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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1902年
105/361

‐‐1902年春の第一月第三週、プロアニア、ケヒルシュタイン2‐‐

 ハンザラントワーゲン社の巨大な生産ラインが、稼働時間を間もなく終える。工場労働者と入れ替わるのは、夜間勤務の警備官たちである。現代的な長方形の建物から突き出したエントランスルームには、警備員数名がざわつきながら、入場したそうそうたる面子を見つめた。


 宰相閣下アムンゼン・イスカリオが、明るい白熱電球で照らされた室内を見回す。工場の出入り口を隔てるためのシャッターは半分閉ざされ、工場の中も薄暗くなり始めている。前半の作業を担当する人々は仕事を終えてシャッターの裏から現れると、始末書や作業報告書を作成するために、受付のすぐ脇にある階段を登っていく。彼らはアムンゼンの姿を目の当たりにして、一瞬驚愕に目を瞬かせた。やがて業務時間内であることを思い出したように、小走りで階段を登っていく。

 彼らを視線で追っていたアムンゼンは、そうした技術者らが完全に工場から退出するのを、玄関口で黙って待っている。気味の悪い沈黙が、フリッツの貧乏ゆすりを促す。外は暗くなり、シャッターの半分閉じた工場の中も、徐々に内側から暗くなっていく。

 やがて最後の灯りが消えると、中から出てきた監督員が、シャッターを閉じるために鉤付き棒に手を伸ばす。


「君、すまないが中を使いたい」


 監督官は突然声を受け、鬱陶しそうに顔を歪めて振り返る。猫背で民族衣装を身に纏った男の顔と目が合うと、彼は途端に背筋をピンと張り、全く手慣れていない敬礼をした。アムンゼンが緊張に歪み切った監督官の肩を叩き、シャッターの中へと入っていく。


「お勤めご苦労様です」


 三人が中に入っていったのを見届けると、彼は鉤付き棒で取り敢えずシャッターを極限まで閉ざして、上司のいる階上へと向かっていった。


 シャッターが僅かにエントランスの灯りを取り入れるだけとなった工場の中は、酷く仄暗く不気味である。足元だけにある僅かな光を頼りに、フリッツはもう一つの茶色い革靴の光沢を追いかける。やがて光が殆ど届かなくなると、彼は足元を見おろして視界が慣れるのを待った。


「君、先程の件について、少し尋ねたい。君は、何を知っているのだ?」


 アムンゼンの声が暗闇に響く。徐々に慣れたフリッツの視界の前には、会議用のホワイトボードが置かれていた。

 そのホワイトボードの前で、先程の運転手とアムンゼンが話しているらしい。フリッツは息を呑んで、二人の会話に耳を傾けた。


「ですから、私は第三の兵器について、少し分かるのですよ」


 彼はそう言うと、手近にあったホワイトボードに文字を書き始める。明るい赤色で目立つように書かれたそれは、非常に正確に、第三の兵器の推進力のメカニズムや、物理的な計算、実際にヴィロング要塞に使用する際の発射角度の計算についてまで記されていた。

 フリッツは目を見張って、見づらいボードの説明を眺める。アムンゼンは彼の姿を一瞥すると、目の前の運転手に笑顔を向けた。


「君、名前は何という?なぜそれほど詳しい?」


「いやぁ、はは。名乗るほどのものではありませんが……。ムスコール大公国でのある人の研究を、偶々読んでしまってから、宇宙に関心がありましてね。今は研究費を、こうして稼いでいるのです」


 フリッツは、この自信に満ち溢れた青年に、かつてのムスコール大公国で出会った学生を重ねた。この青年は、一分野の研究にかなり没入しているらしかった。アムンゼンは再びフリッツの反応を確認しながら、青年に手を差し出した。


「我が国の繁栄のために、その研究に力を貸してくれないか?」


 青年は動かない。僅かに上がった口角が、名誉以外の何かを乞うている。やがてアムンゼンは、呆れたように息を漏らした。


「いいだろう。研究費は保証しよう」


 青年は迷わず宰相閣下の差し出した手を握り返す。彼は握手を交わしながら、朗らかな笑顔を作った。


「俺の名前はコンスタンツェ・オーベルジュです」


 フリッツは静かに、固唾を飲む。暗い工場の中で、正解を引き当てたホワイトボードの赤い線が、自慢げに佇んでいた。


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