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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1903年
152/361

‐‐1903年夏の第一月第一週、プロアニア、ゲンテンブルク‐‐

 王都ゲンテンブルクは相変わらず物憂い表情をしている。煤煙立ち込める工場群の中を、自動車が列をなして進んでいた。


 フリッツ・フランシウムの国王への手土産は、予想通り文句のつけようがない出来であった。爆発のリスクを考慮する必要はあるが、カペル王国が誇る新兵器である、飛行船への直接攻撃が漸く叶ったのである。フリッツは普段よりは幾らか穏やかな気持ちで、隣に座る猫背の男とのドライブを続けることが出来た。


 一方、アムンゼンの贈り物は予想外の収穫である。実用化がどれだけ可能かは判然としないが、この新兵器の導入が、今後の大攻勢に大いなる貢献をする期待をにおわせるものであった。彼は無表情のまま、自転車のパンフレットを片手にくすんだ灰色の景色を眺めている。


 バラックの宮殿に続々と車両が到着する。フリッツはアムンゼンより先に下車をすると、閣僚たちと挨拶を交えた近況報告を行った。その声が遠ざかったところで、アムンゼンは自らドアを開けて下車をする。丸い背中のまま一歩を踏み出すと、屈強な男の影が、彼の背中に被さった。


 アムンゼンは眉間に皺を寄せて振り返る。海相ラルフ・オーデルスローは酷く消沈した様子でアムンゼンを見つめている。彼はウネッザの海戦を終えて、内地での報告書を纏めた分厚いブリーフケースを片手に持っていた。


「オーデルスロー閣下。合流の手配はお済でしょうか」


「……そのことについては、御前会議にて」


 アムンゼンは思わず顔を顰める。本来のラルフは答えを濁さずに、必要以上の大声で答える溌溂とした人物である。曇った表情と言い、その煮え切らない言い回しと言い、彼らしからぬ雰囲気を醸し出していた。


「少し共に歩きましょうか」


「結構だ」


 ラルフが肩を切って通り抜けようとすると、アムンゼンは彼の腕を乱暴に握る。立てた爪が食い込み、ラルフがアムンゼンを睨みつけると、見上げる猫背の男は、顎でラルフに進むように促した。


「故郷だというのに、この国には季節の移ろいがないのだと思い知らされる」


 暫く歩いたところで、ラルフは小さく呟いた。アムンゼンは静かに手を引き、開けた駐車場の中を進む。無機質なアスファルトの平らな道に、分厚い革靴の靴音が鈍く響く。


「一寸先も見えない煤煙の中を、咳き込みながら歩く労働者や、道路に締め出された小児労働者らが襤褸布を纏って道路の脇を埋める。施しと称して投げられるコインの、幾つが助けになるものか」


 バラックの宮殿は周囲の建物と見分けがつかないほど低く平らに作られている。身を寄せ合って寒さを凌ぐ猿のように、連なる工場群がひしめき合って建つ。その狭い通路の上から伸びる煙突が、黙々と空を鼠色に染め上げる。


「ゲンテンブルクに戻るたび虫唾が走るのだ。このバラックの宮殿の前に立つたび、誇るべきものが何もないように思える」


 ラルフは立ち止まり、バラックの宮殿を見上げる。トタンが被さった無骨な建築には、煌びやかな装飾や、派手な彩色は勿論、繊細な心配りさえない。平らな建物の戸の前に佇んだまま、ラルフは静かな怒りを込めて尋ねた。


「我々の行いは正しかったと思うか?アムンゼン」


「私の知る限りは、不当な事由などなかったはずです」


 アムンゼンは淡々と答える。ラルフは黙って拳を握り、やがて扉に手をかけた。


 開かれた扉の中には、客人に見せるためだけの装飾がある。プロアニア王国の象徴である鷲の装飾、建築当時の壮麗な銀細工と、どこかで見たような絵画を、より正確な遠近感・物理法則に従って描かれた壁画。

 衛兵の敬礼に手を上げて応じると、その後の視界はくすんだ灰色の壁と電灯だけである。その中をずっと前進し、やがて上級会議室に至ると、二人は慎重に扉を開けた。

 狭い室内に、既に閣僚全員が集っている。ラジオからは新兵器のお披露目を伝える報道が響いていた。国威高揚の軍歌とともに、町の熱狂の様子が伝えられている。


 物憂げな表情のフリッツが、二人の方を不思議そうに眺めている。アムンゼンは爪を立てて掴んでいた手を離すと、宰相用に開けられた座席に着く。その隣には、大きな赤い光が二つ灯っていた。


「では、全員揃ったところで、会議を始めることとしよう」


 宰相たちが一斉に頭を下げる。ラルフはただその場に佇み、静かに拳を握りしめた。


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