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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1903年
161/361

‐‐●1903年、夏の第二月第一週、カペル王国、ラ・フォイ2‐‐

 ヴォルカ・ノアールの活火山が、夜の空色に合わせて闇に溶け込み、月がその姿を山影から見せ、蒸し暑さに夏虫が騒ぎ出す、深夜十一時五十二分、持ち場に着いた兵士達は緊張した面持ちで、篝火を灯す城砦を取り囲んでいた。


 敵戦力が集中する交易路と市門のある、なだらかな草原の道には戦車が配備されている。もっとも脆弱な門扉をこじ開けるために、南北の市門それぞれに八基ずつ、道を跨いで配置される。その背後にはとりわけ若い歩兵達が控え、小銃を大事そうに抱えている。彼らの腰に帯びた榴弾は、柘榴のような大きさで、彼らの手によく馴染んでいた。


 西の山岳地帯には、歴戦の歩兵達が陣取っている。ヴォルカ・ノアールの黒い山肌のお陰で、闇の中で目立たない彼らは、慣れた手つきで装備を構え、ごつごつとした岩肌の上で屈みこみながら、その時が来るのをじっと待っている。標高は他の位置よりも高いため、西側の彼らからは市壁の内部が僅かに覗ける。兵士の内数名が双眼鏡を構え、肩には持ち運びの無線機を装備している。


 手薄な山側の守りに対して、東の耕地には敵、特に民兵らが強固な守りを固めている。大きな段差のある耕地の上で姿勢を低くして待ち構えており、ゲリラ戦へと持ち込もうとしていることは容易に理解できる。最新の兵器を持つプロアニア軍へ対する、民衆の抵抗手段としては逃亡と並んで有効な手段と言える。

 耕地側のプロアニア兵は伏兵を視認することが出来ないが、本陣からは耕地内部の様子を僅かに伺うことが出来る。連隊長は双眼鏡でこれを把握し、無線機を近づけて囁く。


「こちら第二歩兵連隊本陣、耕地内部に伏兵あり。十分に警戒するように」


『こちら東分隊。了解しました。こちらからは視認が困難なため、もし動きがあれば随時伝えて下さい』


 無線機の切れる音が響き、再びラ・フォイ周辺を静寂が支配する。月光が兵士達の影を照らし、命令通りに微動だにせずとどまっている。小さな篝火の揺らぎが、市門の場所を示し、月を貫く鐘楼の中に、大きなベルの輪郭が浮かんでいる。

 一分、二分……。呼吸音と共に、心臓の高鳴りが激しくなる。双眼鏡からは、伏兵たちの僅かな動きが確認できる。

 市門の位置を示すように燃える篝火の前を小さな影が通り過ぎ、その灯りが僅かに欠けた。心臓の高鳴りと共に上がった体温が、一気に冷める。背中にかいた汗で下着が貼りついた。


 三分、四分。鐘楼の影の中に、米粒大の小さな影が昇って来る。それはベルの周囲を行き来しながら、何かを振るっているらしい。


「薔薇水の錫杖なんじゃないか……?」


 兵士の一人が呟く。連隊長は唾を飲み込んだ。


 五分、六分。月が尖った尖塔の上を滑るようにして、ゆっくりと鐘楼の裏から顔を覗かせる。兵士達の日焼けした顔が僅かに確認できるようになった。ヴォルカ・ノアールの暗い噴煙が、その灯りを隠そうと天へと昇っていく。煙の隙間から、一等星が瞬いていた。


 七分。鐘楼に登った影が紐を手繰り寄せた。そして、その手が紐に体重をかける。


 晩堂の祈りを告げる鐘が高らかに響く。草原に風が駆け抜け、兵士達が一斉に市壁へ向けて突撃する。戦車は篝火を目掛けて、最高速で跛行し、ヴォルカ・ノアールの影に隠された東方の伏兵たちが榴弾に手をかけて黒い地面を駆け下りていく。西の兵士達は慎重に、耕地を取り囲むように僅かに陣を展開させながら、多年草を掻き分けて駆け下りた。


 本陣に控える連隊長は、双眼鏡で伏兵たちの動きを観察する。兵士の展開に感づいた農民を中心とする義勇兵たちは、耕地の壁面に貼りつくように展開して屈みこみ、竹槍を天に突き立てた。

 連隊長は無線機を乱暴に鷲掴みする。


「侵入と同時に反撃に出る模様だ。東分隊壁面沿いに注意しろ!」


『了解!』


 乱暴に草木を掻き分ける音に混ざって、返答がくる。彼らは展開した陣を一度詰め、敵の動きを確認しようとする。


 一方、戦車は一気に整備された道を駆け下り、木造の拒馬をなぎ倒しながら前進する。その猛進に向けて放たれるのは、都市から降り注ぐ燃え盛る噴石である。巨大なものから微細なものまで種々様々であり、分厚い鋼鉄を物理法則で貫通しようとする。巨大な標的に対して、戦車の発砲音が轟く。散逸した石の礫が、車体にぶつかりながら周囲に散開した。無限のように燃え盛る噴石の礫が降り注ぎ、なだらかな交易路に石の楔を打ち込んでいく。


『こちら第一騎兵連隊長、歩兵連隊長殿、石の破片が危険だ。歩兵を守るためにも、後続の戦車隊を投入したいが、よろしいか?』


 その声は激しくもあったが、冷静さを損なっていなかった。歩兵連隊長は驚愕するとともに、アビスでの歩兵達の努力に大いに感謝した。『指示通りに動く』ことを封じる敵兵の罠に屈せずに胆力を見せつけた彼らの活躍が、戦車を駆る戦友にも何らかの変化を齎したように思えた。

 連隊長はよく聞き取れるようにはきはきとした声を、無線機に向けて発する。


「こちら歩兵連隊本部、貴方達と戦えることを誇りに思います」


『労いは落としてからな』


 僅かに上ずった声が返って来る。連隊長は静かに無線機から手を離し、首から提げた双眼鏡を覗き込む。


 その時、凄まじい地鳴りと共に、ヴォルカ・ノアールの噴煙が勢いを増した。


「まさか、こんな時に……!」


 連隊長は急いで無線機を掴む。大量の噴煙が、一等星の明かりを完全に覆いつくす。


「ヴォルカ・ノアールに噴火の懸念在り、兎に角溶岩流を避けろ!」


 巨大な地震に、連隊長はバランスを崩す。未だ塞がり切らない傷口を地面に打ち付け、彼は大きな呻き声をあげた。


「出来るだけ横だ、横に避けろ!傾斜のあるところからも離れろ!」


 地震は益々激しくなり、先程まで背景に過ぎなかった山影から、粘度のある溶岩が、黒煙と共に吹き上がった。


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