‐‐1902年夏の第二月第一週、エストーラ、ノースタット‐‐
飛行場となった都市公園の周囲には、飛行隊の帰りを待ちわびる市民の姿がありました。彼らは国旗を片手に空をまじまじと見つめ、青空に白い雲がかかるたびに、それが飛行機かどうかと指をさして声を掛け合います。馴染みのない「空を飛ぶ」「機械」というものに対して、臣民は各々に自由な想像をしているようでした。
鳥の姿を指さす人、白い雲などの不定形の物を指さす人、いや乗り物だからと車輪を付けているに違いないと頑として譲らない人、それぞれが期待に胸躍らせ、『友好的な客人』へのもてなしについて、頭を悩ませているようでした。
「陛下、きっと無事に到着しますよ」
陛下は相変わらずの物憂げな表情で、こくりと一つ頷きます。皺だらけの両手で、銀製の杖を強く握られておりました。
これまでにウネッザから避難した人々と含めて歓迎するために、今日は舞台座で歓迎式典を執り行うことが予定されていました。明るい空模様や、臣民の晴れやかな表情も相まって、公園は長らく見られないほどの賑やかさです。
「彼らには真っ先に、これを贈りたいのだ」
陛下は手元にある小さな勲章を大事そうに撫でられます。赤や青、黄色や白の鮮やかな布と、先端に小さなエンブレムの付いた勲章です。かつて武勲と忠義を讃えた勲章を、多くの命を救った一市民に託すこと……。陛下はそれを熱望しておられたのです。
「来た、来た!」
後方で叫ぶ声がします。私達が一斉に西の空を見上げると、そこには両翼を広げた飛行機の横隊が、一矢の乱れもなく飛行しておりました。
公園の芝生を踏みしめる無数の音が響きます。青空の上を滑る飛行機は、一台、一台、丁寧に旋回しながら、長い距離を稼ぎつつ地上へと上陸を果たしました。
空を割らんばかりの歓声が、英雄たちを包みます。最高の舞台の後の、万雷の喝采が如く、公園内は拍手の音が幾重にも重なりました。
私は陛下を一瞥します。陛下は勲章をそっと仕舞い、杖に手を掛けておられました。歓喜の声に手を振った茶色い制帽の英雄たちが、続々とウネッザの人々と共に降りていきます。陛下は彼らの通路まで歩み寄り、一人一人に労いの声をかけては握手を交わします。革のグローブを脱ぎ、陛下の皺の寄った手を握った英雄たちは、続々と観衆たちの前に並び、ゴーグルを持ち上げます。ウネッザの人々が各々の親族の元に歩み寄り、感涙しながら抱き合っています。
公園を撫でる優しい風が、汗ばんだ体を労うようになぞります。操縦士全員の下車を確認すると、聴衆から見えないように飛行機を降りたベリザリオ様が、私の傍に歩み寄ってきました。
「大舞台は苦手なのですよ」
「ははは。貴方らしい……」
陛下が操縦士たちのすぐ隣に歩み出ると、園内に静寂が訪れました。
「昨今の予断を許さない現状の中、こうして勇気ある人々の勇気ある行動が見られたことを、私は誇らしく思います。今後、食料の供給は滞り、我が国はますます危機的な状況に陥ることが予想されます」
優しい風が観衆と操縦士の間を駆け抜けていきます。陛下は背筋を伸ばし、胸を張って続けられました。
「それでも、こうした善良な勇気ある人々……。丁度、我が国におられる多くの臣民たちのような人々が、互いに支え合うことによって、必ずやこの危難を脱することが出来ると、私はそう確信しております。今は、ここにいる英雄一人一人を讃え、ささやかながら受勲をさせていただきたく存じます」
まず、陛下は自分の持つ勲章を、操縦士の胸に取り付けました。彼はそれに敬礼でもって応えます。強い拍手の音が響く中、続けて陛下は、侍従から勲章を受け取ると、それを一人一人の胸につけていきます。
ゆっくりと時間をかけた、丁寧な受勲式は、約二十分に渡って続けられました。
やがて最後の一人に受勲が終了すると、英雄たちに向けて、惜しみない拍手が送られます。そして、陛下は全員の拍手にも負けない大きな声で、実に嬉しそうに仰いました。
「この凱旋を記念して、本日は舞台座にて、ウネッザの臣民を歓迎する講演を開催いたします。ささやかではございますが、どうぞ皆様も、お楽しみいただければ幸いです」
陛下のお言葉に、再び歓声が起こります。晴れ渡る美しい青空の下、鳩が大空へと飛び立っていきました。