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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1903年
140/361

‐‐●1903年春の第一月第二週、カペル王国、ヴィロング要塞‐アビス3‐‐

 早朝、起床の合図と共に、連隊長は声を荒げて水車小屋を指し示した。


「昨日の拉致事件を受けて、敵軍潜伏の恐れがある水車小屋や関所は、漏れなく破壊することとする!総員、攻撃の準備をしろ!」


『我が軍の戦車二台を貸そう。大隊長殿、調整よろしく』


 小銃を構える歩兵部隊に遅れて、騎兵連隊長が指示を回す。大隊長は威勢の良い掛け声とともに、戦車二台が歩兵の背後に回った。残りの騎兵部隊は出発の準備を整え始める。無線機の切れる音とともに、歩兵連隊長は小さな舌打ちを打ち、双眼鏡を覗く。


 小さな水車小屋は延々と水車を回して沈黙している。どうやらそこに軍人はいないようだが、連隊長の脳裏を過るのは先日の苦い記憶である。


 動物さえも容赦せず攻撃しなければならない。それが彼らの教訓となった。それが僧兵でないなどという保証はどこにもないのだ。連隊長は息を潜めて攻撃の合図を待つ戦友たちに一瞥をくれる。要塞攻略戦で培った眼光は、歴戦の勇士のそれであった。


「総員、攻撃!」


 雄々しい雄たけびと共に、歩兵部隊が一斉に突撃を開始する。戦車は照準をしっかりと目標に向けて、一発だけ発砲した。


 歩兵達の接近よりもはるかに速く、砲弾は水車小屋着弾し、粉末や織りかけの布が吹き飛ぶ。木片と埃が辺りに飛び散り、歩兵は歩みを止める。視界を遮る煙を払いながら進むと、中では中年の男がぐったりと倒れていた。

 小麦袋や、壊れた機織り機などが木片の欠片と混ざって漂う埃の中に横たわっている。歩兵達は倒れこむ人物‐‐粉ひきだと思われる‐‐の生死を確認する。近づけた手の甲に温い吐息が当たると、歩兵は彼の脳天に発砲した。彼の体がびくりと飛び上がり、体内の物質が飛び出す。吹き出した血が軍靴を汚しても、歩兵は構わず物色を始めた。


「小麦だ、小麦!」


「この布で服を直せるぞ!」


 歩兵達が嬉々として物品を取り上げ始める。無邪気に目を輝かせながら持ち上げる品々全てが、天の恵みの如く思われた。


 遅れて戦車が小屋に開いた穴の前に到着する。連隊長はその躯体に乗り、双眼鏡越しに流れる清流を睨んだ。


 他に人の姿はない。彼がそっと双眼鏡を下ろすと、興奮に沸き立つ戦友たちは踊るように軽やかな足取りで、製粉済みの小麦粉や目の粗い布を運んできた。


 その眩いばかりの笑顔に、連隊長の心は思わず疼く。


 ‐‐国王陛下の言葉は正しかった。略奪だ。略奪が祖国を救う‐‐


「次に行こう」


 興奮をひた隠し、連隊長は静かに呟く。草原には焦げたにおいが漂っていた。


「はい!」


 戦友たちは戦利品を戦車に括り付けると、戦車の背後につく。戦車は川べりを慎重に前進する。丘の上には、騎兵連隊の主力達が、二歩兵小隊と鼓笛隊を守りながら、彼らに随伴する。


 戦車に従って進む歩兵達はプロアニアの行進曲を歌いながら進軍した。敵は軟弱な平民である。士気は大いに上がっていた。


 次の水車小屋には僧兵が数名あった。小屋の深部に息を潜めていたが奇襲をかけるにはあまりに遠い位置から戦車の発砲に遭い、彼らも水車小屋諸共粉々に粉砕される。


 関所の攻略は少々困難を極めた。戦車部隊の砲撃準備まで、歩兵達は肉弾戦では遥かに優れた僧兵達と、魔法も使うことの出来る守衛との挟撃に苦しんだためだ。それでも、終わりの見えない悲壮な戦いとは心持ちが違った。彼らは少数の犠牲を払いつつも、今度は銃後に送れば存分に贅沢できる徴税金を没収した。


「次だ。次に行こう」


 連隊長は静かに、しかし浮足立った様子でこの言葉を繰り返した。雌伏の時を過ごした餓狼には、報復と報酬とが十分に見合っているように思えた。


 アビスの城壁が近づいてくる。川沿いの船からは関所の徴税官の代わりに税を取り立てて、そこで弾丸も補充した。


「この戦、勝てるぞ!」


「行こう、行こう!祖国のためにもなるだろう!」


 彼らの足は止まらない。なだらかな丘陵の続く川沿いの道に、遮るものなど何もない。彼らの疲弊は敵の疲弊に直結していた。敵の疲弊の証が、この敵のない丘陵地帯である。鍛え抜かれた僧兵達も、建物ごと破壊し、草原ごと焼き払えば敵ではない。無音で近づく輩には多少の犠牲を払ったが、何より戦車の操縦室がはちきれんばかりの小麦袋を手にした彼らに怖いものなどなかった。何せ、今夜は最高のディナーが待っているのだから。彼らはアビスの市壁の目前までを、殆ど歩速を緩めずに進んだ。


 勤務時間終了を告げる鼓笛隊の奏楽が、夕闇の空に響き渡る。彼らは遥か高い市壁を目前に佇んでいた。その向こう側から、幾世紀もの間旅人を出迎えた鐘楼が、彼らを見おろしていた。


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