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愛され聖女は今日も図書館の中!  作者: にゃむりん
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5.偏差値で殴り付けてくる

 

「私の名前は、シグルドという。僭越ながら、勇者と呼ばれる存在なんだ。

 何か困ったことがあったら、遠慮なく私を頼ってほしい。」


 白磁の美貌。

 蒼穹を写し取ったような、輝く瞳。

 白く淡い色合いの髪は、まるで精巧なガラス細工のように見えた。目の前に座る人物はあまりにも神々しく、美しく、気圧される程だった。

 あまりにも完成された笑みに、わたしは思わず息をのんだ。




 召喚後は、まさに怒涛。

 目が回るような速さで物事が過ぎていった。

 問診による簡単な健康診断と、形式的にも程がある王族との面会。

 とりあえずわたしの衣食住は、国の方で保証してもらえるとのことで、見たこともないぐらい広い私室をあてがわれた。

 果たしてこれは一人用なのだろうか。部屋は25メートルプールくらいの広さがあった。

 私室の中の調度品や、使用人の説明。食事の時間や入浴などの話。

 身の回りの説明が終われば、その後は国のおかかえ歴史専門家を名乗る人物からの、「聖者」と呼ばれる存在についての説明を受ける。


 わたしをこちらの世界―――所謂ミッドガルドに呼び出した一連の騒ぎは、「召喚の儀」と呼ばれているらしい。


 古より伝承される召喚の儀を行い、聖者と呼ばれる存在を異なる世界より呼び出す。呼び出された聖者は勇者と協力し、ともに魔王を討つ。元の世界に戻った聖者の伝承はない。

 呼び出された聖者には最高級のもてなしが行われ、魔王を倒した後は伝説となる。

 神様から聞かされていた内容との合致率に、きちんと伝承が伝えられているものだと、少しだけ舌を巻いた。



 そして今わたしは、その伝承の中の、所謂「勇者」とご対面している真っ最中である。

 自己紹介を終えた美丈夫はとても綺麗に微笑んで、わたしに左手を差し出した。


 この世界にも握手の文化はあるのだなあと、疲弊した頭で考えながら、わたしはその手を握った。

 剣ダコと潰れた肉刺で作られた、掌のごつごつとした感触。

 自分のものより一回りも大きいそれに、少しだけ心臓がはねた。はねた臓腑を、革張りの座椅子に押し込んで、わたしは声帯に平静を装うよう努めさせる。


「は、はじめまして。わたくし、聖女、いえ聖者として召喚されました綴葉 文と申します」


「ツヅリハ、アヤ。こちらでは馴染みのない響きだね。分かってはいたけれど、本当に君はこの世界と異なるところから来たんだね」


 福利厚生完備。

 神様の言葉通り、わたしはこの世界の言葉をつつがなく理解し、話すことができた。

 目の前の優男の声帯から生み出される音は、聞きなじみのある言語へと変換され、わたしに届く。


「あ、アヤというのがわたしの名前に当たります。ツヅリハの部分は、そうですね……生まれと家系を示す言葉だと思っていただければ」


「ふむ。君の世界とは、名前の様式から違うんだな。ここミッドガルドでは、基本的には名は名を示すのみなんだ。個人の特定を行う場合には、基本的に職業や出身を枕詞としてつける。私であれば、勇者シグルド、のようにね」


 疲れた頭に、煌めく顔面凶器はいささか刺激が強すぎる。

 白磁の美貌が、美しさの偏差値で殴り付けてくる。

 わたしは生まれてこの方、異性との絡みにはとんと縁のなかった人間だ。

 こんなに美しい生き物がいることも、それと対峙することにも慣れていない。

 上ずりそうになる声を抑え、努めてわたしは明るい声を出した。


「なるほど。それでいくとわたしは今後の自己紹介の際には、聖女アヤと名乗ればよいのですね」


「その通り、聖女と名乗ってくれればいい。改めてよろしくね、アヤ」


 聖女。わたしの立場を表現する語彙として、これ以上にふさわしい言葉は存在しないのだろうが、あまりにも馴染みのない言葉に背中か泡立つような錯覚を覚えた。

 そういえば、とわたしは呟いた。


「聖女……いえ、わたしは「聖者」と名乗る方が正しいのでしょうか。こちらの方は聖者と聖女を、どのように遣い分けているのでしょうか。」


 目が回るような説明の渦に押し流されて、聞くことができていなかった疑問を口にする。

 言葉の定義を明確にしたがるのは本の虫故だろうか。


「……こちらの世界に呼ばれる者の性別は、呼び出されるまでわからないからね。便宜上どちらでも問題ないよう、聖者と呼んでいるだけさ」


 それに、と彼はつづけた。


「君はとても魅力的な女性だ。胸を張って聖女と名乗ってくれていいんだよ」


 なんと完璧な笑みだろう。

 分かっていても、あまりの煌びやかさに、少しだけくらくらしてしまいそうになる。


「あ、ありがとう……ございます」


「照れなくてもいい、思ったことを言ったまでだ」


 褒められることには慣れていない。

 しかもそれが女性であることに起因することだなんて。

 座っている椅子の収まりがとたんに悪くなって、わたしは視線をさ迷わせた。


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