4.分かっていました
元の世界に。わたしが生きてきた地球。あの世界。
もう戻ることはできないのか。その問いかけに神様は目を丸くした。
ずい、と神様が身を乗り出してわたしの顔を覗き込んでくる。
「んふふ、正解。聡い子はアタシ大好き」
近づけられた虹彩に、わたしは神様の目に瞳孔がないことを知る。
同じ形をしていても、同じものではないのだと、わたしは本能で理解した。
帰れるのであれば、そう告げられるはずだ。目的達成のモチベーション向上のために、神様はわたしにそう告げるはずだ。そう告げなかったのは、わたしから希望を取り上げないためだろう。
どこかで分かっていたことでも、突き刺される痛みには、いつまでたってもなれそうにない。
変に回転数のある自分の脳が、こんな時ばかりは恨めしかった。
「なぁに? 未練でもある? 帰りたいよママーって、みっともなくすがって這いつくばってのたうち回って泣いてみる?」
神様はわたしから顔をはなし、口元を手でおおい、くすくすと笑う。
未練。
乾いた唇でその言葉をなぞってから、目を閉じた。
薄情なわたしの涙腺は乾ききったままで、湿り気のひとつも見せやしなかった。
「……いえ、未練など……もともとあちらにも居場所はありませんでしたから。
あるはずなど、ありません」
身内も居場所も、なにもなかったわたしには、恋しく思うものなど、そんなにありはしないのだ。
懐かしく思うものは、いつも同じだけの疎外感を持ってわたしに襲い掛かる。綺麗なだけの思い出など存在しない。
ただ、窓から差し込む斜陽。きらきらと煌めくほこりと、鼻腔をくすぐる紙の匂い。
お行儀よく並んだ本の背表紙。その中を、タイトルをひとつひとつ眺めながら歩いていく。
その光景だけが、わたしの心を締め付けた。
「……でしょうね。」
神様の囁くような声に、閉じていた目を開いた。
え、と言葉にならなかった吐息がわたしの唇から零れ落ちた。
瞬くほどの時間。にじみ出るようなその表情。神様は、どこか泣きそうな目でわたしを見つめていた。
その理由を問う前に、神様はからからと笑い声をあげた。
「でまぁ、話を戻すんだけどね?
流石にこっちの都合で連れてきちゃってお可哀想だから、少しばかりの贈り物で御機嫌をとろうってワケよ。
だからさ、別に遠慮しなくていいよーん」
で、と神様はもう一度、わたしの顔を覗き込んだ。
瞳孔のない瞳が、爛々と輝いていた。
「あんたは、何が、欲しい?」
「わたしの、ほしいもの―――」
わあわあと、誰かの騒ぐ声で目が覚めた。
ローブの様な、丈の長いゆったりとした装束。神様の着ていたものよりも幾分か時代の進んだ格好だった。
わたしはぐるりと眼球を動かして、辺りの様子を確認する。
そうして、この光景を造り上げるどれもに見覚えがないことに思い至り、目を閉じた。
わたしは、異世界に来てしまった。