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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1903年
160/361

‐‐●1903年、夏の第二月第一週、カペル王国、ラ・フォイ1‐‐

 プロアニア王国から始まった、腰を落ち着けるところもなく延々と続く軍行も、カペル王国の深部に至っている。カペル王国には最早プロアニアの攻勢を押し留めることは出来ず、少数の魔術師が守る拠点や関所など、戦車の砲弾が一撃で粉砕してしまう。

 しかし、プロアニア軍もまた、例え平和を渇望したとしても、この戦争を止めることが出来なかった。王国は富の源泉を西へ西へと伸ばしていく。続ければ続けるほど豊かになる生活が、際限の無い欲望を掻き立てている。西に斃れる戦士があれど、その英霊が富を齎してくれる限り、反対をするものなど現れない。仮に現れたとしても、富の拡大に舵を切った歯車は、無理矢理彼らを富のある方へと動かしていく。そして、現場にいる限り、投票も抗議活動も、戦場の戦士たちには出来ない。この戦争は、善悪を超越して、誰にも止めることが出来ない。

 西に聳え立つ黒い火山が、濛々と煙を吐き出している。歩兵連隊長は負傷した体で岩に腰かけ、立ち込める煙へと双眼鏡を向ける。城壁に密着した黒い溶岩の跡が、起伏のある地形をつくっている。


「隊長、周辺の状況、確認いたしました。伏兵は居りません」


 読書好きの若い兵士が駆け足で戻って来る。顔は赤黒く日焼けしており、前髪からは白髪が数本、顔を覗かせていた。歩兵連隊長は手近にあった地図を持ち上げ、これを兵士に渡した。


「有難う。起伏と凹凸のある地形だ。騎兵隊長殿が部隊の配置を行えるように、地図にそれぞれ書き込んでくれ」


「ヤー!」


 兵士は慣れた手つきでペンをノックし、等高線を引き始める。特に西側の火山地帯では標高が小刻みに変動し、標高線の線だけで、地表の緑が埋め立てられるほどである。


 鈍い音の地鳴りが響く。漂う火山灰が白いテントの天幕を、鼠色に染めている。すぐ外では、ごつごつとした地上に、ブーツの爪先を引っ掛けた兵士が躓いている。

 本陣を構えた位置は霊峰ヴォルカ・ノアールの麓から少し東に位置する、市の関所が真正面にある位置である。そこから東に向かえば、若干の段差を設けた上に、耕地が広がっている。

 これまでのカペル王国の地形は、基本的になだらかであり、攻勢を仕掛けるには有効な地形であった。しかし、ラ・フォイ周辺は火山活動の影響によって、彼方此方に溶岩と火山灰による高低差があり、真っすぐに進軍することを阻んでいた。また、噴火の対策も兼ねた耕地に人工で設けられた直角の段差も、無限駆動による走破を困難にしている。


「東の耕地側と西の溶岩流で高低差が激しい地帯は小回りの利く歩兵で囲み、交易路を塞ぐ形で戦車を配備するのがいいか……」


 彼の脳裏に、ヴィロング要塞の悲劇が過る。歩兵達は本陣の周囲で各々の仕事をこなしている。武器の整備をするもの、警戒に当たる者、索敵をするもの、訓練をする者。期間の長短こそあれ、連隊長と共に戦った戦友である。

 先程の兵士が、等高線を引いた簡素な地図を抱えて騎兵隊長のもとに向かう。今まさに食事に手を付けた様子の隊長は、味の落ちた硬い肉を頬張りながら、開かれた地図を覗き込んでいる。咀嚼した肉を飲み込み、兵士と何度か会話を交わした騎兵隊長は、親指を立てて、兵士を送り返した。


 ごつごつとした、凹凸のある岩場を、皮のブーツが蹴り上げて駆け抜ける。身軽で、軽快で、速度の落ちない俊敏な動作で、尖り、欠けた黒い岩石の道を進んでいく。


「隊長、夜襲をかけてはどうか、ということです」


「悪くない案だ」


 ラ・フォイの黒い町並みの後ろに、ヴォルカ・ノアールが黒曜石の如く聳えている。連隊長は地図を受け取り立ち上がった。


「隊の者たちを集めてくれ。作戦を説明する」


「ヤー!」


 兵士は瑞々しい張りのある声を上げた。騎兵隊が多年草の草原地帯を掻き分けて動き始める。連隊長は無線機を繋ぐ。激しいノイズの音が陣地に響いた。


「こちら歩兵連隊、ご提案に賛同いたします。ゼロゼロで良いですか?」


 連隊長は開始時刻の問い合わせを行う。暫くして、無線機が途切れ途切れの音を返した。


『ご連絡ありがとう。ゼロゼロで良いと思う』


 歩兵連隊が陣地の前に集合し始める。連隊長は無線機に口を当て、「了解」とだけ答えると、小さな入り口を潜った。


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