7.それだけが欲しいもの
「わたしは、わたしの図書館が欲しい」
ぱちくりと、主張の強いまつ毛を限界まで離れさせて、神様は目を見開いた。
その呆けた顔を見て、神様の眼窩の色彩が、こぼれてしまうんじゃないかとわたしは思った。
「え、そんなんでいいの? もっとこう、なんかとんでもスキルとかいらないの? 世界の表面を三回焼き払うことができるような力とか。最強俺だけユニークスキル、見たものは死ぬ! ぼくの考えたさいきょーの力!」
「いえ、そこまで物騒な力をいただいても、絶対に持て余しますので……」
「いやでも、こうちょっとこう……わっかりやすいチートとかさぁ。せっかくなんでもあげるってんだからさぁ」
「いいえ。わたしには本さえあれば、いいんです」
窓から差し込む斜陽。きらきらと煌めくほこりと、鼻腔をくすぐる紙の匂い。
お行儀よく並んだ本の背表紙。その中を、タイトルをひとつひとつ眺めながら歩いていく。
その光景だけが、わたしが欲しくてたまらないものだった。
「ただ、転移した先がどれくらいの時代背景なのかがわかりませんが、中国の宋以前の世界だとしたら、本そのものが貴重で、おいそれと読むことができなくなってしまう可能性があります。わたくしはこの通り本の虫。本なしでの生活など考えることはできません」
「あっはっは、活版印刷? いやあそこはまだ木版だっけ? でもその理由だったらグーテンベルク後でもいいのかな? もうちょい出版業栄えさせる? マヌティウスる?」
「いやその時代だと、「聖女」なんて、真っ先に魔女狩りの対象じゃないですか……」
「博学か! 『魔女に与える鉄槌』なんて、ハウツー本に通じてる輩初めて見たよ!」
クラーマーも、こらびっくりだろうねぇ、と神様はお腹を抱え、からからと笑った。何にも縛られることのない神様は、笑いながら空間をくるくると回転する。
「あんた、話してるとホントにウケるんだけどー! あーもう、気に入っちゃった! さっきも言ったけど、アタシ聡い子大好きなのよねー」
ひとしきり笑い転げた神様は、顔に満面の笑みを張り付けて、わたしの顔を覗き込んだ。
「まあいいや、図書館ね。おっけーおっけー。なんだかんだ言っても、知識はチートだよ、うん。それに、本人がいいならいいや、アタシ的には結果良ければ万々歳の拍手喝采だしね。でもさ、普通の市民なんたかだとか、県民アレソレみたいな図書館だとつまんないのよね。だからそこは、カミサマぱわー的なアレソレで、とりあえず本を、古今東西いかなるヤツでも読めるような、とびきり図書館にしたげよう!」
神様の言う図書館というものは、わたしの想像している図書館とは、随分違うものになっているだろうなと思った。
彼女の口ぶりからすると、あの静かで、どこか閑散とした神聖さも感じさせる空間とは、随分と別のものになるのだろう。もっと、知的好奇心を刺激し、知識の刃を研ぐような空間になっているのだろう。
それでも、わたしだけの図書館。
その甘美な響きにはあらがえなくて、私の唇は弧を描く。
「本当ですか! それは……ふふ、うれしいです、何と言ったらいいのか、分からないくらい……」
「ふっふっふー、言語の違いもなんのその、あんたがちゃあんと理解できるような、そういう感じにしといてアゲル!」
「そ、それでしたら、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん?なんだね何だね? カミサマに出来ぬことなどほとんどない! 申してみぃ」
「その場合って原文と訳文は別換算になりますよね? さらに言えば訳者でも別になっていますよね? まさか同じ作者だから、とひとまとめにするような情緒のかけらもないことはされませんよね? 更には出版社、版数でも分けていただけるのですよね? 本の装丁違いは別換算になるのでしょうか、それでしたら宝石装丁もおいていただけますよね、というか本という定義に則っただけだから論文だ巻物だといったものは除外だとかそんな―――」
「クソっ、墓穴を掘ったヤツだこれ!」