8.わたしの武器
商業印刷の父の名前が滑り出てくるギャルなんて、世の中にいるんだろうか。
聞いたことはないが、神様も随分と本に詳しいので、大抵の話を拾ってくれる。
それが楽しくて、ついつい話過ぎてしまうことは自覚している。
あそこまで博学だと、逆にギャル仲間と話が合わなくて困ったりしないのだろうか。それとも最近のギャルにとって、ルネサンス期の文化発展は基礎教養なんだろうか。
そうなのだとしたら、同じゼミの子たちとも、もっと話してみればよかったのかもしれない。
勝手に自分とは違うと考えて、距離をとっていたのはわたしの方だったんだろうか。
神様も、そう、今はもう明滅するギャルだけれども。
もしも、異世界の神様だとか、転移させられる聖女だとか、そんな特異な状況で出会ってなかったら。
そこまで考えて、意識的に大きく息を吐きだした。
よくない思考に陥っている。たらればは考えを鈍らせる。
どうせ叶わないのだから、考えたって意味がないのに。
閑話休題。
たらればと希望的観測を投げ捨てて、わたしの現実に目を向ける。
「それは……」
シグルド様。この世界の勇者。
その方がわたしの「ギフト」の内容に、言葉を詰まらせ、顔をしかめる。
その反応に、わたしは確証を得る。
ギフトには、同じ綴りで、贈り物という以外の意味がある。「毒」を表わすのだ。
「ギフト」とは、単に異能の力であるという以上に、この後ろ盾のない異世界で、聖者自身の有用性を示すためのものでもあるのだろう。聖女という、魔王を倒す為のリーサルウェポンという扱いは変わらずとも、それ以外に有効性があるのならば、それに越したことはない。
もともと、わたしは、人一倍本を読んでいるだけの女でしかない。
持った知識を小賢しくひねくり回す、かわいげのない女でしかないのだ。
そんなわたしの「毒」なんて、最初から分かり切っているのだ。
「あぁ? 本なんて何の役にたつんだよ」
「口を慎め、グラム。」
ぴしゃりとグラム様の発言を遮って、シグルド様は口元を隠すように指を組んだ。
「ひとつ、訪ねてもいいだろうか」
「はい、なんなりと」
「……君から見て、この世界は、君のいた世界よりも、劣っているだろうか?」
「……一概に是とは申し上げられませんが、部分的には、と」
すう、と淡い色の瞳が細められる。
この方は聡い方だ。知識が理になることを把握している。
本を軽んじるのではなく、その重みを理解し、その重さに価値を見出せる方である。
本に詰められた知識は、世界を変えられる。
壊血病におけるビタミンC。ゼロの概念。蝶と蛾の区別。腸チフスのメアリー。
知識は概念を生み出し、概念は発想と発展を呼ぶ。
何万年もかけてじわじわと積み上げていくものの、トライ・アンド・エラーを吹き飛ばして、使用可能に育った知識を与えられれば、飛躍的に発展は加速する。
神様の言葉を借りるならば、別世界の知識を持ち込むことは、それこそ世界にとってのチートなのだ。
「そうだ、それと、今後の予定だが……」
その重みに気が付かれてしまったならば、わたしの扱いは監視か支配下か。
プラスワンの扱いには慣れているけれど、直接的に扱いが悪いのはあまり経験がない。
自由に本が読めなくなってしまったらどうするか。そうなれば本の為に魔族に寝返りでもしてしまおうか、なんて。
「君が良ければ、ふたりで街にでも出かけないか?」
「ひぇ」
色々考えていたことが全部頭から吹き飛んで、喉から変な音が出た。