなかった。


 飛行船や戦車が通ったケヒルシュタインの港から続く道をずっと進み、ハンザラントワーゲン社のある廃炭鉱を横切る道を素通りし、彼らの車両はケヒルシュタインを出る。市場と住宅地を分けるためだけに作られた城壁から、石塁に取って代わられたガードレールを並べられた道を進む。背の低い一年草が生い茂る道を直進し続け、ケヒルシュタインの都市が見えなくなると、フリッツは車窓に現れた目標を見つけ、運転手に向けて告げた。


「ここでいい」


 車はゆっくりと減速し、ライトを点滅させる。二人は車を降りると、草原の中へと入っていく。

 草を掻き分けてしばらく歩くと、人工的に刈り取られた小さな広場に辿り着いた。アムンゼンが早歩きでその中心に歩み寄る。フリッツは広場の外周に身を寄せつつ、目的物の外観を確かめた。


 ハンザラントワーゲン社で特別に作られた軍用車には、車輪とは別に四つの足を接地することが出来る。同牽引車は運転席の後部に傾斜を調整可能な、発射装置を備えている。

 そして、牽引車に牽引された発射台には、鉛筆のような鋼鉄製の筒が搭載されている。下部に羽根を持つこの筒は、粛々とその時を待っているだけだった。


 既にアムンゼンの指揮によって液体燃料の注入が進められている。発射装置の組み立て、兵器の運搬は概ね二人の到着前に完成されていたが、その様子を確認した者は、敵はおろかケヒルシュタインの市民にすらいなかった。トップ・シークレットとして隠匿されたこの兵器については、閣僚と王、そして開発者だけが知っているに留まっていた。


「発射の用意は済みましたか?」


 静かにその時を待つ鉄塔を睨むフリッツは、背後から声を掛けられる。この兵器の開発を主導したコンスタンツェが草を掻き分けて顔を覗かせていた。


「ああ、君か。発射に間に合ったようだね」


「えぇ、何とか」


 彼はフリッツの隣に入り、上機嫌な鼻歌を歌った。フリッツは彼を一瞥したが、再び視線を元に戻す。燃料の装填が完了するまでには暫く時間があった。


「コンスタンツェ、君はこの兵器の実用化を楽しみにしていたようだが、それは何故だ?」


 彼の質問に、コンスタンツェは首を傾げた。


「宇宙飛行の夢を叶えるために、一番効果的な兵器だからですよ?」


 コンスタンツェの瞳は期待に輝いていた。何か素晴らしいことが目の前で起こるという期待である。フリッツはその目を、サンクト・ムスコールブルクで見たような気がした。

 コンスタンツェは上目遣いでフリッツの顔を覗き込み、その腕を指でつついた。


「なんでそんなことをいまさら聞くんですか?俺とフリッツ閣下の仲じゃありませんか」


 アムンゼンと技術者たちが発射台から距離を取る。宰相は、自ら発射装置のボタンを押すために装置に手を置いた。


「そろそろ準備が整うようだよ、ほら、前を向きなさい」


 コンスタンツェが歓声を上げて視線を向ける。アムンゼンはフリッツに一瞥をくれると、ボタンにそっと手を重ねた。


「散々煮え湯を飲まされた。エストーラへの記念すべき第一撃だ」


 アムンゼンは小さく零し、発射のボタンを押した。一瞬の静寂の後、鉛筆のようなミサイルは轟音を立てて炎を吐き出し、一直線に黒い森の上目掛けて飛び立った。


 それは隼のようでもあった。それの目下には米粒大の自動車があり、太い幹線道路があったが、それも即座に通過した。やがてそれの目下に黒い森が広がり始める。広く薄暗い森の上を、兵器は陽光を浴びながら通過する。恐らく控えているであろう伏兵には目もくれず、それは瞬く間に一つの都市を眼下に収めた。


 それが速度を緩めずに高度を下ろしていく。円形の盾に似た市壁を持った小都市インセルは、近づけば近づくほど豊かな色彩の屋根や壁面を持っている。それが最後に捉えたのは、洗濯を干す女性が瞬きより早く接近するそれに視線を向ける姿であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ